第3章 お兄ちゃんの誕生日

第17話 お兄ちゃんと誕生日


 クリスマスが過ぎると、世間は一気にお正月モードになる。


 年越しの準備と受験勉強に追われ、待ちに待った年が開けると、あっという間に冬休みは過ぎ去り、新学期が始まる。


 そして、新学期が始まって暫く経った──

 1月12日。


 そう、今日は、兄の誕生日であると同時に、父が帰ってくる日なのだ!






 

 第17話 お兄ちゃんと誕生日







 ***


「えー飛鳥兄ぃ、今日は、大学いかないの!?」


 格段と冷え込む真冬の朝。学校へ行く準備を終えた華が、大きく声をあげた。


 リビングにある四人掛けのダイニングテーブル。そのイスに腰掛け、のんびりと朝食を取っているのは、神木家の長男である神木かみき 飛鳥あすか


 そして飛鳥は、こんがりと焼けたトーストを食しながら、華の問いに「うん」と一言だけ返す。


「えー、なんで!? 今日、大学休みじゃないでしょ!?」


「なんでって、サボリ」


「サボっ!!」


 平然と『サボる』という兄に、華は瞠目する。

 まだ二年生というのもあるが、大学というものは単位さえしっかりとれば、出る講義の選択は自由にできるらしい。のだが……


「単位は問題ないし、今日はどの講義も大した授業じゃないから。それに誕生日なんて日に、俺が大学に行ってどうなるか、お前にもわかるだろ?」


「……っ」


 コーヒーを手にしながら、ニコリと笑った兄の言葉に、華は顔からは、サーッと血の気が引いていく。


 そう、よく漫画である『人気のある男子の下駄箱や机の中から、山のようなチョコやプレゼントが流れ落ちてくる』あの現象。


 兄が起こすのは、そんなではない。


 まず、中学のバレンタインでは、自分のチョコを渡したいがために、下駄箱に先に入っていた他人のチョコをゴミ箱に捨てるという悪質な事件がおき


 高校では「放課後、待ってます」と書かれた手紙が鬼のように入っていたため、放送部の先生に頼み


『神木君は帰りました。生徒は直ちに帰宅し、持ってきたチョコは各自、自分で食べるようにしましょう!』


 などという、爆笑必須な校内放送が流されたらしい。


 しかも、今、兄が通っている桜聖福祉大学おうせいふくしだいがくは、学校内でのプレゼント交換を禁止している。


 こうなると、危険なのは大学内だけではなくなるというわけだ!


「いい、華。外で誰かに声をかけられても、見ない・聞かない・受け取らない! これ、今年もよろしく!」


「あああああああああああぁぁぁ、行ってこい大学! 私たちを巻き込むなー!!」


 天使のよう爽やかな笑顔で課せられた厄介すぎるミッション!

 

 それを聞いて、華は酷く落胆する。もちろん、このミッション、今年に限ったことではないのだが


「華! そろそろ行かないと遅刻する」


 すると、中学に向かう準備をすませ、リビングに顔を出した蓮が、背後から華に声をかけた。


 学ランの上に紺のマフラーをしっかり巻いている蓮を見て、華はこうしちゃいられないと、同じく椅子に掛けていた赤いマフラーをし、鞄を持つ。


 時計をみれば、もう家をでなくてはならない時間になっていた。


「あ、今日、雪降るかもしれないって、念のため、傘もっていけよ」


 すると、双子を見送るため席を立った飛鳥が、再度声をかけた。


「えー雪、降るの~! なんで、こんな日に限って」


「日頃の行いが悪いからだろ?」


「悪くないし!! てか、自分はサボるくせに!?」


「だから、たいした講義ないから、行く必要がないんだって。ほら、もう時間ないよ」


 ブスッと不機嫌な顔をして愚痴る華を軽くあしらうと、飛鳥はどこか余裕たっぷりな笑みを浮かべて、手を振った。


 きっと、今日は一日ひきこもるつもりなのだろう!誕生日とはいえ、なんて良いご身分なのだろうか!




「じゃぁ、兄貴、父さんのこと宜しくね?」


 その後、リビングを出て、玄関先に向かうと、靴を履き終えた後、蓮が兄に視線むけた。


 今日は、飛鳥の誕生日に合わせ、単身赴任中の父が、はるばるアメリカのロサンゼルスから帰国することになっていた。


「お父さんに会えるの、久しぶりだねー」

「まぁ、ざっと半年ぶりか」


 蓮が相槌を打ちながら、華に傘を差し出す。


 前に父が、帰ってきたのは、夏休み。それを思うと、父とは長く会っていない気がした。


「じゃ、行ってくるね! 私たちもできるだけ早く帰ってくるから」


「うん、行ってらっしゃい」


 その後、父の帰宅を兄に託し、華と蓮は急ぎ足で玄関を後にすれば、バタバタと中学に向かった双子を、飛鳥は、いつもどおり笑顔で送りだした。


 その後、一息ついて再びリビングに戻ると、先程とは一変静まり返った室内で、飛鳥は再び、食事を再開する。


(……今日の夕飯、何にしよう)


 のそのそとパンを頬張りながら、夕飯のメニューを考える。


 自分の誕生日だというのに、その誕生日の料理を準備をするのは自分なのだから、なんとも笑える話である。


 飛鳥は静かな我が家で、一人コーヒーを飲みながら、父が帰ってくるまで何をしようかと、呆然と考えるのだった。

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