第61話 蓮くんと榊くん
「蓮もバカだなー。入学早々、遅刻するなんて」
午前中の授業が終わり、昼食の時間が訪れた頃、蓮の前の座る少年が、にこやかに声をかけた。
紫がかった黒髪をした爽やかな、この少年の名は
「だから、あれは華がモタモタしてたせいだって。それに、ギリギリ遅刻はしてない」
「先生が来るのが、遅かっただけだろ」
「まーそうだけど」
「あ、それより、話変わるけどさ。お前、部活どうすんの?」
「あー、今度、見学に行くつもり」
「マジか! なら、高校では一緒にバスケできるかもな!」
蓮と航太の間には、持参したお弁当が一つずつ並んでいた。
今朝方、兄が眠気と戦いながら作っていた弁当。その包みをほどぎながら、蓮は航太の話に耳を傾ける。
桜聖高校は、学食などがあるわけではないため、昼食はたいてい弁当を持参するか、購買部でパンなどを購入することになっていた。
そのため、昼食時には、ほとんどの生徒がお弁当を持参しており、机の上には可愛らしいものからシンプルなものまで、様々なお弁当の包みが並び、仲の良いもの同士、それぞれグループを作り会話を弾ませていた。
「ねぇ、さっきの生徒会長、ちょっとカッコ良くなかった~」
すると、蓮と航太のすぐ近くの席で、イケメンの話に花を咲かせている女子生徒たちの声が聞こえてきた。
「あーたしかに、イケメンだったよね~」
「でもー、3年前の副会長が、一番イケメンだったって噂あるよ?」
「え、そうなの?」
「うん。うちのお姉ちゃんが言ってたんだー。なんか~、金髪でー、目が青くてー、王子様みたいにカッコイイ人だったらしいよ。すっごい美人だったって」
「えー見てみたーい」
「…………なぁ、蓮」
すると、その話を聞いて、航太が蓮に目を合わせる。
「お前の兄ちゃん、同じ高校だったっけ?」
「いやいやいや、そんなはずない!」
「いや、でも今の」
「副会長してるとかいってなかったし! それに、仮に生徒会に入ってたとしても副じゃないだろ! 確実に"会長顔"だろアレ! それに、うちの兄貴はそういう面倒なのは、絶対にやらないタイプだから!」
女子の会話を聞き、ふと金髪碧眼のイケメンに思い当たる人物がいた蓮と航太は、まさかまさかと困惑する。
「れーん!」
だが、そんな二人の会話を遮り、今度は、普段は校内ではほとんど話をしない華が、声をかけてきた。珍しく教室の入口から手を振りながら駆け寄ってきた華は
「あ、
「あぁ、神木はC組だっけ?」
「うん!」
「どうしたんだよ、華。珍しい」
航太に話しかける華を見つめながら、蓮が何ごとかと問いかける。
蓮のクラスはE組。一方、華のクラスはC組。いくら同じ階にあるとはいえ、用事がない限りは、華が蓮の教室にくることはなかった。
そんな華の珍しい行動に蓮が首を傾げていると、華はその後、パン!と手を合わせた。
「蓮様、お願いします!! ど~かど~か、私にお弁当を恵んでくれないでしょうか!」
「はぁ?」
目の前で必死に手を合わせ懇願する華。それをみて、蓮が間の抜けた声を発した。
「まさかお前、弁当忘れたの?」
「あはは。ごめーん」
「ごめーん、じゃないだろ。朝あんなに時間かかって支度してたくせに」
「だって飛鳥兄ぃが、いきなり制服脱げっていうから」
「「え?」」
兄が妹の制服を脱がそうとする背徳的なシーンが過って、航太が顔を赤らめ、蓮が青ざめる。
あの兄のことだから、きっと何かワケがあったのだろう。だが「制服を脱げ」と言った経緯が全く分からず、蓮は困惑するばかり
「ねぇ蓮、ダメ?」
だが、そんな蓮をよそに、華はこれまた可愛らしくお願いをしてきて、蓮は深く深くため息をつく。
「はぁ……別に分けてやるのは構わないけど、一つの弁当2人で食べんの? 購買部いけってパンとかなんかあるだろ」
「そーだけど。財布に、あまりお金入ってなくて」
「金なら貸してやるから、すぐ購買」
「華~」
「「?」」
瞬間、教室の外から声がきこえた。
一瞬、聞き間違いかとすら思った。なぜならその声は、いつもは自宅で聞いている声であり、高校で聞こえるべき声ではなかったから。
「「……………」」
だが、その後二人は目を合わせ、ゆっくり教室の入口に視線を移すと、そこには、いつもの綺麗をむけて、にこやかに笑う人物が目に入った。
長い金色の髪に青い瞳に、人を魅了する天使のような笑顔。
そう。それは紛れもなく──
「華~。お前、弁当忘れてたよ~♪」
兄の"飛鳥"だった。
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