第64話 再会と暴露
「あ……」
「?」
飛鳥が声をあげると、その女もキョトンとした顔をして、こちらに視線を向けてきた。
すると、どうやら女も気づいたらしい。
「あ! 先日、道を教えてくださった、お姉さん! この前は、ありがとうございました」
そう、彼女は2か月前、迷子になっていたところを助けてあげた、あの時の女の子。
だが、飛鳥は、その女の言葉にある違和感を覚えた。
そう、彼女は今「お姉さん」と言ったのである!
(あれ? なんか俺最近、女に間違えられること増えてない?)
ギリギリ高3までは、よく間違えられていたため、まぁ良しとする。
だが、飛鳥は別にもやし体型ではないし、筋肉だってそれなりについているし、最近は骨格もしっかりしてきたため、多分男性らしくなってきたと思っていたのだが……
「あのさ、よく見て。お姉さんじゃないよ」
「え?」
飛鳥が笑顔をひきつらせながらそう言うと、女は不思議そうに首を傾げ
「あ、もしかして、お嬢さんと言った方がよかったでしょうか? すみません。てっきり年上の方だと……」
「うん。それも違うかな?」
もはや「男」という発想に結び付かないらしい。すっとんきょうな言葉を発した女に、飛鳥の笑顔は更に曇っていく。
「あのさ、お姉さんでも、お嬢さんでもなく、"お兄さん"なんだけど」
なんとか笑顔でそう答えると、その後、女は暫く硬直したのち
「え? あ、え……?」
「うわ~、ムカつくね。その反応」
まるで恐ろしいものでも見るように顔を蒼白させた女に、飛鳥がにっこり笑顔で毒づく。
だが、どうやら、その身体つきを見てか、やっと目の前のお姉さんが、お兄さんであることに気づいたらしい。
顔を青くした女は、その後、深々と頭を下げてきた。
「す、すみませんでした! その、とても綺麗な方だったので、まさか男の人だとはおもわなくて……あの、本当にすみません!! 私、なんて失礼なことを……っ」
「別に、そんなに謝らなくてもいいよ。怒ってないから。それより受かったの?大学」
「え? ぁ、はい。おかげさまで」
「学部は?」
「え? 学部、ですか?……えと、教育学部です、けど……」
「へー……」
教育学部ということは、どうやら自分と同じ学部らしい。飛鳥はそんなことを考えながら再び問いかける。
「教師、目指してるの?」
「あ、いえ。私が目指してるのは、司書です」
「司書?」
「はい。図書室の先生です。私、本が好きで……」
そう言った女は、また穏やかに笑って本棚を見上げた。
だが、先日、会ったときは、うまく会話が噛み合わなかったが、今日はふつうに会話出来ていて、あの日のあれは、たまたまだったのかと考える。
(距離が近かったのも、俺を女と勘違いしてたからか……)
などと考えていると、再び先程の店員が戻ってきた。
「お客様、申し訳ありません。出版社に問い合わせましたら、今重版中で入荷に時間がかかるみたいで」
「あ、そうなんですね」
「重版待ちになりますが、ご注文されますか?」
「……うーん。いえ、今回は大丈夫です。また今度よらせていただきますね」
「はい、ありがとうございました」
すると店員は、申し訳なさそうに頭を下げたあと、またカウンターへと戻っていった。飛鳥はそんな店員の姿を見つめながら、また女に話しかける。
「なんの本、探してたの?」
「あー『ランスの丘』って言う推理小説です。上下巻買って、上巻を読み終わって下巻に移ろうとしたら、実はその間に"中巻"があったみたいで」
(この子、かなりそそっかしいな)
まさか中巻があるのに気づかず、下巻を買うとは。この前は、財布も落としてたし。
「続きは気になるんですけど、仕方ないですよね」
「続きか……確かにこの本、犯人が自殺しちゃうじゃなかったかな」
「え?」
だが、何気なしに発した言葉に、女が驚く。
「ちょ、なに、いきなりネタバレしてるんですか!? 推理小説のラストを暴露するなんて、いくらなんでもひどすぎません!?」
「え?」
瞬間、飛鳥は、しまったとばかりに、口元を押さえた。確かに推理小説のネタバレするなんて、ある意味とんでもない嫌がらせだ。
「ごめん、悪かったよ。だからって、そんなに怒らなくてもいいだろ。ちょっと口滑らせただけだよ」
「あ、そうですね、すみません。わざとじゃないのに責めるようなこと言って」
「いいよ、俺が悪いし。なんなら俺、その本持ってるから貸してあげようか?」
ネタバレしてしまったため、流石に悪いと思ったのか、お詫びとばかりに飛鳥がその代案を伝えた。
だが──
「いえ、結構です」
「…………」
おもったよりハッキリ否定の言葉が返ってきて、飛鳥は、心なしか複雑な心境になる。
「そこまでしていただかなくても結構です。今日はこっちの本を買って帰りま」
「その本、最後バッドエンドで終わるよ」
「!?」
すると、これまたイタズラをする子供のように、ニコリと笑って飛鳥がネタバレをし、女は、新たに手に取った本を見つめたまま硬直する。
「……え? あの、今なんで……?」
「~♪」
再び、本の内容を暴露され、女がふるふると肩を震す。すると、その反応に飛鳥は気を良くしたらしい。
「ごめん、怒った?」
と、クスリと笑えば、どうやら、その言葉には、女も悪意しか感じなかったらしい。
飛鳥に負けないほどの、ニッコリとした笑顔を浮かべると
「いいえ、少しビックリしただけです。いい人だと思ったら、まさかこんなに性格の悪い人だったなんて」
「へー、君、見かけによらず毒はく人なんだねー。なんなら犯人も暴露してあげよっか?」
穏やかに笑う二人の間には、凍てつくような空気が流れ、そして、そんな二人の様子を本屋の店員たちが、心配そうに見つめていたとか?
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