第65話 警戒心とお礼


「なんで、ついてくるんですか?」


 閑静かんせいな住宅街にて──先程の本屋を後にし、帰路についていた飛鳥にむかって、女が睥睨へいげいしながら声をかけた。


 確かに、女は今、飛鳥の少し前を歩いているのだが、もちろん、飛鳥が女の後をつけているわけではなく。


 この道は、ただ飛鳥にとっても帰り道だというだけなのだが……


「あのさ、人のことストーカーみたいに言うのやめてくんない? されたことはあっても、したことなんて一度もないよ。それに、俺はこの先右に曲がるから、君がまっすぐ行けば、そこでお別れだよ」


「そうですか、じゃぁ──どうぞお先に?」


「……っ」


 すると女は、笑って手を差しだし、まるで「早く行け」とでも言うかのごとく、道のはしによけた。


 そんな女の行動に、飛鳥はひくひくと口元をひきつらせる。


「なんで、そこまで警戒されなきゃならないのかな? ネタバレされたのがそんなに不満?」


「あなたこそ、なんで、ほぼ初対面なのに、あんな意地悪してくるんですか? 女性だと思ってたら男性だし、学部まで聞かれて、おまけにずっとついてくるなんて、私、一人暮らしなんです! だから、行くなら早くいってください!」


 初めの和やかな雰囲気はなくなり、一気に険悪な空気を醸し出す二人。


 しかも、女が立ち止まったことにより、二人の距離は更に近くなった。


 その距離で、飛鳥が改めて女を見ると、なんだかとても疑惑に満ちた瞳をしていて


(あー、これはアレだ)


 あまり認めたくはないが、飛鳥にはこの眼差しに痛いほど理解があった。


 そう、この視線は、いつも自分が不審者に向けているであろう視線。


(うそだろ……俺、もしかして変態扱いされてる?)


 今だかつてない事態に、飛鳥は表情を曇らせた。


 だが、確かに言われてみれば、彼女の言う通り、柄にもなく意地悪なことをしてしまったし、学部のことを聞いたのも確かだった。


 これが、逆の立場ならば、自分だって警戒するかもしれない。いや、むしろ警戒する。


 ちまたで言う(イケメンに限る)は、通用する人間と、しない人間がいる。


 彼女はきっと後者なのだろう。


 そう考えたら、彼女の警戒心は、自分と同じで、少し強い方なのかもしれない。


(でも……そのわりには無防備というか、危なっかしいというか)


 だが、女の危機管理能力の低さに、飛鳥は深くため息をつくと、再び女に言葉を投げる。


「あのさ、勝手に"女"だって勘違いしてたのは君だろ? それに、警戒してるなら、なんてバラしちゃだめだよ」


「え?」


 瞬間、女が目を丸くする。


 どうやら、自分の言動の恐ろしさに気づいたのか、女は一瞬顔を青くしたあと、再びにっこりと微笑むと


「いえ、 実家暮らしです! メチャクチャ大所帯で暮らしてます!」


「今更、なかったことには出来ないよ?」


 よもや、前言撤回しにかかるとは!?

 本当に、なんて危なっかしい女なんだろう。


 するとその瞬間、飛鳥はふと自分の妹のことを思い出した。


 まぁ、華に比べたら、彼女の方が警戒心はありそうだが、こうも無防備だと、なんだか心配になってくる。


 正直、これで一人暮らしとか、親もよく許したものだ。


「君さ、もう少し気を付けた方がいいんじゃない? そんなんじゃ、いつか危ない目にあうよ」


「……っ、はぃ……すみません」


 すると、また何かしらの反論が帰ってくると思ったのだが、今度はそれとは違う素直な返事が返ってきて、飛鳥は少しだけ拍子抜けする。


 だが、たとえ自分が、絶世の美男子だったとしても、男が後からついてくるという状況というのは、女性にとっては、あまり良い気分ではないだろう。


 そう思うと、飛鳥は女の望みどおり、先にいくことにした。


!!」


 だが、その時、二人のもとに突如、女性の声が響いた。


 ふと声のする方を見れば、側に建つ一軒家から、70代くらいのおばあさんがあわてて出てきたかと思えば、そのおばあさんは、飛鳥の横に立つ女の方へと駆け寄ってくる。


「やっぱり、あかりちゃんね! この前は本当に助かったわ。まさか、また会えるなんて!」


「あ、この前のおばあちゃん」


 ”あかり”と呼ばれた、その相手は、どうやら、その女のことのようだった。


 すると、おばあさんは、少し重そうなビニール袋を手に女の前に立つと、息を付く間もなく話しかける。


「会えたら、お礼をしたいとおもっていたのよ。この前は、本当にありがとうね!」


「そんな、お礼なんていいですよ。大したことしてないし」


「なにいってるのよ! あかりちゃんが声かけてくれなかったら、どうなってたか……あ、これ、親戚が送ってくれた大根とカボチャなの。たくさんあるから持っていって」


「え!? あの……私こんなには」


「大丈夫よ! 食べたらあっという間よ! それじゃ、私玄関開けっ放しだから、もう行くわね」


「えぇ!? 危な──」


 女はあわてふためくが、玄関をあけっぱなしのおばあさんを呼び止めることも出来ず、結局おばあさんは、立派な大根とカボチャをいれた袋を有無を言わさず持たせると、あっという間に去っていった。


「…………なにアレ?」


 そして、まるで嵐のように過ぎ去っていったおばあちゃん目にし、飛鳥は呆然とする。


 すると、二人呆然とする中、手にした袋を握りしめたあかりが、おばあちゃんとのいきさつを話し始めた。


「あの、実は、この前、具合悪そうだなと思って声をかけたら、薬を飲みたいけど水がないと言うので、近くのコンビニで水を買って届けただけ、なんですけど」


「へー、水ね」


 親戚が農家でもしているのか、手渡されたそれは、かなり立派な大根とカボチャのようだった。


 しかもそれが、3本と3個。


 感謝の気持ちがその重さに比例するなら、とてもとても感謝しているのかもしれない。


 だが、女性に持たせるには、幾分か重たすぎる気がして……


「貸して。俺が持つよ」


「え?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る