お兄ちゃんと文化祭


 桜聖高校の文化祭は、11月の上旬に開催される。


 そして、その文化祭は新しく抜擢された生徒会役員の初仕事とも言える大きなイベントでもあり、毎年この文化祭を通して、生徒会役員はチームとしての絆を深めていくらしい。


 だが、今年の生徒会は、どうやら、そう簡単にはいかないようで──


「聞いたぞ、神木君! 本来なら、君が生徒会長にはなるはずだったそうじゃないか! それなのに生徒会長が嫌で副会長になっただと!? そんな君に生徒会を盛り上げていく気があるとはとても思えない!! 僕は、君には絶対に負けないからな!!」


「…………」


 生徒会室の扉に背を向け、黒板に書かれた文字を消していた飛鳥のもとに、今年新しく生徒会長の座についた岡崎が、突如声を荒げながら、怒鳴り込んできた。


 突然放たれた宣戦布告とも言えるその言葉に、黒板消しをもった飛鳥の手元がピタリと止まる。


 確かに今、岡崎が言ったことは、まぎれもない事実だ。事実なのだが……


(誰だ。こいつに、そんなめんどくさいこと吹き込んだやつ……)


 これまた、厄介な……と、飛鳥は表情を曇らせ、再び岡崎の方へと視線をおくる。


「だいたい、いくら人気があるとは言え、生徒会役員は生徒の見本となるべき存在だと言うのに、金髪とはどういうつもりだ!! まずは、その髪を黒く染めてきたまえ!」


(……うわ、マジでめんどくさい。今年の生徒会長 )


 その発言と態度は、明らかに飛鳥を敵視していた。


 だが、何もしてないのに、何でここまできらわれなくてはならないのか?

 すると、同じく生徒会室にいた他の生徒会役員も、岡崎と飛鳥を見つめながら、ヒソヒソと話し始めた。


 同級生の岡崎おかざき 武尊たけるは、成績もよく真面目で熱い男だった。


 生徒会長への意気込みも強く、生徒会選挙が始まってからは、毎日生徒への声かけも、かかさなかったらしい。


 見た目も黒髪に眼鏡と言う、いかにも真面目な秀才くんを絵にかいたような人物で、まさに飛鳥とは正反対の人間とも言えるだろう。


 そんな生徒会選挙に力を注いできた岡崎が、演説すらしていない飛鳥に票数で負けたばかりか「生徒会長は嫌だ」と副会長におさまったことが、不愉快で仕方ないのだろう。


「岡崎くん、神木くんが困ってるよ。そんな言い方ないでしょ?」


「大体、神木の髪は地毛だろ。わざわざ染めてこいなんて、言ってることおかしいだろ」


「また君たちは、そうやって神木くんの味方をする!」


 一方的に敵対心を燃やす岡崎に対して、書記の菅野と会計の山田が岡崎に向けて反論する。すると、その他数名の役員も、困った顔をしてざわつきはじめた。


 文化祭で、生徒会役員の絆を深める?


 正直、今できたばかりのこの生徒会の役員同士で文化祭の実行役を担うなんて、ハードルが高すぎるのではないか?と、飛鳥は思う。


 しかも、今年はその中心ともいえる生徒会長と副会長が、こんな感じでは、雰囲気は悪くなる一方だろう。


「はぁ……」


 飛鳥は、一つ深いため息をつくと、手にしていた黒板消しをあるべき場所に戻し、その後、いつもの天使のような笑顔で岡崎に話かけた。


「ごめんね、岡崎くん。俺には生徒会長なんてな仕事向いてないし、な岡崎君なら、俺よりも上手く生徒会を引っ張っていってくれるとおもったから、俺はあえて辞退したんだけど」


「……」


「そうだよね、岡崎くんには失礼なことしちゃったかな……本当に、ごめんね」


 申し訳なさそうに切なそうな瞳を岡崎に向けると、飛鳥は、その後ゆっくりと視線を下ろす。


 すると、しおらしいその姿に、岡崎は心を痛めたらしい。


「い、いや、違うんだ神木君! まさか君が、そこまで生徒会のことを考えてくれてたなんて! 僕は君を誤解していたのかもしれない!!」


(……コイツ、ちょろすぎる)


 先程の敵対心はどこに行ったのやら。


 今度は、ひざまづかんばかりに飛鳥に頭をたれ始めた岡崎をみて、飛鳥は内心苦笑する。


 だが、これで多少は生徒会の雰囲気も良くなるだろうと飛鳥は「念のため、もう一押ししとこうか」と再びにっこりと微笑むと、トドメの一言。


「ありがとう~岡崎くん♡ 俺は副会長として、全力で君をサポートするから、俺に出来ることがあったら、なんでも言ってね!」


「そうかそうか、神木君!! なんだか君となら、上手くやっていけそうな気がするよ!!」


(……さすがだわ、神木くん)


(神木がいれば、今年の生徒会は安泰だな)


 酷く感銘を打たれ、飛鳥の手を強く握りしめる岡崎を見て、他の生徒会役員達は、生徒会の安泰を強く確信したとか。





◇◇◇



「あ、神木くん! 良いところに戻ってきてくれた~!」

「?」


 その後、生徒会での話を終えクラスに戻ると、そこでは、今まさに文化祭の出し物について話し合いが行われていた。


 文化祭実行委員会でもある穂並ほなみに声をかけられ、ふとその前の黒板を見れば、いくつかの候補の中から「劇」と書かれた文字に丸がつけられていた。


 どうやらクラスの出し物は演劇をすることに決まったのだろう、飛鳥が再び穂並に視線を戻すと


「クラスの出し物、に決まったんだけど、神木くん役者やってくれない?」


「え? 男女逆転?」


 その言葉に飛鳥は、首を傾げる。


「そう! 普通に現代劇するの面白くないでしょ。だから、配役を男女逆転して演じようってことになったの! つまり、男子が女性役で、女子は男性役!」


「へー、このムサイ連中がみんなして女装するんの? なにそれ笑える~」


「ムサイとかいうな!? 神木、お前は役者だからな! 異議は認めない!」


「え、でも俺、生徒会の方もあるから、あまり台詞の多い役は困るかも」


「ああ、それなら大丈夫! 台詞は少ないし、神木くんは、女装さえしてくれたら、ただ立ってるだけでいいから!」


「そう……なら、いいよ」


 立ってるだけでいい──とは、なんともありがたい役だが、正直、あまり必要性を感じないその役に飛鳥は微かに呆れつつも、とりあえず、席に戻ろうと窓際の自分の席まで歩く。


 すると、その席の前に座っていた隆臣が「生徒会おつかれー」と、飛鳥に声をかけてきた。


「隆ちゃんも女装すんの?」


「しねーよ。俺は裏方だ。照明担当」


「うわ、さりげなく逃げてるし」


「お前は、いいのか女装なんて。昔は嫌がってなかったか?」


「あれ、そうだっけ? いいんじゃない? みんな楽しそうだし。それに俺に女装させて、するつもりなんでしょ?」


「……」


「まー、立ってるだけでいいなんて、裏方より楽だし。それに俺、誰もが納得の美少女になる自信あるよ~♪」


「そこは、誰も疑ってねーよ」


 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべる飛鳥に、隆臣がピシャリと言葉をかえす。


 日頃、男の格好をしていても、女に間違えられるくらいなのだ。こいつなら完璧にやりこなすことができるだろう。


「そういや、生徒会はどうだ?」


「うーん……結構大変、やること多くて」


「そうか」


 なんだかんだ言いながら、飛鳥は与えられた仕事は昔から真面目にこなす奴だった。


 また、自分が相手から"なにを求められているのか"も瞬時に理解して、どんな役割も波風立てないように上手く進行させる。


 それを考えたらコイツは、前に立つよりは、後ろでサポートすることに長けた奴なのだろう。


「あ、そういや、生徒会長とは上手くいきそうか?」


「あー……なんか上手い具合に、


「マジかよ!? 今度は生徒会、牛耳ってきたのか、お前は!?」


 とはいえ、"影の支配者"的な要素も備えていて、ただのサポート役とも言いがたいのだが




 ◇◇◇


 そして、それから一ヶ月が経ち、桜聖高校は文化祭当日を迎えた。


「橘くん、これもお願いしてもいい~」

「ああ、そこ置いとけ」


 演目が刻々と迫り、隆臣は舞台裏で、大道具などの舞台設営の仕上げを手伝いながら、裏方の仕事に徹していた。


 するとそこに──


「橘くん♪」


 と、隆臣を呼ぶ声がした。


 聞き覚えのある声の、いつもとは違う"呼び方"に、隆臣は一瞬顔をしかめて声が聞こえた方に振り向く。


 すると、そこには、金色の柔らかそうな髪をサラリと揺らしながら、小首を傾げて、にこやかに佇む、制服姿の美少女が立っていた。


「なんだ、飛鳥か」


「は? なにそれ。もっとほかに言うことないわけ」


 もっと面白い反応を期待していたのか、女子の制服に身を包んだ飛鳥は、つまらなそうに言葉をかえす。


 すると、劇の時間が迫っているからか、飛鳥のあとに続くように、教室で着替えを終えた、ほかの女装男子たちも、わらわらと舞台裏に姿を現し始めた。


 その"体格のよい女装集団"に、隆臣はおもむろに顔をしかめると、一旦作業を止め、改めて飛鳥を見つめた。


 いつもは一つに束ねている髪をおろし、膝上で揺れるスカートからは、スラッとした細くしなやかな足が伸びていた。


 日頃、外に出ないのもあってか、肌の色も他の男子に比べたら明らかに白い。


 骨格は確かに男性のものだが、もともと華奢なうえに、ブレザーの上着はまだ手にもったまま袖を通していないため、あわい薄桃色のブラウスが、女性らしさを更に演出しているのだろう。


 他の男子とは、明らかにまとう空気が違う。


 どこをどうみても美少女。それも、男性だと伝えても、疑いたくなるレベルの可愛さだ。


「お前……、なんかつめてんの?」


「え?」


 すると、いつもとは違う違和感に気づいた隆臣は、更に目を丸くし問いかける。


 なぜなら、今の飛鳥の胸には、男にはないはずの女子特有のが、しっかりあるのだから!


「なに、揉みたいの?」


「誰がそんなこと言った。変なこと言うのやめろ!」


「あはは。なんか、やるなら本格的にって、みんな張りきりだしちゃって」


 自分の胸元を見ながら、飛鳥は軽く苦笑いをうかべる。すると


「橘、見ろよ! 神木のこの仕上がり!」


「!?」


 直後、その背後から、文化祭実行委員の星野ほしのが、飛鳥の肩に腕を回し、熱く語りかけてきた!


「もう、完璧じゃね! これ、絶対男だってわからないよな! 俺、なんか危ない扉 開いちゃいそうなんだけど!!」


「開くな。一生閉じ籠ってろ」


「つーか、お前どこ触ってんの?」


 危ない扉を引きそうとか言いながら、ちゃっかり胸元に手が伸びる星野に、飛鳥は鳥肌をたたせる。


「いや、お前、なんで胸ちっさくしたの?」


「は? だって邪魔だし。それに女子がリアリティー出すなら、このくらいだって」


「バカかお前は!! これには、男の夢とロマンがつまってるんだよ!」


「男の偽乳に、どんな夢とロマンがつまってるんだ。お前マジで大丈夫か?」


 目の前の星野の騒ぎ様を見て、隆臣が目を覚ませと言わんばかりに星野を見つめた。


 だが、興奮する星野を見れば、きっと、教室で飛鳥を囲みながら、なにやら下らない談義が、男子と女子の間で繰り広げられたのだろう。


 まぁ、ここまで"良質な素材"が目の前にいるのだ。クラスのやつらが、本気になる気持ちも分からなくはなく、更にこれだけ上手く化けてくれたとなれば、手掛けた方もさぞ満足だろう。


「まー、予想通りっていうか、予想以上っていうか、お前、性別間違えて生まれてきたんだろうな」


「ん? 誰が、性別間違えたって?」


 隆臣の言葉に苛ついた飛鳥が、いつもの笑顔で睨みをきかせてくる。だが、女装しているのもあり、いつものような凄みは一切ない。


「ここが、でよかったな」


「なにそれ、どういう意味!?」


「まぁ、とりあえず、もうすぐ劇始まるから、頑張れよ」


「……」


 そう、もう直、開演。

 そう思った隆臣は役者の飛鳥を激励する。だが……


「あ………あのさ、隆ちゃん……っ」


「?」


 急に俯き視線をそらすと、飛鳥は隆臣に向けて、少し弱々しい声を発した。


「……スカートって、凄くスースーして心もとないんだけど……俺、マジでこれで舞台に立つの? 大丈夫?」


「今さら、なに言ってんの?」


 いくら美少女に化けたとは言え、中身が"男"であることに変わりはないので、どうやらスカートの中が気になり怖じ気づいたらしい。


 飛鳥は、顔を引きつらせながら、隆臣にそう問いかけたのであった。




 ☆番外編 終わり☆

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