第14章 家族の思い出

第185話 帰省とお墓参り

 8月も半ばに差し掛かり、世間はお盆を迎えていた。桜聖市から電車とバスを乗り継いて4時間ほどかかる街、かがり町。


 それは宇佐木市の外れにある小さな町だった。


 緑豊かな風景が続くその町は、桜聖市よりも少し素朴な雰囲気で、そしてその町の外れに、あかりが暮らしていた実家がある。


 父と母が15年ほど前に建てたごくごく普通の、庭付きの一軒家。


 そして、その家から10分ほど歩いた場所に「倉色家」の先祖が眠る墓があった。


 実家の仏壇から線香を持ち出したあかりは、行きがけの花屋で菊の花を買うと、弟の理久りくとともに、その墓に向かっていた。


「全く、帰ってきて早々墓参りとか、ババァかよ!」


 黒のジーンズに赤いTシャツを着た理久が、あかりの後ろから声を発する。


 久しぶりに姉が実家に帰ってきたというのに、ゆっくりする間もなく、いきなり「墓参りにいこう」と誘われた理久。


 その、あまりに色気のない姉の行動に、弟は一抹の不安を宿す。


「もっとさー、女子大生らしい発想にはなんねーの?」


「うるさいわねー。お盆に帰ってきてるんだから、ご先祖様にご挨拶するのは、当然でしょ?」


 弟の言葉に、あかりがめんどくさそうに返事を返す。

 なんと言われようが、やはりお盆に実家に帰省したからには、墓参りにはいくべきだと思う。


「でも、夏だぜ! 海いくとか、浴衣買いに行くとか、友達とランチしに行くとかさー! しょっぱなから、墓参りとか、色気なさすぎ!!」


「別に色気なんてなくていいよ。それに、友達には会うよ! あまり時間は取れないけど」


 その後、霊園につくと、あかりは辺りを見回した。少し高台にあるその場所は、とても緑豊かな場所だった。


 夏の風が爽やかに吹き抜けると、木々を揺らし、あかりのワンピースをふわりとはためかせる。


「理久、お墓の掃除お願いね。私はお花かえてくるから」


「はいはい」


 その霊園を暫く進み「倉色家の墓」と書かれた碑石の前まで来ると、あかりは理久に墓の掃除を言い渡す。


 特に、文句を言うことなく、理久が素直に箒を取りに向かうと、あかりはその碑石を見つめた。


 日頃、母と父が良く来ているのだろう。


 墓はいつも通り綺麗で、夏の暑い時期だというのに、花が枯れ果てた様子もなかった。


 あかりは、その後花立を持ち、水道へ向かうと、傷みかけた花だけとり除き、持ってきた菊の花を生ける。


 再び墓の前にもどり、理久と二人、碑石を磨き、花を飾り、線香に火を灯すと、あかりと理久は、二人並んでそっと手を合わせた。


 その傍らには、何組か墓参りに来ている家族がいた。お盆ならではの光景だろう。


「姉ちゃん。なんで三日しかいれないの? 一週間くらいいればいいのに」


 すると、手を合わせた後、理久がつまらなそうに呟く。


「夏休みでも、講習とかあって色々忙しいのよ」


 あかりはそう言って、理久に返事をすると、その後、また碑石を見つめ、エレナの事を思い浮かべた。


(それに、もしかしたら、エレナちゃんから、連絡があるかもしれないし……)


 それを考えたら、出来るだけ桜聖市にいるべきだと思った。


 あれから、もう一カ月。


 あかりはエレナに何もできず、ただエレナの事を考え、不安な思いを募らせるだけだった。


(……どうして、私)


 肝心な時に何もできないのだろう。


 今だって、エレナからの連絡を待つことしか出来ない。あかりは、目の前の碑石を呆然と見つめると、その瞳を静かに揺らす。


「そっか。大学って大変なんだな~。でも、せっかく夏祭り一緒に行けると思ってたのに」


「え?」


 すると、理久が線香などを片付けながら、ボソリと呟いて、その言葉を聞いて、あかりが小さく反応する。


「夏祭り?」


「そ。毎年、母さんと3人で行ってたじゃん! 姉ちゃん帰ってくるなら、また一緒にいけると思ったんだけど。明後日帰るなら無理だな。そういえば、あっちは夏祭りとかないの?」


「あー、丁度うちの近所の神社であるみたいよ、夏祭り。燈籠とか飾ってすごく綺麗だっていってたから、行ってみたいなーとは思ってるんだけど、さすがに一人で行くのもね?」


 あかりは、大学で友人達が話していたことを思い出した。たが、理久はその話に酷く驚いたようだった。


「え!? なにそれ!? あっちで友達出来たって、言ってたじゃん!!」


「あのね、大学で話せる友達はできたけど、さすがに、夏祭り誘えるほどじゃ」


 理久の反応を見て、あかりは口元を引きつらせた。

 大学に何人か友人はできたが、プライベートなお誘いが出来るほど、親密な関係にはなれてはいない。新しい土地で、友人関係を築くというのはなかなかに大変なものなのだ。


「ぼっちかよ」


「言わないで」


「あ、じゃぁさ! 今年は無理だけど、来年は俺たちが姉ちゃんのとこ行くよ!」


 すると、どうやら理久か妙案を思いついたらしい。少年らしい可愛らしい笑顔で笑う弟をみて、あかりは頬を緩ませる。


「えー、もう来年の話?」


「べつにいいだろ! それに、母さんもいつか姉ちゃんとこ、泊まりに行きたいって言ってたし、だから母さんと二人で!」


「なにそれ、お父さんは?」


「父さんが連休なんて取れるわけないじゃん!なんせ、お盆もずっと仕事なんだぜ! だから、来年はお盆にうちに帰ってきたら一緒にあっちにいって、夏祭り行こうぜ。俺も、たまには違うとこの夏祭り行ってみたいし!」


「あはは、そうね。それもいいかも!」


 ふわりと柔らかな笑みをうかべると、あかりはその後バケツを手にし、墓の前を後にする。


 使った霊園のバケツを丁寧に洗った後、元の場所に戻すと、数段ある霊園の階段を下り、車が行きかう、歩道へと出た。


「あ。そういえば、俺が持ってけっていったゲーム、やった?」


「……え?」


 すると、その歩道を進む中、再び理久が声をかけてきた。


「……え、と……ゴメン。よく聞こえなかった」


「あ、ゲーム! やった?」


「あー、ゲームね?」


 車の音のせいで、一瞬聞き取れなかったあかりは、素直に理久に問いかける。


 すると、少しだけ音量を増して、理久が再びそう言うと、その言葉を聞き、あかりは先日、飛鳥と時間つぶしに二人でゲームをしたことを思い出した。


「うん。この前うちでやったよ。でも、私、負けてばっかりだったかなー」


「あれ? そんなに難しかった?」


「難しかったというか、対戦相手が強すぎたというか」


「え?」


 あかりの言葉を聞いて、理久はきょとんと目を丸くする。対戦相手ということは、一人でゲームをしたわけではないのだろう。


「なんだ、家に呼べる友達いるんじゃん。誰とやったの?」


「え!?」

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