番外編 ②(高校時代のお話)
お兄ちゃんと生徒会
肩口まで伸びた金色の髪を一重に結い
ネクタイを締めると、高校指定の深緑色のブレザーに袖を通す。
鏡に映るのは、青く澄んだ瞳をした
少女のように線が細い
──男子高校生の姿。
時は今から三年半前。
これは飛鳥が、高校2年の秋の出来事である。
◇お兄ちゃんと生徒会◇
***
「飛鳥、もう身体は大丈夫なのか?」
季節は秋、9月末日。
制服姿の飛鳥が、いつものように教室に入ると、久しぶりに顔を合わせた友人の橘 隆臣から声をかけられた。
何故「久しぶり」なのかというと、ここ一週間ほど、飛鳥は体調を崩し学校を欠席していたからなのだが……
「大丈夫なわけないだろ。熱は下がらないし、体は痛いし……!」
「それは大変だたっな? インフルエンザ……」
飛鳥が体調を崩し始めたのは、先週の水曜日。
体がダルいなと思っていたら、熱まで出てきたため、早退し病院に行くと、インフルエンザだということが判明し、飛鳥はそれから一週間の出席停止を申し付けられた。
そもそも、その原因は、双子が通う小学校で、季節外れのインフルエンザが流行り始めたのがきっかけであり、そして先日まで、蓮がしっかりインフルエンザにかかり伏せっていたため、言うなれば飛鳥は、その蓮に見事にうつされ、体調が悪化したというわけだ。
「今、小学校で流行ってるみたいなんだよね、季節外れのインフルエンザ……なに、あの破壊力、マジで死ぬかと思った」
飛鳥は自分の席につき頬杖をつくと、深くため息をつきながら、寝込んでいた頃の自分を思い返す。
そして、教科書をしまうため、自分の机の中を確認すると、これまた休んでいた間のプリント類が山のように入っており、飛鳥はうんざりしたように息をつくと、中のプリントを取りだし、机の上に広げ始めた。
「そーだ、飛鳥……」
「んー」
すると隆臣が、なにげなしに問いかける。
「お前、生徒会選挙、立候補した?」
「はぁ? そんなめんどくさいの、わざわざ立候補するわけないだろ」
机の中に入っていたプリントに一枚一枚目を通しながら、飛鳥は隆臣からの質問に答える。
”生徒会選挙”
桜聖高校は、9月に生徒会選挙が行われ、新しい生徒会役員を選抜する。任期は2年生の10月から、3年生の9月までの一年間。
主に生徒会役員は、生徒自身の立候補から成り立ち、9月に入ると、まず立候補者の募集を開始し、その後、9月末に行われる生徒総会で、立候補者は全校生徒の前で演説をする機会がもうけられる。
そして、生徒総会後の一週間で、生徒達は一番よいと思われる立候補者に投票し、一番票を獲得した生徒が生徒会長となるのだが
「だよな……やっぱり、立候補してないよな?」
「なに、いきなり?」
どこか歯切れの悪い隆臣の声に、飛鳥はプリントを手にしたまま首をひねる。
「……飛鳥。お前の名前、貼りだされてるぞ?」
「? 何に?」
「だから……
「………」
生徒会役員の………立候補???
「はぁ!!!?」
瞬間、飛鳥は大きく声をあげた!
また最悪にも、生徒総会が行われたのは、なんと今週の月曜日!
飛鳥は先週の木曜日から、昨日の水曜日まで欠席しており、生徒総会はまさに、その間に行われ、今は投票期間の真っ只中ということになる。
しかも、その投票期間も──明日には終わる!!
「ちょっとまって!? 人が欠席してる間には、なんでそんなことになってんの!?」
「いやー……誰か勝手に、お前の名前を立候補しにいった奴がいるってことだろうなー、怖っ」
「言ってる場合か!?」
***
「あー、確か女子が数人一緒にきて『これ神木くんから頼まれました』って、渡してったぞ?」
「「……………」」
その後、飛鳥と隆臣は、ことの顛末を知るべく、生徒会選挙を取り仕切っている、藤本先生の元に訪れていた。
藤本先生は、職員室の机の中から、生徒会役員の立候補者にまつわる名簿を取りだし確認すると、その中から「神木 飛鳥」とかかれた用紙を選び出す。
「え? 神木、立候補してないの?」
「してません」
書類と飛鳥の顔を交互に見ながら、藤本が冷や汗混じりに言葉をかけると、飛鳥がにっこりと笑って言葉を返す。
「藤さん、しっかりしてよ。なんで本人じゃない書類、受理してんの?」
「いや、だって! 日直の時とか、神木の変わりに、よく別の奴が持ってくるから、またそんな感じかなーとか思ったんだよ!」
「……くっ」
「隆ちゃん、なに笑ってんの?」
「いや、お前……日頃の行いが見事に裏目に出てて……腹、痛いっ」
「殴っていいかな?」
急に肩を震わせ笑いをこらえだした隆臣を見て、飛鳥がこの野郎とばかりに拳を構える。
「それより、どうすんだ飛鳥」
「どうするって、俺、立候補してないんだから、無効に決まってるだろ」
そう言って、飛鳥が藤本先生に目を向ける。だが、藤本先生は一瞬黙り込むと、その後、急に立ち上がり
「アハハ、神木!! 大丈夫、お前ならやれる!! 一緒に学校を盛り上げようじゃないか、生徒会長!!」
「!? なに言ってんの!?」
突然、飛鳥の肩をガシリと掴み、まるで青春ドラマの様に熱く語りかけ始めた藤本先生。もはや、その返答は「今更、遅いよ」とでも言うかのようだ。
「いや、もうさ。明日、投票期間終わるんだけど、事前に開票した分みただけでも、そのほとんどが神木に入ってるんだよね?」
「……」
「いやーさすが我が校一の人気者! 演説も一切せずに生徒会長になれるなんて、本校始まって以来だぞ!伝説になれるぞ!」
「ふざけないでよ、先生。俺、生徒会長とか絶対ヤダ」
「まーまーそういわずに。だって、今更、生徒会選挙やり直すの!? どんだけ労力食うと思ってんの!?」
「そこ!? 確実に藤さんの私情はさんでるじゃん!」
「だって、神木部活も入ってないし、一年くらいいいだろ! 俺もちゃんと支えるからさー、なぁ、頼むよ神木ぃぃぃ!!」
「ちょッ、痛い……ねぇ、隆ちゃん! 隆ちゃんも、なんか言ってよ!?」
すると、飛鳥の細い肩を掴み、力任せに揺さぶる藤本先生に、飛鳥は何とかしてと言わんばかりに隆臣を見つめた。
要は、助けてくれといいたいのだろう。
「先生。飛鳥は、生徒会長には向いてないですよ」
すると、熱くなる藤本先生の腕を飛鳥から引き剥がし、落ち着いた口調で仲裁に入った隆臣は、救いを求めてきた飛鳥に助け船をだす。
そんな隆臣の言葉に、飛鳥は「なんて頼りになるやつなんだろう」と、一瞬胸をときめかせたのだが
「でも、
「さすがだ、橘、その案のったぁぁ!!!」
「……いや待て、どうしてそうなった」
こうして飛鳥は、立候補すらしていないのに、それから一年間、生徒会の副会長を任されることになったのでした。
番外編②につづく☆
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