第3章 お兄ちゃんの高校時代
第60話 遅刻と忘れ物
「あーやばい、遅刻するぅ!!」
ただでさえ、慌ただしい朝。
華は、歯磨きを終え、再びリビングに戻ると、バタバタと慌てた足取りでソファーにかけていたブレザーを手に取った。
華が「今にも遅刻しそうだ」と、慌てふためいている理由は、昨晩遅くまで「兄と弟と共にゲームに勤しんでいたから」という、遅刻の理由にするには、なんとも呆れ返る行いのせいである。
昨夜、夕食を終えた後、なにげなくゲームを始めてから、かわるがわるお風呂に入ったまではいいのだが、三人で対戦を始めてしまったのが運のつきだった。
次の日も学校があるというのに、気がつけば深夜二半時を過ぎ、さすがにマズいと、ずくにベッドに入ったのだが、結果、寝坊して今に至る。
神木家の父は、現在海外にいるが、正直こう言うときに、静止の声をかけるべき保護者がいないというのは、本当に厄介なものだった。
「あれ!? 飛鳥兄ぃ、着替えないの!?」
すると、上着を手に取った瞬間、華はいまだ椅子に腰かけまったりとしている兄に気づいて、声をかけた。
見れば、兄はTシャツにスエットといったラフな……と言うか、まだ寝間着姿のままでボーッっしていた。
何を微睡んでいるか。大学に行くなら、兄だってそろそろ準備を始めなくてはヤバイはずだ。
「ちょっと飛鳥兄ぃ、大学は!?」
「ふぁぁ~だって俺、今日は午後からだもん」
「はぁ!!?」
華の問いかけに、以前眠そうな飛鳥は、一つあくびしながら答えた。どうやら計算高いお兄様は、しっかり午前中に寝る時間を確保をしてからゲームをしていたらしい。
「うっそ、なにそれ裏切者!!」
「はは、なにいってんの。俺は1度止めただろ『明日大丈夫か?』って?」
余裕たっぷりの笑みを浮かべて「それを無視してゲーム続けたのはお前たちだろ?」と、意地悪そうに微笑む兄。
兄は寝起き姿でも変わらずに綺麗だが、その笑顔がたまらずに憎たらしい!
「おい、華、なにやってんだよ! 俺もういくぞ!」
すると、今度は玄関から急かすような蓮の声が聞こえてきて
「あ!まって、蓮!」
と、華は、慌てて制服の上着を羽織り、鞄を手に取ると、玄関に向かう。
「ひゃ──!?」
だが、リビングから出ようと扉に手をかけた瞬間、いきなり背後から首根っこを掴まれた。
遅刻寸前だと言うのに、いきなり引き止められたは華は、驚きと同時に声を上げる。
「ちょっと、飛鳥兄ぃ!?なにしてんの!!?」
華をとらえた相手は、兄の飛鳥。
強制的にリビングから出るのを阻止してきた兄に、華が困惑していると、飛鳥は酷く呆れた口調で
「お前、ブラ透けてる」
「!!!?」
瞬間放たれた言葉に、華羽目を見開き、その後、その表情はみるみるうちに赤くなる。
「きゃぁぁッ!! どこ見てんの、変態!!?」
「は? 見せてんの、お前だろ?」
いきなり変態よばわりされ、今度は飛鳥がにっこりと笑いながらも怒りマークを浮かべた。
どうやら、ジャケットの下に着ている白いブラウスの上から、華の可愛らしいピンク色の下着が透けて見えたらしく、それに気づいた飛鳥は、とっさに捕まえたようだった。
「お前、もう高校生だろ。身だしなみには気を付けろって、あれほど……とりあえず、すぐ着替えてこい」
「えー!! 上着、着てるだから、このくらい平気だよ! 体育の時は更衣室で着替えるんだし!」
「は? お前、それマジで言ってんの?」
「飛鳥兄ぃは気にしすぎなの!! もう行くね、本当に遅刻するんだってば!!」
これ以上は付き合ってられない!と、華は再びリビングから出ようと試みる。だが──
「あーそう、じゃぁ、俺が着替えさせてあげようか?」
「きゃっ!!?」
瞬間、華の制服を掴んだ兄が、笑顔でそう言って、華はそれを見て、とたんに顔を青くする。
「きゃぁぁ、ちょっと、嘘でしょ!?」
「嘘じゃないよ。ほら、時間ないんだろ」
「わっ、やめ」
逃げようとする華をのブレザーをあっさり脱がせた飛鳥は、今度は首元のリボンに手をかけた。
エンジ色のリボンを奪われたら、次はシャツを脱がされてしまう!
別に兄に裸を見られるのは、初めてではない。なんせ、兄が中学に上がるギリギリまで、一緒にお風呂にだって入っていたくらいだ。
だから、兄がからすれば、妹の身体なんて見慣れているのかもしれないが……
「きゃぁぁぁぁぁ最っっ低!!鬼!悪魔!!もう、わかった!わかったからぁ、飛鳥兄ぃのバカー!!?」
結局、兄相手に諦めるしかなくなった華は慌てて自室に戻ると、今度はしっかりと下着が透けないよう、中のインナーを黒色のものに着替えて、準備を整え、改めて玄関まで走る。
「いってきまーす!!」
「華、走るぞ!」
待っていた蓮と、バタバタと慌てながら出ていく華。飛鳥は、それを見届けると、深く深くため息をついた。
「はぁ、本当にわかってんのかな、華のやつ」
妹の華は、どうも少し無防備過ぎるところがある。
男所帯で育ったせいなのか?
はたまた、大事に育て過ぎたのか?
“男性の危険性”を、まるでわかっていない。
「育て方……間違ったかな?」
そう言って、まるで親のような一言を呟くと、飛鳥は再びリビングへと戻った。
静かになったせいか、急に睡魔が襲ってきて、飛鳥は小さくあくびをすると、軽く背伸びをし、眠気覚ましにと冷たい水をコップに注ぐ。
「?」
だが、水を飲もうとコップを口につけた瞬間、キッチンのカウンターテーブルの上に置かれた可愛らしい包みに目を奪われた。
うさぎ柄のハンカチでつつまれた、ピンク色の包み。それは
「………ありゃ? 華のやつ、もしかして弁当忘れてる?」
そう、それが今朝、自分が作った双子のお弁当の片割れだと気づくと、飛鳥は「はは」と渇いた笑みを浮かべ、なんとも言えない心境になったとか?
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