第161話 友達と元カノ

「神木君、バイバーイ」

「あぁ、またね」


 その頃、あかりと同じく五限目の講義を終えた飛鳥は、バックの中に入れてある、あかりの傘を確認したあと、大学のロビーをあとにした。


 七月中旬、まだ日が高いこの時期は、六時過ぎとはいえ、まだ明るかった。


 飛鳥は、あかりの家に向かうため、いつもと違う方向に歩き始める。すると、そんな飛鳥をたまたま見かけた隆臣が、背後から声をかけてきた。


「飛鳥ー」


「あれ? 隆ちゃんも五限目まで?」


「あー俺は三コマ目から受けに来た。それより、どこか行くのか?」


 他の学生達が行き交う中、隆臣は、自宅とは違う方向に向かう飛鳥をみて首を傾げる。


 五限目まで出た日は、いつもなら、寄り道せずに帰るはずなのに……


「あー、ちょっと今から、あかりのところに行ってくる」


「え? あかりさんの……今から?」


「うん」


「女の子の家に、か?」


「え? ダメ?」


「ダメっていうか、あかりさん一人暮らしなんだろ? 一人暮らしの女の子の家に、あまり夜押しかけるのはよくないんじゃ」


「大丈夫だよ。この前みたいに家に上がり込むワケじゃないし、ただ傘を返すだけだから」


「──え?」


 だが、その言葉に、隆臣は目を点にする。


「家に……上がり込んだのか?」


「…………あ」


 思わず出てしまった自分の言葉。だが、その発言に気づいて、今後は飛鳥が顔を曇らせる。


「いや、違う! 


「嘘つくなら、もっとマシな嘘つけ!」


「ホントなんだけど?!」


「しかし、いつの間に、そんな仲良くなったんだ?」


「別に仲良くはなってないよ。この前は俺が体調悪くなったから看病してくれて、その後は、普通に、お茶してゲームして帰ってきただけだから」


「(十分、仲良くなってる気がするけど?)……てか、まだ返してなかったのかよ。傘借りたの6月だろ?」


「仕方ないだろ。返そうと思って、鞄の中にずっと入れてたんだけど、アイツ、大学で俺を見かけたら、とことん逃げるんだよね? 一切話しかけるなってオーラだすんだけど、なにあれ、俺嫌われてんの?」


「それは、嫌われてるだろ?」


 あかりの大学での対応を思い出し、飛鳥は乾いた笑みを浮かべた。


 何度かすれ違ったし、目もあったのだが、どうやら、あかりは意地でも自分と大学で話す気はないらしい。


(この前は、いつでも話聞くとか言ってたくせに……っ)


 正直、先日の神対応とのギャップがありすぎて、先日のあかりは、夢だったのかとすら思えてくる。


「大体さ、俺と話したら刺されるとか、命狙われるとかって、まるで死神扱いだよ? 本当、可愛くない」


「あながち間違ってねーだろ? お前たまに変なファンが湧くじゃねーか?」


「あー、武市くんみたいな?」


「大河は変だけど、あれはだから一緒にしてやるな。ま、女の世界は色々と怖いからな。悪いこと言わないから、話しかけてやるなよ」


「分かってるよ。だから、わざわざ家まで返しにいくんだろ? それに……俺のせいで、誰かが刺されてり、傷ついたりするのは……もう、嫌だ……っ」


「……?」


 視線をおとし、悲しげに目を伏せた飛鳥。


 それはまるで、かのような言い回しで、珍しく弱々しい声で呟いた飛鳥をみて、隆臣は眉を顰めた。


(……なんだ? 元カノに刺されかけた時のことでも、思い出したのか?)


 そして、その瞬間、思い出したのは、飛鳥が刺されそうになった時のことだった。


 あれは、高一のクリスマス時期。飛鳥は、元カノに刺されそうになったことがあった。


 そして、あの時飛鳥は、ナイフを持った女の子相手に、珍しく身動き一つできなかった。


 隆臣が寸前の所で阻止したからよかったものの、飛鳥はその後も一切慌てることなく、その女の子が取り押さえられたのを見つめていたと思う。


 ただ、その視線の先に、見えていたのか?


 その子を見つめる飛鳥の目が、あまりにも冷ややかで冷たいものだったのが、やけに──印象的だった。


「なんなら、俺が返しといてやろうか?」

「え?」


 すると、突拍子もないことを言ってきた隆臣に、今度は飛鳥が目を丸くする。


「え?……返す?」


「だから、傘だよ、傘。あかりさんを厄介事に巻き込みたくないんだろ? 俺なら大学で話しかけても問題ないだろうし、代わりに返していてやろうか?」


「…………」


 

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