第186話 友達と蒼一郎
「なんだ、家に呼べる友達いるんじゃん!誰とやったの?」
「え!?」
瞬間、あかりは自分の失言に気づき、顔を蒼白させた。
しまった! まさか、ゲームをした相手が「男性」だなんて、口が裂けても言えない!
もし、そんなことを言ったら、弟から、すぐさま父や母に伝わるだろうし、そして、伝われば──
(絶対、実家に連れ戻される……!)
あの日、恋人と偽り大野を追い払ってくれた飛鳥と、その後、暫くゲームをして時間をつぶすことになった、あかり。
だが、はっきりいって、お互いに恋愛感情など一切ないし、彼はただの友人で、やましいことなど一つもない。
だが、さすがに一人暮らしの娘が、家に男を入れたとなると、今晩にでも、緊急家族会議が開かれそうだ。
「う、うん……たまたまね、女友達が遊びに来たの」
「そうなんだ。大学の人?」
「うん、大学の人」
「へー、どんな人? 可愛い?」
「え? か、可愛い? えーと、可愛いよりは、美人って感じかな? よく本読むみたいで、本を貸してくれて」
「へーそうなんだ。なんだ、それなりに楽しくやってんじゃん!」
「そ……そーね」
理久から視線をそらし、あかりは目を泳がせる。
だが、嘘をついたことに多少の罪悪感を感じたが、まぁ、良しとしよう。
それに、あながち間違ってない。
実際に美人だし、大学の人だし!
(それに、神木さんて、本当に女友達って感じだし)
あの見た目のせいか、彼にはあまり危機感を感じない。しかも、彼は自分と同じで「人を好きになれない」らしい。
それを、わかっているからか、あかりとしても、何とも気が楽なことだった。
「あ、そうだ! 姉ちゃん、一応言っとくけど、友達だとしても、男は絶対家に入れちゃだめだからな!」
「え!?」
すると、まるで心を読んだかのように、理久がそう言って、あかりはびくっと肩を弾ませた。
「男女の友情は成立するタイプと、しないタイプがいるって、父さんが言ってた! 姉ちゃんは、絶対成立しないタイプだから、気をつけろって! 男友達だと安心させて部屋に上がった瞬間、豹変するやつもいるんだって、姉ちゃんなら、秒で襲われるって!」
「秒!? て、お父さん、小学生の息子に何教えてるの?!」
まだ、小学生にの弟に、そんな赤裸々な男女の事情を教えているのか!?
これは、あとで、母経由で、父に問いたださなくてなるまい。
「でも、ホント気をつけろよ。あっちじゃ、頼れる人、誰もいないんだから!」
「う、うん、わかってるよ。(まぁ、神木さんは大丈夫だよね? 実際、何もされてないし)」
冗談で「押し倒すよ」などと言われたが、自分の危機管理能力を説いていたから、その為だと思う。
「あ……」
「?」
すると、その雑談を区切るように、少し真面目な顔をした理久が、また声を上げた。
霊園から暫く歩き、あかりの実家の近くまで来た時、実家の前に、男性が一人立っているのが見えて、あかりは、その場にピタリと足を止めた。
「
理久が発したその名を聞いて、あかりは息をつめた。
自宅の前に立っているのは、背の高い30代半ばの男性。
髪をオールバックにした爽やかな雰囲気のその男性の名は「
「母さん、もう帰ってきてんのかな?」
家の前に立つ、蒼一郎を観察しながら理久が再び声を発した。
どうやら、朝、用事があると出て行っていた母が、もう帰ってきているのだろう。
玄関先で軽く会釈をした蒼一郎が、あかりの実家の中に入っていくのが見えた。
「姉ちゃん……大丈夫?」
「……!」
その光景を見て、理久が、そっとあかりの手を握りしめた。
「やっぱり……まだ、忘れられない?」
「…………」
その言葉に、あかりはその瞳に小さく影を宿す。
忘れられない。
忘れられるはずがない。
あんなこと───
「もう少し……外、出とこうか? 蒼一郎さんが、帰ってからでも……」
そう言って、どこか心配そうにあかりを見つめる理久。
その姿が、あまりに優しくて、あかりは理久を見つめ、申し訳なさそうに苦笑する。
きっと、蒼一郎と鉢合わせしないように、気を使っているのだろう。
姉が、あの日のことを
また、思い出さないように──
「大丈夫よ、理久」
だが、あかりは、その後ふわりと微笑むと、理久の手をキュッと握り返した。
まだ、幼いはずの弟の手が、その瞬間だけ、やたらと逞しく感じた。
いつもこうして、家族に心配をかけている。
あの日から、ずっと──
でも、もう、あの頃のように、泣き崩れることも、笑えなくなることも──ない。
だって、一人で生きていくと決めた、あの時に
私はやっと
前に進めるようになれたんだから──
「本当に、大丈夫かよ」
だが、どこか疑うような視線を向ける理久に、あかりはまた、苦笑いを浮かべる。
「本当に、大丈夫!」
「それならいいけど……あ、そうだ」
「?」
「姉ちゃん、今日、お風呂どうする? 一緒に入る?」
「…………」
だが、その後、さも当たり前のように放たれた理久の言葉に
「ちょ、ちょっと理久! あんた今の発言、さすがにアウト!! とてつもなくシスコンこじらせてるように聞こえるから、ホントにやめなさい!!」
「はぁ!? こっちは心配してだけど!! てか、俺シスコンじゃねーし!!」
「シスコンでしょ!? 私の友達みんな言ってる!」
「嘘だろ!?」
「あの、ゴメンね……理久がそうなったの、やっぱり私のせいだよね!? ゴメン、本当にゴメン!」
「謝んな! なんか、すごく恥ずかしくなってきた!」
家族に心配をかけるあまり、どうやら弟を、超ド級のシスコンに変えてしまったらしい。
あかりは、目の前の優しすぎる弟の将来に、とてつもない不安を感じたのだった。
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