第62話 お弁当と兄
「華ー、お前弁当忘れてたよー」
教室の入口から、にこやかに声をかけてきた人物を見て、華と蓮の表情は瞬く間に青白く変わっていく。
((幻覚だ!! 幻覚だと思いたい!!))
だが、それは紛れもなく現実だった!
あろうことか昼食時間という、クラスメイトが沢山いるこのタイミングで現れた我が家のお兄様!!
悲鳴をあげそうなのを必死にこらえ、華と蓮は慌てて教室の入口まで駆けよると
「なんでココにいるんだよ!? 部外者は立ち入り禁止だろ!?」
「部外者じゃないよ。卒業生だもん。それにちゃんと職員室にも挨拶してきたし」
「あーありがとう!! 私のお弁当のために!! でも、今すぐUターンしようか、お願いだから!!」
「え、なにそれ?」
へらへらと笑う兄に対し「今すぐ帰れ!」と教室の入口から廊下へと兄を押しやる華と蓮。
だが、もう教室内は『突然現れた、とてつもなく美形なお兄さん』の話題で持ち切りだった!
「あれ誰!?」
「すっごいイケメン!!」
「きゃー、芸能人みたーい」
「なになに? 神木たちの知り合い?」
ヤバイ!! ヤバすぎる!!
もし、この兄が"自分たちの身内"だと知れたら、もう一巻の終わりだ!!
「あれ、神木じゃないか!!」
「!?」
だが、そんな華と蓮のよそに、今度は廊下側から、懐かしそうに声をかける人物が現れた。
黒のジャージに身を包み、生徒名簿を手にした30代くらいの男の先生。そうだ、思い出した! 確か、生徒指導部の"藤本先生"だ!
「あ、藤さんだ。久しぶり~」
「神木ー!お前、相変わらずだな~。いやー高2の時のバレンタインにした例の校内放送、今でも忘れられないわー」
「あはは。あの時は副会長もしてたから、俺一人じゃ、どうにもできなくて」
(えぇ!? 今、副会長って言った!?)
懐かしそうに話を弾ませる兄と藤本先生の話を聞いて、蓮は、その瞬間、呆気に取られた。
やっぱ、こいつだった!
紛れもなくうちの兄だった!!
まさか、先程女子が話していた三年前の副会長が、本当にうちの兄だったとは!?
「え? 副会長なんてしてたの?」
すると、寝耳に水とばかりに、今度は華が首を傾げる。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」
「てか兄貴、なんで副なの?」
「え、なんでって?」
「どっちかというと、会長っぽい」
「えー、だって俺、目立つの嫌いだし」
そう言って、呆れたように兄が笑うと、続けて藤本先生が話しかけてきた。
「当時の神木は凄かったんだぞー。投票数も断トツ(他薦)で、普通に行けば神木が会長になるはずだったんだけどな。嫌だっていうからさ、その時2位(自薦)だったやつが会長して、コイツは副会長におさまったんだよ」
「いたたまれないよ、当時の会長!?」
「でも、その年は盛り上がったぞー。神木、意外と女房役うまかったから、会長のことも上手くサポートしてたし」
「え? この人、サポート役できんの? 地味な役割こなせんの?」
「滞りなくな。神木は、要領良かったもんな~!」
「あはは。藤さん、それ誉めすぎ」
いや、知ってた!
なんでも、そつなくこなせるお兄様だってことは知ってたけど、おかげで、俺たちがどんなに頑張っても、霞むんだよね!?
「それより、神木。今日はなにしに来たんだ?」
すると、懐かしさに浸り終えた藤本先生が、兄に再びそう言って、飛鳥は当初の目的を思い出したのか、手にした包みを見せつけながら、にこりと笑う。
「あー、妹に、弁当を届けにね?」
「……妹?」
藤本先生が首を傾げる。
すると飛鳥は華と蓮に視線を流すと
「コイツら、俺の妹弟なんだ。これから3年間よろしくね?」
と、笑顔で紹介した。
「えー! あの人、神木君たちのお兄さんなの!?」
「うそー!!!」
(……終わった)
(私たちの"普通"の高校生活……)
華と蓮は再び顔を見合わせると、今後の高校生活の行く末を案じつつ、兄の恐ろしさを改めて痛感するのであった。
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