第16話 神木家とクリスマス


「飛鳥、今から帰って飯作るの大変だろ。母さんが、今日は、ここで食ってけって」


「え? いいの?」


 それから暫くしと、泣いている華をなだめている飛鳥に、隆臣が声をかけてきた。


 時刻は、すでに21時。今から帰って夕飯を作るのは、さすがに億劫だろうと、美里が一緒に食べようと提案してくれたらしい。


「ありがとう! じゃぁ、うちのケーキも、みんなで食べればいいね」


「そうだな。ほら、華、今からクリスマスパーティーするぞ。だから、いつまでも泣いてるな」


「え? パーティー?」


「あぁ、料理は、昨日のうちに仕込んどいたから、すぐできるぞ」


「ほんと!」


 隆臣の言葉に、華がパッと笑顔になる。すると、それまで沈んでいた空気が、あっという間に明るいものに変わった。


 どうやら、ひと段落ついたらしい。


 そう感じ取った狭山は、邪魔しないように、そそくさと退散することにした。


「じゃぁ、俺はそろそろ」


「あ、待って!」


 すると、喫茶店の入口に手をかけた時、飛鳥に呼び止めた。


「狭山さんも、食べていけば?」


「え? なんで!?」


「だって、うちの子達を心配して、わざわざここまで連れてきてくれたんでしょ。やっぱりいい人だね、お兄さん♪」


「いやいや、いいって。邪魔だろ、俺、部外者なんだし」


「えー、でも、お兄さん彼女いなさそうだし。どうせ帰っても、ケーキ食べるんでしょ?」


「……っく」


 飛鳥がにっこり笑ってそういえば、狭山は、反論も出来ず、ヒクヒクとこめかみを引くつかせた。


 悪気はないのだろうが、人の痛いところに、土足で踏み込んでくるこの笑顔が、ものすごく憎らしい!


「隆ちゃんもいいよね? あと、この人なんだ、この前話した、スカウトマンのお兄さん!」


「あぁ、あなたが、車で送らされたあげく、名前を聞くこともできず追い返された、あの狭山さんですか」


「あー、兄貴を女と間違えてスカウトして、高いアイス奢るハメになった、あの狭山さん」


「あれ? なんか俺、悪い方に有名になってない?」


 どうやら、彼らの間では、既に「可哀想なお兄さん」として有名になっていたらしい。


 そして、その後神木家は、橘親子と狭山と一緒に、クリスマスを過ごした。


 喫茶店を貸し切るようにして催されたクリスマスパーティーは、とても賑やかで、笑いの耐えない時間だった。


 そして、ケーキを食べ終え、パーティーが終わった、10時半──


「隆ちゃん、今日は、ありがとうね」


 来た時と同じようにコートにマフラー、そしてハットを被った飛鳥は、外に出るなり、穏やかに笑った。


 もう直、雪が降るのか、外はとても寒い。

 だが、その真冬の景色の中でも、飛鳥の長い金色の髪は、とても輝いてみえた。


「いや、俺の方こそ、今日はありがとな。バイト代弾むって、お袋がいってた」


「ホント。じゃぁ、客寄せしたかいがあったね~♡ あ、狭山さんも、今日はありがとう。気をつけて帰って」


「ああ、送ってかなくていいのか?」


「いいよ、華が帰りにイルミネーション見たいっていうから、歩いて帰る」


「そうか」


 一通りの挨拶をすませると、遅れて出来た双子が、改めて狭山と隆臣にお礼をいって、三人はそのまま帰路についた。


 道路沿いの歩道。


 その車道側を飛鳥が歩き、華を真ん中にして、三人並んで歩くと、それから暫くして、公園にたどり着ついた。


 噴水のある広々とした公園の中央には、ライトアップされた大きなクリスマスツリーがあった。


 まるで星のように、キラキラと輝く色鮮やかなツリー。それを目にして、華が「綺麗~」と声を上げると


「夜に、ツリー見に来るの、久しぶりだね!」


「そうだね」


 華の問いかけに、飛鳥が答える。


 基本、神木家はこんな時間に外にはでない。だからか、こうして街のクリスマスツリーを見に来たのは、かなり久しぶりだった。


「しかし、冷えるね?」


 すると、黒のコートを着た蓮が軽く身震いして、手を擦り合わせて、飛鳥が答える。


「夜から、雪らしいしね」


「だから、こんなに寒いんだー。ねぇ飛鳥兄ぃ、なにかジュース買ってきて」


「オレ、ココアがいい」


「私、ミルクティ」


「は? なんで俺が?」


 いきなり、タカり始めた妹弟に、飛鳥が苦笑いをうかべる。


 だが、そんなこと言いつつも「ここでまってて」と、しぶしぶ財布を取り出し自販機の方へと歩いていった兄を見て、華は目を細める。


 兄は、いつもそう。


 憎まれ口を叩いても、結局は、いつもこうして自分たちを温めようとしてくれる。


「ねぇ、蓮……クリスマスって、やっぱり恋人のイベントなのかな?」


「?」


 すると、兄の後ろ姿をみつめながら、華がボソリと呟いて、蓮が視線を向ける。


「なんだよ、いきなり」


「葉月が、そういってたから」


「中村が?……まぁ、一般的にはそうだろうな。今も、カップルばっかりだし」


 辺りを見れば、公園の中は、そのほとんどが二人組のカップルばかりだった。


 中には、今にもキスしそうなカップルもいて、少し目のやり場に困る。


 なにより、こうして三人でいるのは、もしかしたら、自分たちくらいかもしれない。


「やっぱり、お兄ちゃんが彼女作らないのって……私たちのせいかな?」


「……」


 吐く息は自然と白くなって、寒さで頬を赤くした華が、悲しそうに呟いた。


 気づいてしまった。

 兄が、彼女を作らない本当の理由に。


 兄は、さっき言ったのだ。


 ──ずっと、華と蓮の傍にいるから。


 まるで、自分たちを安心させるかのように、兄はそう言ってくれた。


「華……」


 すると、蓮が心配そうに華の顔をのぞきこんできて、その表情に、華はまるで涙をこらえるようとでもするかように、クリスマスツリーを見上げた。


 ずっとずっと、傍にいてくれた。

 そして、ずっと守ってくれた。


 綺麗で優しくて、人一倍頑張り屋な兄は、いつだって、自分たちを優先してくれる。


 だけど──


「やっぱり、私たち……このままじゃ、ダメだよね」


 まるで自分自身に言い聞かせるように、華はそう言って、蓮もまた、グッと唇をかみ締めた。


 ずっと、このままではいられない。

 早く、大人にならなきゃいけない。


 兄は、いつも傍にいてくれた。


 亡くなった母の変わりに。

 忙しい父の変わりに。


 だけど、それは、兄がなのだと


 気づいてしまった──




「華、蓮~」


 すると、それから暫くして、三人分の飲み物を買った兄が戻ってきた。


 ミルクティーとココアと、自分用のコーヒーを手にした兄は、いつもの柔らかな笑顔でほほえみかける。


「これ飲んだら、帰ろっか」


 時刻は、もうすぐ11時。


 兄が買って来てくれたミルクティーは、とても暖かくて、華はそれで身体を温めながら、ふと先日の葉月の言葉を思い出す。


『もしかしたら、これが家族で過ごせる、最後のクリスマスかもしれないのにね?』


 ──終わってしまう。


 今までと変わらず、兄と過ごせたクリスマスが……


 来年は、どうなっているのだろう。


 もう、一緒ではないかもしれない。


 もしかしたら、これが、兄と過ごせる『最後のクリスマス』かもしれない。



「ねぇ、飛鳥兄ぃ……写真撮ろうよ」


「え?」


 すると華は、きゅっと兄の腕に擦り寄り、スマホを取り出しながら、そう言った。


「せっかくツリーの前にいるんだしさ! 撮らなきゃ損でしょ! はい、蓮も近づいて!」


「え? 三人で撮るの!?」


「当たり前でしょ! ほら、近づかなきゃ入らない!」


 華は、飲み物をベンチに置き、スマホをインカメラにすると、必死に手を伸ばして、三人入るよう照準をあわせる。


「うーん……なかなか、入んない」


「腕短いからだろ。貸して、俺が撮ってやるから」


「腕短いとか言わないでよ!」


 華のスマホを飛鳥がひょいと取り上げて、代わりが腕を伸ばせば、その瞬間、視界にひらりひらりと白い結晶が舞い降りてきた。


「あ、雪だ」


「すごーい! 雪降ってくるなんて、タイミング最高!」


「寒いし、これ撮ったら、早く帰るぞ」


「俺も兄貴に賛成」


「もー、ムードないなー男共は~」


 ──カシャ!


 と、カメラアプリの音がして、三人ギュウギュウになって写真を撮れば、不貞腐れながらも楽しそうに笑う、三人の家族写真ができあがった。


(来年は……撮れるかな?)


 華は、その写真を見つめて、悲しそうに微笑む。


 本当は、まだ変わりたくない。

 大人になんてなりたくない。


 でも──



「ほら、華、帰るよ」


 温かいジュースを飲み終わると、兄が優しく笑いかけてきた。


 幼い頃から、慣れ親しんできた光景だ。


 華はそれを見て、ぐっと涙をこらえると、また満面の笑みで笑いかける。


「……うん!」


 

 ひらひらと雪が舞い散る、聖夜。


 双子は、決心する。



 早く大人になろう、と。

 

 大好きな、大好きな




 お兄ちゃんの幸せのために───…



 










「ちょっと、涼くん!! 今、あそこの金髪の女の子に見惚れてたでしょ!? 彼女が一緒なのにサイテー!!」


「仕方ねーだろ! すっげー可愛かったんだから!!」


「「…………」」


 だが、その帰宅間際、公園の中で騒ぎ始めたカップルを見て、華と蓮は蒼白する。


「ちょっと、飛鳥兄ぃのせいで、あのカップル別れそうになってるじゃん!」


「なんで? 見惚れてたのは『女の子』だろ。俺じゃないし」


「いや、どうみても兄貴のせいだろ」


 喫茶店でバイトをしていた時も含めると、兄のせいで、一体何組のカップルが、今宵破局したのか?


 そんな光景をみつめつつ『兄の彼女にはった女の子は、絶対大変だろうな』と、双子はそんなことを思ったのだった。

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