第162話 恋愛と電話


「あかりさんを、厄介事に巻き込みたくないんだろ? 俺なら大学で話しかけても問題ないだろうし、代わりに返していてやろうか?」


「…………」


 大学で話したくないという彼女の願いをききいれ、一切話しかけていない飛鳥。


 ならば、あかりのことは、それなりに気に入っているのだろう。それは、そう思った隆臣の良かれと思っての提案だった。


 だが……


「いや、いい……俺が、持ってく」


 飛鳥は暫く考えた後、その提案をあっさり断った。


 視線を落とし呟いた、飛鳥のその返答に、隆臣は一瞬驚いたが、その後、少しだけ口角をあげる。


「ほー」


「なに?」


「いや、これは、お前にまた彼女ができる日も、そう遠くねーのかなって?」


「は?」


 ニヤつく隆臣をみて、今度は飛鳥が驚き、意味がわからないとばかりに、隆臣を見つめる。


「え? それは……あかりとってこと?」


「ほかに、誰がいるんだよ」


「あはは、それはないよ」


 だが、さも当然とでも言うように隆臣が言った言葉に、飛鳥は、またいつものような綺麗な笑顔を浮かべて、言葉を返した。


 それも、ハッキリとした"否定"の言葉を──


「え!? ない!?」


「うん。ない、絶対!」


(言い切った!)


 ハッキリ、キッパリ『ない』と意志表示した飛鳥。それを見て、隆臣はぴくりとこめかみをひくつかせる。


 てっきり、会いに行きたいから、自分の提案を断ったのだと思ったのに!


「なんでだよ。あかりさんの何が不満なんだ? 外見か!? 中身か!?」


「え? 外見は、普通に可愛いと思うけど(ちょっと、ゆりさんに似てるし)」


「(こいつはまた、あっさりと!?)じゃぁ、性格か?」


「いや、性格は似てない。あんなに抜けてなかったし、警戒心は人一倍あった」


「いや、誰の話してんの!?」


「え? だから……てか、さっきから、なに深読みしてんの。さっき断ったのは、この前、お世話になったから、直接、お礼しに行こうと思っただけだよ」


「それだけ?」


「それだけ。まー確かにあかりって話しやすいし、一緒にいると居心地いいというか、楽なのは認めるだけど」


(居心地は、いいのか)


「でも、それはさ。


「え?」


「恋だのなんだの、あかりは、俺のことそんな目で見てないんだよね。だから、気が楽っていうか」


「…………」


 清々しいくらいキッパリといった、その言葉に、隆臣は、これまた、なんとも言えない感情を抱く。


「あくまでも、友達ってことか?」


「まー、そうだね」


「どうだか。俺は"男女の友情"は成立しないと思ってるタイプだから」


「あはは。俺もそうだよ。だから、どちらかが恋愛感情抱いた時点で、終わる関係なんじゃない?」


「…………」


 あー、そうだった!!


 こいつ、恋愛面に関しては、果てしなく終わってるんだった!!


「お前、本当そっち方面に関しては破滅的にドライだよな! 本気で誰かを好きになったことねーの!?」


「悪かったな。なろうとしたけど、無理だったんだよ」


「お前、いつまでもそれじゃ、マジで結婚できねーぞ! こじらせすぎてて、心配なんだけど!?」


「えー、なにそれ、親戚のオッサンみたーい。別に心配しなくても、俺こんな見た目してるんだから、その気になれば、結婚なんていつでもできるよ!」


「すげーな、お前!? 言ってみてーわ、そんなセリフ!」


「それに俺、元々恋愛にも結婚にも、あまり夢なんてもってないんだよね。だいたい、そんな、


「……っ」


 それは、飛鳥が時折見せる表情だった。


 思わず見惚れてしまうほどの綺麗の笑み。だが、その瞳は、ぞっとするほど冷たく、異様な迫力に満ちていた。


「ま。そういうことだから、あまり遅くなるとあかりにも悪いし、俺、そろそろ行くね?」


 その後、飛鳥は、隆臣を残し大学をあとにする。だが、隆臣は、そんなに飛鳥の後ろ姿を見つめると……


「いつ壊れるか、分からないって……っ」


 だから、本気にはならないって、それは、妥協して相手を選ぶってことなんだろうか?


 ──相手を?


「お前は、それで、いいのかよ……っ」






 ◇


 ◇


 ◇



(はぁ……今日の夕飯、なに作ろうかなー)


 その後、大学を出て、帰路についたあかりは、コツコツと靴の音を響かせながら、夕日の落ちかけた住宅街を進んでいた。


 6時半を前にし、住宅街に立ち並ぶ一軒家からは、美味しそうな香りと、子供たちがはしゃぎ回るような声が聞こえていた。


 そして、その子供たちの声に、ふとエレナのことを思い出したあかりは、瞼を重くし、悲しそうに目を伏せた。


『お姉ちゃんが、話聞いてくれるから、私頑張れるよ!』


 そう言っていた、エレナ。


 だが、あの日、公園の前を、母親に連れられ泣きながら歩いていた姿を最後に、会ってはいない。


(次のオーディションは、確か、9月の第1土曜だったはず……)


 オーディションを受けるため、エレナは忙しくなるとは言っていた。だが全く音沙汰が無いことに、あかりは不安を抱いていた。


(一言でも、返信があれば、安心出来るのに……っ)


 どうして、なんの連絡もないのだろう。



 ──トゥルルルル!


「!」


 だが、その時だった。バックの中に入れていたスマホが、突然震え始めた。


 着信と共にヴーヴーとなるバイブの感触に、あかりは、立ち止まり、その着信の相手を確認する。


「え?」


 すると、着信画面には「紺野 エレナ」と表示されていた。


 一瞬、驚いた。だが、そののち、すぐさま安心したような表情をうかべると、あかりは電話に出るなり、明るい声で話し始めた。


「エレナちゃん! 良かった、連絡ないから心配して──」


『初めまして』


「!?」


 だが、その電話口から聞こえた声は、エレナのものとは明らかに違った。


 とでも綺麗な声だった。

 澄んだ湖のような、落ち着いた声。


 だが、どこかひんやりとした、威圧的なその声は、あの日、エレナの手を引いていた


「……ミサ……さん?」


──の、声だった。





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