第13話 双子と死亡フラグ
午後6時48分──外はすっかり暗くなり、夕方からは格段に冷え込み出した。
だが、今日は夢や希望に溢れたクリスマス・イブ。
子供たちは、サンタが来るのを待ちわび、恋人たちはイルミネーションを見ながら愛を語り、そして若者たちは、クリスマスケーキを囲みパーティを楽しむ。
そう、そこには、たくさんの笑顔が溢れていた。
だが、そんな中、神木家はと言うと
「おっそーい!!」
バン!!──と、テーブルを強く叩くと、華は向いに座る蓮にむけて大きく声をあげた。
「もうすぐ7時だよ! いくらなんでも、遅すぎない!?」
「わかってるよ! だから、今こうして電話してるんだろ!」
華が不安げな声に、電話をかけていた蓮が、眉間にシワを寄せながら言葉を返した。
昼過ぎに、喫茶店に『ケーキを取りに行く』といって家から出ていった兄。
だか、その兄が、待てど暮らせど帰ってこないのだ!
「なんで、なんで帰ってこないの!? 出かけたの1時だよ! スカウトとか、ナンパにあってるとしても遅すぎるよ!? あ! そういえば私たち、朝、飛鳥兄ぃとケンカしたよね!? まさか、クリスマスにケンカなんて、ヤバいフラグ、立ってたりしないよね!?」
「フラグって、不吉なこというなよ」
「だって、お兄ちゃん、前にも帰って来なかったことあったじゃん! あの時は」
「大丈夫だって! それに、ケンカすんのは、いつものことだろ。仮に、フラグが立つとしても、"明日、結婚します"とか、"いつもは買わないプレゼントを珍しく買った"とか、そんなことでもない限り、フラグなんて立たないって!」
「今、なんと!?」
「え?」
「い……今、プレゼントがなんとかって……言ったよね?」
「言ったけど?」
「あああぁぁぁぁぁァァァ、私、おもいっきりフラグたててるぅぅぅぅ!!!?」
「マジかよ!」
「どうしよう! もしかして、これ私のせい?! アタシがプレゼントなんて買ったから!? はっ! まさか今頃、子供を助けてトラックに跳ねられちゃてるとか! 銃撃戦に巻き込まれて生死の境をさ迷ってるとか! 変態に捕まって、とんでもない目にあわされてるとかァァァァァァァァァ! ごめんなさいぃぃぃ!! アタシがあんなもの買ったばかりにぃぃぃぃ!!」
「怖ぇーよ」
なにやら、並々ならぬ懺悔の言葉を口にしながら、床に土下座し、泣きくずれる華をみて、蓮は顔をひきつらせる。
だが、改めて時刻を確認せれば、もう夜の7時。
基本的に兄は、いつも夕方までには帰ってくる。
買い物や講義で遅くなることもあるが、なんの連絡もなしに、こんな時間まで帰らないなんて、普段ならありえない。
(マジで、なにかに巻き込まれてるとかないよな?)
脳裏に、幼い日の出来事がよぎる。
もし、あの時みたいに──…
(いやいや……なに考えてんだ。兄貴だって、あの頃とは違う。しっかりしろ、俺……!)
ついつい、不吉なことばかり考えてしまうのは、やはり、あの時の事があるからか?
蓮は、フルフルと頭を振り、思考を振り払うと、目の前の状況に改めて視野を向ける。
いつものクリスマスなら、この時間には、父を含め四人で食卓を囲んでいる頃だ。
温かい料理と、華やかなケーキがあって、みんなの笑い声が聞こえる。
それが一変、今年のクリスマスはどうだ。
父もいない。兄は帰ってこない。
料理もなければ、ケーキもない。
そして自分たちは、なにも出来ず、ただ泣いてるだけ……
「華、しっかりしろよ。俺たちがいつまでもこんなんじゃ、兄貴が心配して、俺たちから離れられないだろ?」
「……っ」
なかなか泣き止まない華に、蓮が小さく言葉を放てば、華は涙目のまま顔を上げ
「俺たちも、ちゃんと大人にならなきゃ」
「ッ……わかってるよ! わかってるけど!……でも、私、まだ……っ」
──あぁ、華も同じなんだ。
涙目の華を見て、蓮は、そう思った。
置かれた環境の居心地がよいと、そこから、出るのには勇気がいる。
まだ、ここにいたいと願ってしまう。
だが、どんなに離れたくないと願っても、体は成長し、年をとり、大人へと近づいていく。
俺たちにとって兄は
亡くなった母の変わりに育ててくれた人で
忙しい父の変わりに、ずっとそばにいてくれた人で
自分の青春を全て犠牲にして
俺たちを、守ってくれた人──
だけど……ダメなんだ。
どんなに、居心地がよくても、このままで、いいわけがない。
「華……兄貴を探しに行こう」
「……え?」
震える手をぎゅっと握りしめると、蓮は華の目をみて、しっかりとそう言った。
「俺たちも、ちゃんと家族を守れるようになろう」
「っ……」
その言葉に、華は服の袖でゴシゴシと涙を拭うと
「ぅん……行く……っ」
せめて、少しでも近づこう。
ちゃんと、大切な人たちを守れるような
そんな大人に、なれるように──…
◇
◇
◇
「はい、喫茶ラムールです」
その後、店の電話がけたたましく鳴り響くと、飛鳥は、慌てて受話器をとった。
「はい、ケーキですか? 申し訳ございません。ケーキは、全て売り切れてしまいまして……はい、はい……いえ、またよろしくお願いします」
あのあと、忙しくなった店内は、一向に客足が途絶えず、気がつけば、時間はあっという間にすぎさっていた。
そして、美里から店の服を借り、黒のウェイター服に身を包んだ飛鳥は、電話をきるなり、小さくため息をつく。
そう、双子の心配を他所に、飛鳥は、あれからずっと喫茶店の手伝いをしていた。
女の子が火傷をし、病院に付き添った隆臣とは入れ替わりに、ホールに出て、ウエイターの仕事をこなしていた飛鳥。
だが、飛鳥が接客をすると、聖夜にも関わらず、なぜか、カップルが破局しそうになったため、見かねた隆臣が、飛鳥をホールからキッチンへと引っ張ってきた。
だが、キッチンの仕事は仕事で、かなり忙しく、盛りつけや皿洗いなどの仕事に追われ、ずっと、外の様子を確認できずにいた。
そして、今になって、カウンターまで出て来た飛鳥は店の外の様子を目にすることになったのだが
「げっ!」
その光景を見て、飛鳥は驚愕する。
なぜなら、外はすっかり暗くなり、道路沿いに並んだ街路樹には、イルミネーションがキラキラと輝いているのだから!
(ッやば……
時刻は、すでに、7時を10分ほど過ぎた頃だった。
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