第15話 肌と温もり


「もう、やだ。接客業とか二度としない……っ」


 レジ前のテーブルに一人突っ伏したまま、飛鳥は力のない声を発した。


 夜8時を回り、閉店時間を迎えた喫茶店は、先程の混雑が嘘のように静まり返っていた。


 隆臣の代わりに、昼過ぎから喫茶店の仕事を手伝っていた飛鳥。着慣れないウェイター服に、一から覚えなくてはならない仕事の山。


 物覚えは良いからか、足でまといになることはなかったが、クリスマス・イブという、この忙しいタイミングでの慣れない仕事は、かなりの重労働で、閉店時刻を迎えた頃には、もうクタクタになっていた。


「客寄せパンダごくろーさん。おかげで、前年比の150%叩き出したわ。売上ハンパない」


 すると、そんな飛鳥をみて、カウンターの中でレジを清算している隆臣が声をかけてきた。


 ていうか、150%!?


「なにそれ!? いつもこうなんじゃないの!?」


「いつもはここまで、ごったがえさねーよ。相変わらず、スゲーなお前」


 どうやら、あの状況を作り出したのは自分らしい。

 だから、急にキッチンに追いやられたのか?


 まぁ、カップルがケンカを始めたとか、そんな理由もあるにはあるが。


「はぁ……隆ちゃん、俺のスマホとってきて」


「え?」


「連絡しなきゃ、多分心配してる」


「はぁ!? お前、連絡してなかったのかよ!?」


「仕方ないだろ! あれから俺は、休みなしノンストップで働いてたんだよ! 電話かけるタイミングなんてなかったんだよ!」


「珍しいことするからだ」


「だって、あんなにバタついる美里さん達、見て見ぬふりできないし、隆ちゃんが、戻るまでのはずだったのに、なんかお客さんすごいことになるし」


「それは、ほぼ、お前のせいだろ。ほらスマホ」


「あ、どうも」


 隆臣がスマホを持ってくると、飛鳥は慣れた手つきでスマホを操作し、履歴を確認する。


 すると、着信履歴がことになっているのに気づき、飛鳥は「これは、まずい」と、すぐさま電話をかけることにした。


 ──カランカラン!!


 だが、その時だった。


「お兄ちゃん!!!」

「!?」


 突然、店の扉が開いたかと思えば、中に飛び込んできたのは、なんと家にいるはずの華と蓮!!


「お兄ちゃぁぁぁん! 死んじゃったかと思ったぁぁぁ!!」


「このバカ兄貴!! マジでフラグ立ったのかと思ったんだぞ!? バイトしてるなら、ちゃんと連絡しろよ!!」


 しかも、入ってくるや否や、大号泣で飛鳥の胸に飛びついてきた華と、怒りを露にする蓮!


 それを見て、飛鳥は、スマホを手にしたまま硬直する。


「な、え? どうしたの? なんでここにいるの? てか、何パニクってんの?」


「パニックにもなるだろーが!! こんな時間まで、兄貴が連絡もなく!」


「そうだよ、しかも、クリスマスだよ! クリスマスに喧嘩別れとか、普通、死ぬじゃん! 死んで、一生悔やむパターンじゃん!」


「あはは。俺、死ななきゃいけないパターンだったの? それは、知らなかったな~。お前ら一度、頭冷やしてこい」


「ちょっとちょっと、君たち一旦落ち着こうか!」


 勝手に「死亡フラグ」をたてられていたと知り、飛鳥が笑顔で毒づくと、それを見ていた狭山が、慌てて仲裁に入った。


 すると、飛鳥も狭山に気づいたらしい。


「あ。佐川さがわさん」


狭山さやまですけど!!」


 だが、悪びれもなく名前を間違う飛鳥に、狭山は脱力する。


 次、会ったら名前を教えてあげるなんて言いながら、教える気サラサラないじゃないか!


「あのさぁ、この子たち、こんな寒空の下、ずっと君のこと探し回ってたんだよ! お兄ちゃんなら、もっとこう、なんかないの!?」


「え、そうなの? でも、ケーキ取りに行くって言ってたんだから、店に電話すればよかったのに」


「かけたんだよ!! 兄貴にも、隆臣さんにも、店にも!! でも、でなかったんだろーが!! 何度かけても話し中とか、どこのコールセンターだ!?」


「それは、すまなかった」


 怒りMAXで蓮が叫べば、その言葉が、ひどく胸に響いたらしい。隆臣が謝罪の言葉を発した。


 そういえば、店が忙しく休む暇もなかったし、電話は鳴りっぱなしで、ようやく出れたかと思えば、その電話は、かなりしつこい客だったようで、飛鳥が、ずっと電話の前で捕まっていたのだ。


「飛鳥、これは、お前が悪い」


「そうそう。それに君、お兄ちゃんなんだろ。だったら妹弟に、こんなに心配かけちゃだめだろ」


「……」


 隆臣と狭山がそう言われ、飛鳥は改めて、華と蓮を見つめた。


 確かに、元はと言えば、連絡を忘れていた自分に非があるわけで


「……そっか」


 依然、泣き止まない華を見て、飛鳥は、悲しげに目を細めた。


 そっと頬に触れてみれば、指先から伝わる肌の冷たさに、ずっと探していたと言う狭山の言葉を、リアルに感じさせた。


 きっと、心配で仕方なかったのだろう。

 だから、二人だけで──


「……ごめん」


 小さく小さく言葉を紡ぐと、飛鳥は、泣きじゃくる華を、きつくきつく抱きしめた。


「もう、大丈夫だよ。俺は、ずっとずっと、華と蓮の傍にいるから……」


「ッ……」


 その優しい言葉に、華の目には、また涙が溢れだした。


 そして、その光景を、蓮と隆臣が静かに見守り、狭山だけが、まるで映画のワンシーンみたいだと思いながら、微かに頬を赤らめていた。


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