第173話 兄妹弟と思い出

「きゃぁぁぁぁァ!!?」


 その日の夜。神木家のリビングには、突如悲鳴が聞こえた。半分泣きになりながら、飛鳥の腕にピッタリと抱きつき、離れないのは、妹の華。


 何事かというと、夕食を終えた夜9時すぎ。飛鳥がソファーで一人、本を読んでいると、お風呂から上がった華が、Tシャツにホットパンツといったラフな格好で、飛鳥の隣に腰掛けた。


 そして、何気なしにテレビを付けると、一時期大ブームとなったホラー映画が始まっていて、華は飛鳥の横で一人映画を見始めたのだが、元々、ホラーはあまり得意ではないくせに、見始めてしまうと続きが気になってしまったらしい。


 だが、被害者が増え、恐怖シーンが盛りだくさんになるにつれて、一人分開いていた兄との距離は次第に縮まり、今に至る。


「あぁぁ、やだー! もう、見たくない!!」


「じゃぁ、見るなよ」


「だって~、気になるんだもん!」


 見たくないといいつつ、兄の腕にしがみつき、チラチラとテレビ画面を盗み見る華。

 飛鳥は、それを見て、はぁと深いため息をつくと、その後、手にした本を閉じる。


「華、見たいなら一人でみろ。俺、今から風呂に入るから」


「えぇ!? 何言ってんの!? 無理無理無理!! 一人で見るなんて絶っっ対、無理ぃ!!」


「じゃぁ、消せ」


「それはヤダ!! ていうか、昔は一緒にみてくれたじゃん! 膝の上で抱っこして最後まで一緒にいてくれてたでしょ!! 高校生になっても怖いものは怖いんだよ!!」


「なにそれ、抱っこしてほしいの?」


「違ーーう! 横にいてくれるだけでいいの!! とにかく、しがみつける何かが欲しいの!?」


「じゃぁ、ぬいぐるみでも抱いてろよ」


 喚く華をあしらい飛鳥が立ち上がる。すると、丁度テレビはCMに入っため、先程とは一変して画面が明るくなる。

 

 だが、それでも華は、飛鳥の腕を必死に掴んで、行かないでと縋り付く。


 確かに幼い頃は、怖がる華を抱っこして、ずっと終わるまで側にいてあげた。


 だが、それは華と蓮が、小学生の時の話。


 小さい頃は怖いもの見たさで、怖がる二人をなだめながら見ていたが、苦手なのが分かってからは、我が家で恐怖系ものは自然と見なくなった。


 きっと、今回見てしまったのは、兄が横で本を読んでいたから、安心していたのだろう。


「飛鳥兄ぃ、待ってよ。これ終わるまで一緒にいてー!」


「無理。俺、忙しい」


「忙しくないでしょ! 本読んでたじゃん!?」


「だから、風呂入るんだって」


 そう言って、飛鳥が今度こそ部屋から出ようとすると、そのタイミングで蓮が入ってきた。


「あ、蓮、ちゃうど良かった! 華がホラー映画みたいらしいから一緒に見てあげて。俺は風呂入ってくるから」


 ふると、バトンタッチでもするかのように、すれ違いざまに、飛鳥が蓮の肩を叩く。だが──


「無理無理無理! それだけは、絶っっ対無理!!」


 横をすり抜けようとした瞬間、飛鳥の腕をガシリと掴んで、蓮が青ざめ、飛鳥は眉をひそめた。


「あれ? お前、まだ怖いのダメだったっけ?」


「ダメに決まってんだろ!? 華、お前、なんてもん見てんだよ! 今すぐ消せ!!」


「えー!! 続きが気になるんだよ!! 貞世に引きずり込まれた弟が無事に帰ってくるのか、もう死んでるのか、メチャクチャ気になるんだよ!」


「説明すんな! 眠れなくなる!!」


 ちなみに、神木兄妹弟のホラーに対する、現在の状況は次の通り。


 蓮→見るのも、聞くのも、話すのも嫌。

 全く受け付けないタイプ。


 華→怖いけど見たい。

 でも、誰か側にいてくれなきゃ嫌。

 周りを巻き込むタイプ。


 飛鳥→見るのも、聞くのも、全く平気。

 むしろ、この世で一番怖いものは

「人間」だと思ってるタイプ。



(そういえば、蓮のやつ、一人は怖いからって、いつも無理して見てたっけ?)


 すると、ふと昔のことを思い出して、飛鳥は苦笑いを浮かべた。


 幼い頃、ホラー映画やアニメの怖いシーンがあると、蓮は一切画面を見ないように、飛鳥の背に顔を埋めていた。


 無理して見なくていいよ、と伝えても、1人になるのはもっと嫌だ!と言いながら、いつも最後まで、華に付き合わされていたのだが


「蓮……後ろに」


「ぎゃぁぁぁ、やめて!! そういう冗談、本当にやめて!!」


「はぁ、まだ、克服してなかったんだ。お前男だろ? もう、高校生だろ?」


「男でも高校生でも、怖いものは怖いんだよ!」


 どこかで聞いたようなセリフいって、今度は蓮が叫ぶ。


「もーどっちでもいいから、早く来てよ!!CMおわちゃう!!」


「「無理」」


 すると、声を合わせて、拒絶の言葉を発する飛鳥と蓮に、華は、信じられないとばかりに罵倒しはじめた。


「ひどーい!! 女の子が怖がってるのに、見捨てるなんて、この薄情者~!! てか、蓮! アンタ、そのままでいいの!? ずっと避けて通るつもり!? いつか彼女ができて、お化け屋敷入りたいとかいったらどうすんのよ?!」


「入りたいなら、一人でいけというから大丈夫!!」


「なにそれ、最低」


 弟の回答に、飛鳥と華が呆れかえる。


 お化け屋敷なんて、彼女との距離を縮めるには、うってつけの場所だろうに、そんな場所に、彼女に一人で行け?


「蓮、流石にお化け屋敷はいれないのは、ちょっと情けない」


「情けない!? そんなにダメなこと!?」


「ダメに決まってるでしょ!! 想像してみなさいよ! 男子がおばけ見て泣きだしたら、百年の恋も冷めるからね!」


「泣かねーよ!! つか、そんなに重要!? お化け屋敷入れるか、入れないかって、そんなに重要!?」


『あぁぁぁぁあああ、呪ってやるぅぅ!!』


「ぎゃぁぁ、CM終わってるじゃん!? 早く消せよ!!」


 いつの間にかCMが終わっていて、主人公の青年に襲いかかる、貞世の姿が画面いっぱいに映し出される。


 蓮はそれを見て、慌ててテレビのリモコンを取ると、プチンと勢いよくテレビを消した。


(かなり重症だな)

(私より弱いなんて)


 それを見て、弟の将来を心配した兄と姉は、哀れむような視線を向ける。


「あ、いいこと思いついた!」


 すると、ぱっと顔を明るくし華が妙案を思いついた!


「ラビットランドの『お化け屋敷』がリニューアルしてるんだって! だから夏休みに三人でいって、蓮のホラー恐怖症、克服しよう!!」


「は?」


 その言葉に、蓮が低い声を発した。


 ちなみに、ラビットランドとは、桜聖市の隣、宇佐木市にある遊園地。


 マスコットキャラクターのウサギのラビリオ君を中心としたショーは、かなり見ごたえがあり、そこそこ賑わっている遊園地なのだが……


「ラビットランドか、俺はパスかな……ラビリオくんに、また追いかけられたら嫌だし」


 だが、そんななか、飛鳥はすかさずパスを出す。


 高校生の頃、双子をつれて、ラビットランドにいった際、なぜかラビリオ君に追いかけられたことを思い出したからだ。


「大丈夫だよ、飛鳥兄ぃ! あの時は変装してなかったから、目立ってたけど。髪まとめて帽子かぶって、ラビリオくんのお面しとけば、もう誰だか分からないよ! これも、蓮のためだよ!!」


「蓮のため……」


「いやいや、兄貴なに迷ってんの!? てか、なんでお化け屋敷入る前提で遊園地行かなきゃならないんだよ!!」


「だから、克服するためでしょ! ねー行こうよ、また三人で!! ゴールデンウィーク、どこにも行けなかったし!」


 その華の言葉に、飛鳥は少しだけ考えこむ。だが……


「いや……やっぱり俺はいいよ」


「えー!」


 また再び、拒否され華がつまらなそうな声を出した。


 少し前から、華は『思い出作りがしたい』などと言い出し、なにかと三人で出かけたがる。


 だが、離れ離れになるのを前提に、あえて思い出作りなんてしたくない。


 だが、その後、酷くシュンとした表情をした華をみて、飛鳥は目を細めた。


 そんなに三人で、でかけたかったのだろうか……?


「はぁ……わかったよ。じゃぁ、遊園地にはいけないけど、夏祭りには一緒にいこう」


「え?」


 あまりに悲しそうな顔にする妹の姿をみて、飛鳥が代案をだしてきた。


 すると華は、それを聞いて、ぱっと顔を明るくすると


「ホント!」


「うん。さかき神社の夏祭りなら、そんなに大規模じゃないしね。だから遊園地は、葉月ちゃんでも誘って、友達と行っておいで……」


「うん、わかった!! ありがとう、飛鳥兄ぃ」


 先程まで怖がっていたのが嘘のように、花のような笑顔を浮かべて喜ぶ、華。


 だが、それは逆に、飛鳥の胸を締め付ける。


 こうして、三人一緒にいられるのは、あと、どのくらいなのだろう。


 華は、思い出をつくりたいなんて言う。


 でも、楽しすぎる思い出は、独りになった時に、酷く心をえぐる記憶となる。


 あの時、閉じ込められていた


 幼い自分が



 そうであったように──





「よし! じゃぁ今回は、友達誘ってラビットランドにいこう~」


「っ……なんで、行く前提で話しが、進んでるんだよ!」


 飛鳥が思い耽っていると、その傍で華と蓮が話はじめた。


 飛鳥はそれを見て、苦笑する。


 もう高校生だ。遊園地にいくなら、兄妹弟でいくよりも、友達と行った方がいい。


「そうだ! 私は葉月を誘うから、蓮は榊くん誘ってよ。せっかくだし、4人でいこう! ダブルデートみたいな感じで!」


「「!?」」


 だが、次に放たれたその言葉に、飛鳥蓮は耳を疑った。


((ダ……ダブルデートって))


 いきなり飛び出したその言葉に飛鳥が眉を顰め、そして、蓮が青ざめる。


(さ、榊と……?)


 そう、蓮は友人である、榊 航太が華に片思いしているのを知っていた。


 それなのに、華は、わざわざ榊を誘って、ダブルデートをしたいなんていっていて……


(まさか……華も……?)


「ね、そうしようよ! お化け屋敷に入るなら仲のいい子の方がいいし! だから、私は葉月と入るから、


「!!?」


 蓮は、榊くんと!?


 まさかの組み合わせだった!!

 男女×2の組み合わせではなく、女×女、男×男の組み合わせだった!


「なんでそうなるんだよ!」


「ていうか、男同士で、お化け屋敷に入って何が楽しいの?」


「楽しさは求めてないよ! だって、克服するために行くんだもの! それに、怖がりの私と蓮が一緒に入っても、意味ないし。葉月と一緒に入って、蓮が万が一葉月に抱きついたら、事件じゃん! でも、榊くんなら、いくらでも抱きつけるよ。なんせ男同士だしね!」


「……………」


 あくまでも、蓮のホラー恐怖症を治すことを大前提に、メンバーを選んだらしい。


 果たしてそれは、ダブルデートといってよいのだろうかか?


「まー……榊くんなら、抱きついても笑って許してくれるんじゃない?良かったね、蓮」


「──て、抱きつくかよ!? てか、待って!! ほんとに行くの!?」


 男女4人で、遊園地にいくなんていいながら、全く色気のない華と蓮。


 そんな、二人を見て飛鳥は


(蓮華が大人になるのは、まだまだ先かなぁ……)


 と、ほっとしたのだった。



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