第4章 見えない障碍

第63話 血と兄妹弟


「ねぇねぇ、神木さん~」


 高校の休み時間──


 顔もよく知らない女子たちが、机に座り次の授業の準備をしていた華の周りを取り囲んだ。


 その光景に、華は「またか」と苦笑いを浮かべた。取り囲まれた理由は、すでに理解していた。


 それは先日、華がお弁当を忘れたばかりに、なんの連絡も寄越さず学校に現れた、五つ上の兄──「神木 飛鳥」についてだ。


「お兄さんてさ、彼女いるの?」


「えーと……いないんじゃないかなー多分」


 そしてこれが、相手を変え、品を変え、かれこれもう一週間は続いている!


 やれ、歳は?

 血液型は?

 誕生日は?

 彼女はいるか?

 大学はどこか?

 趣味は?

 特技は?

 好きなものはなにか?

 好きなタイプはどんな子か?

 モデルとかしてるのか?


 エトセトラ…エトセトラ…


(ああ、もう発狂しそう! なんなの!? うちの兄は芸能人ですか!? てかこれ、絶対中学のときよりヒドイよ!?)


 うんざりするような質問の山に、さすがの華も参っていた。


 中学の時も、運動会の応援に来てくれた兄をみて、こんな質問を受けたことはあったが、高校では、むしろ兄を知る人が少なかったのが、逆に仇となった。


「いいよね~神木さん。あんなカッコイイお兄さんがいてー」


「そ、そうかなー」


「そうだよ! あんなお兄ちゃんいたら、私なら自慢しまくっちゃうなー」


「わかるー。あ! そういえばさ、お兄さんの瞳の色、青かったよね! もしかしてハーフなの?」


「え? あ、うんん、違うよ。クォーター。どこだったかな。イタリア人だか、フランス人だかの血が入ってる……らしいけど」


「へーだから、あんなに整った顔してるんだー」


「じゃぁ神木さんもクォーターなんだね!」


「え、あ、いや、クォーターなのは兄だけ。私と蓮は純粋な日本人」


「へ~そうなんだー、そんなこともあるんだね~」



 ──ピシッ。


 だが、その瞬間、その場の空気が変わった。華の返事に女子達は何かを察したらしい。


((いや、あるわけないよね? これ家庭環境複雑で、かなり重いやつじゃ……っ))


 そう、そしてその場は、し────んと長い沈黙が続き、女子達は更に慌てはじめた。


「あ、あの、ごめんね、神木さん!」


「そ、そうだ! もうすぐ授業始まるし、私たちいかなきゃ!」


「なんか、変なこと聞いて、ごめんねー」


 すると、女子達はまるで蜘蛛の子を散らすように、華の席から離れ立ち去っていって、華はそれをみるなり


「よし! おわったー!!」


 と、ガッツポーズをキメた。


 今の話を聞く感じでは、明らかに"重い話"なのだが、華にとっては、よく聞かれる質問のひとつでもあるため、むしろ怒濤の質問攻めを回避できる"魔法の言葉"と化していた。


「あーもう、飛鳥兄ぃのバカー。なんできちゃったのかなーって、もとはといえば私がお弁当忘れたからなんだけど」


 その後、やっと解放された華は、机にしなだれかかると、悪態つきながら愚痴を溢す。


 これも、うちの兄が美人すぎるせいだ!


 だが、最終的に「大学に行く前にわざわざ届けてくれた兄は悪くない」との結論に達すると、お弁当を忘れてしまった自分に呆れつつ、口元をひきつらせた。


 そして──


「クォーター……か」


 ふと、窓の外を見つめながら、幼い頃を華は思い出す。


 あの時のことは、今でもはっきり覚えてる。


 それは、自分が小学1年生の時。ある男子に兄とのことをからかわれたのがきっかけだった。




 ◇◇◇



「お前ら、兄貴と全然似てねーよな! 本当は血、繋がってねーんだろ!」


 学校が終わり、蓮と二人で、当時六年生の兄を待っていた時、それは、同じ学童保育の男の子に言われた言葉だった。


 正直、すごく頭にきた。


 だって、そんなもの、当たり前に繋がっているものだと思っていたから。


 でも、確かに私たちは、兄とは全く似てなかったし、その上兄は、あんなにも日本人離れした"綺麗な姿"をしていたから、周りからしたら、共通点を探すことの方が難しかったのかもしれない。


 そして、そんな不安をぬぐい去りたいばかりに、私達は、ある日、兄に問いかけた。


「ねぇ私たち、お兄ちゃんと血、繋がってないの?」


「……どうしたの、急に」


「学童の子が、お兄ちゃんと似てないのは、血が繋がってないからだって!」


「オレたち、ちゃんと血、繋がってるよね!」


「……」


 蓮と二人で、兄の服にしがみつきながら詰め寄った。ただ一言「繋がってるよ」っていってほしかったから。


 だけど──


「半分……だけ」


「……え?」


「俺たちの血が繋がってるのは、だけだよ」



 半分て、なに──?


 その時の私には、まだ理解できなかった。


 でも、成長するに連れて、それも少しずつ、理解していった。


 そう私たちと兄は、俗言う「異母兄妹弟」


 平たく言えば兄は、父とその「前妻」との間の子で、父の「連れ子」だ。


 でも、例えそれを知っても、私たちの関係は、それまでどおり何も変わることはなかった。


 優しくて頼りになる兄。私たちは、そんな兄と、生まれたときから、ずっと一緒にいたから。


 だから、血の繋がりや連れ子だなんて、そんなの全く気にならないくらい、私たちはあくまでも「普通の兄妹弟」として育ってきた。


 むしろ、父も兄も

 母と結婚する前、前妻とのことは一切口にしない。


 まるで本当に、かのように


 兄の幼い頃の話すら、聞いたことがないのだ──







 ◇◇◇




(うわ、なに、この本?)


 行きつけの本屋によると、飛鳥は文芸書のコーナーで一冊の本を手に取った。


 文芸書の帯には【遺産をめぐる骨肉の争い!?実は異母兄妹だった愛し合う二人の運命は!?修羅場続出の本格派恋愛小説ここに刊行!】などと、書かれていた。


(え?これ、恋愛小説なの? ミステリーじゃないの? 骨肉の争い繰り広げながら、恋愛してんの? なに、この帯、怖すぎるんだけど)


 たまたま目についた文芸書の帯をみて、飛鳥は少し困惑した表情をみせる。


 骨肉の争いを繰り広げるミステリー小説はざらにあるが、愛し合う二人が異母兄妹で、遺産をめぐり骨肉の争いを始めるなんて、それ、もう愛してないだろ。そりゃ修羅場になるだろって話である。


「……異母兄妹、か」


 その後、小さく呟くと、飛鳥は手にしていた本を、再び平台に戻した。


 すると、そのタイミングで、今度は本屋の店員がかけよってきて、飛鳥の横で本を探し始めた。


「もうしわけありません。今、在庫を切らしているみたいで、注文もできますから出版社に在庫を確認してみましょうか?」

 

「あ、そうですね、お願いします」


 なにやら、本の問い合わせを受けたらしい。その店員は、客と会話をすると再びカウンターへと戻っていく。


 その光景を、飛鳥が横目で流しみると、ふと店員の影に隠れていた、その"客の姿"が目に入った。


 長い栗色の髪をした、優しげな女の姿──


 飛鳥から少し離れた所で、本棚を眺めながら立つその客の姿は


「あ……」

「?」


 どうやら飛鳥にも、女だったようで……?

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