第184話 双子と恋人

 

 その後、ラビットランドで一日楽しんだ華と蓮は、また電車に乗り、桜聖市に戻ってきていた。


 兄に言われた通り、葉月をしっかりと家に送り届け、航太と別れあと、少しだけ薄暗くなり始めた歩道を、華と蓮は二人並んで歩く。


「今日は楽しかったねー」

「そりゃ、良かったな」


 あの後も、何度とお化け屋敷に入れられて、酷く疲れた顔をした蓮。


 そんな蓮の顔を見て、華は蓮の腕にしがみつくと、ふがいないばかりに、弟を叱咤する。


「もう、情けないなー、せっかく榊君が付き合ってくれたのに!」


「悪かったな。情けなくて」


「……あ」


 だが、何を思ったのか、華は蓮の腕に、今一度ぎゅーっと抱きつくと、その感触を確かめるように、ふにふにと腕を触り始めた。


「何してんの? くすぐったいんだけど」


「……うーん。なんか、榊君の方が筋肉ついてたかなって」


「………………」


 その言葉を聞いて、蓮はしばらく沈黙すると


「悪かったな、貧相な腕で!?」


「あはは! まー、蓮は中学の頃、ずっと帰宅部だったしね。最近バスケはじめた蓮と榊くんとじゃ、身体の鍛え方が違うよねー」


「俺だって、これからつくんだよ」


「あ、でも……この腕で、今まで守ってくれてたんだよね?」


「え?」


 その言葉に、蓮の歩みがピタリととまる。いきなりどうしたのかと、蓮が華の方に視線を向けると、華の表情は、どこか愁いを帯びていた。


「私ね、前にナンパされた時、もう二人に頼らないようにしようって決めたのに……全然成長出来てなくて……ほんと、ダメだね、私」


 無意識に助けを求めてしまうのは、いつも側にいてくれた、優しい兄と弟だった。


 助けてもらうのが「当たり前」になってる。


 そんな自分が、たまらなく嫌で、たまらなく、情けなくて──


「仕方ないだろ。華はガサツでも、一応、女の子なんだし、男相手じゃ無理な時もあるだろ」


 悲しそうな顔をする華のおでこを軽く小突くと、蓮はそう言って、呆れたような声を発する。


「痛! ちょっと、ガサツって何よっ!?」


「それに、華はちゃんと成長してるよ」


「……そうかな?」


「うん……」


 成長してる。俺よりも前に進めてる。


 そして、いつかきっと、こうして俺の腕を掴むことも、俺や兄貴に助けを求めることも、なくなるんだろう。


 なら───


「華は、榊のこと、どう思ってる?」

「え?」


 その言葉に、華は瞠目する。

 それは昼間、葉月からも聞かれた言葉で


「榊、あれで結構いいやつだよ。華の事も何かと気にかけてくれてるし、まー、お似合いと言えば、お似合い……だとおもう」


「え?! ちょっと、なに言ってんの!? あ、もしかして、蓮も勘違いしてるの!? あの、違うよ! 私、榊君が好きで、腕組んだとかそんなんじゃなくて」


「それは、分かってるけど。でも、華もいつか、彼氏作ったりするだろ? なら、榊とかどうなの?」


「ど、どうなのって……っ」


 真面目な顔をして話す蓮を見て、華は顔を赤くしたまま口籠る。


「な、なんで、そこで榊くんになるの! それに、彼氏なんて……まだ、先の話だし」


「そうか? 俺たち、もう高校生なのに?」


「……っ」


 顔を赤くし、困り果てる華をみて、蓮は目を細めた。


 自分はすごく、ずるい奴だと思った。


 自分からは、華の手を離すことができないから、あえて華をけしかけて、華の方から離れていくように仕向けてる。


 今日、華と榊の姿をみて、自分の気持ちがはっきり分かった。


 嫌なんだ、まだ。


 今の「幸せ」が、今の兄妹弟としての関係が、壊れてしまうのが。


 そして、先に進んでしまえば、今のこの時間、この場所には、もう二度と、戻ってこれないのだと。


 でも、もう、そんなこと言ってられない。


 いつか来る未来に、目を背けたままじゃ、きっと、誰も───幸せになれない。


「華……」


 自分の腕を掴む華の手を掴むと、蓮はその手を離し、自分より一回り小さな華の手を、ギュッと握りしめた。


「お前が、俺たちの幸せを願ってるように、俺達も、華の幸せを誰よりも願ってるよ。だから、別に榊じゃなくても、今日助けてくれたお兄さんでも、隆臣さんでも、華が好きになった奴なら誰でもいい。でも選ぶなら、ちゃんとしたやつ選べよ。に、華の事を守ってくれそうな、そんな奴」


「……え?」


 俺たちの……代わりに?


「だから、家族だけじゃなくて、もう少し周りの奴にも目を向けてみろ。華のことが好きで、守ってくれてたのは、きっと俺達だけじゃないだろ?」


 そう言うと、蓮は華の手を離し、一人、前に歩き始めた。華は、そんな蓮の後ろ姿を見つめ、一人思う。


(私の事が好きで、守ってくれてたのはって……榊くんとって……なに、それ……っ)


 それじゃぁ、まるで、榊くんが私のことを、好き……みたいな──


(なんで? なんで、そんなこというの?)


 榊くんは、蓮の友達で、同級生で、私にとっても、ただの友達でしかないのに。


 それに、もしかしたら、榊くんは


 葉月の好きな人かもしれないのに──…っ





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