第454話 お母さんとエレナちゃん


「ただいまー」


 神木家での作戦会議を終え、家に帰宅したエレナは、玄関を開けるなり、明るく挨拶をした。


 中で待っていたのは、エレナの母親である、紺野ミサ。


 40代とは思えない若々しい母は、ちょうどキッチンに立って、夕飯の準備をしていた。


 今日のメニューは、ハンバーグらしい。


 香ばしい匂いに誘われ、エレナがミサの横に立てば、ミサは、帰宅した娘に、優しく微笑みかける。


「お帰りなさい、エレナ。蓮君たちに迷惑はかけなかった?」


「うん! 迷惑なんてかけないよ! それにね、今日は、みんなで作戦会議をしてきたの!」


 意気揚々と、エレナが神木家での楽しかった出来事を報告する。するとミサは


「作戦会議?」


「うん! あのね、飛鳥さんと」


 だが、その瞬間、エレナはハッとする。


 飛鳥が、あかりのことを好きだという話は、母には内緒だったから!?


「あ、えっと……なんでもない……です」


 その後、バツが悪そうに、エレナは目を逸らせば、ミサは、少々不安げな顔をして


「エレナ……あなた、まさか、親に言えないようなことをしてるんじゃ」


「え!?」


 しまった!?

 なにやら、雲行きが怪しくなってきた!?


 もちろん、親に言えないようなことを計画しているわけではない!


 だが──


(どうしよう……飛鳥さんが、あかりお姉ちゃんのことを好きだってことは、お母さんには絶対いうなって、口止めされているし……やっぱりいっちゃダメだよね?)


 あかりお姉ちゃんは、ゆりさんに似ているらしい。そして、ゆりさんは、お母さんにとっては因縁の相手だ(誤解)


 だからこそ、飛鳥さんは、万が一を考えて言わずにいるのだろう。


「エレナ。作戦会議ってなんなの! 言わないなら、華さんと蓮君にも問いただすわよ!」


「え!?」


 だが、ミサは更に詰め寄ってきた。

 しかも、華さんと蓮さんに問いただす!?


 それだけは、絶対にやめてほしい!


(ど、どうしよう……っ)


 エレナは、ひたすら考える。


 このめんどくさい母親の逆鱗げきりんに触れるのは、なんとしても避けたい!


 だが、飛鳥さんとの約束を破るわけにもいかない!


 ならば、作戦会議の内容を、しかない!!


「な、夏祭りに、みんなで浴衣を着ていこうっていう作戦!」


「え?」


 すると、高らかに発したエレナの作戦に、ミサは、ホッとする。


 思ったより可愛らしい作戦じゃないか!


「まぁ、そういう作戦だったの?」


「う、うん」


 ──よかった。


 エレナは、胸をなで下ろした。


 なんとか、飛鳥さんの恋愛事情を暴露することなく、母を宥められた。だが、その後、ミサの話は続く。


「でも、エレナ、夏祭りに行くつもりなの?」


「え!?」


 そうだった!

 夏祭りに行きたいという話は、まだ母に話していなかった!


「う、うん。行ってみたい。夏祭り」


「…………」


 だが、その言葉に、ミサは黙り込む。


 夏祭りといえば、にある祭りだ。


 そして、こんなに可愛い子を、夜に、それも野蛮なやからがいるかもしれない群衆の中に投げ込むのが、どれほど恐ろしいことか!?


 しかも、浴衣を着ていくなんて……


「ダメよ。夏祭りなんて、変質者に遭遇しにいくようなものだわ」


 ピシャリと言い放つ。


 ミサとて、夏祭りに行った経験くらいある。

 侑斗と付き合ってる時だ。


 地元の小さな夏祭りに二人で行ったが、彼氏連れだというのに、何人にナンパされただろう。


 まぁ、それだけの美貌を持って生まれてきたからこそだが、その自分の血を色濃く受け継いでいるエレナ。


ならば、小学生でも、ナンパされないとは限らない!


「っ……ダメなの?」


「!」


 だが、そう言い放った瞬間、エレナが涙目になった。


 酷くガッカリした様子で、愛らしいその瞳から、じわりと涙が浮かぶ。


 そして、その顔を見て、ミサはひどく狼狽うろたえた。


(エ、エレナ? うそ、泣きそうだわ。でも、私は、エレナのために──)


 いや、何を考えてるのだろう。

 これでは、あの頃と同じだ。


 守りたいが故に、閉じ込めていた──あの頃と同じ。


(ダメよ、一方的に押し付けちゃ。ちゃんとエレナの話を聞かなきゃ。それに、信じて送り出し、経験させることも、親としては大事なことよ!)


 そう、必死に自分に言い聞かせたミサは、守りたい娘を、送り出そうと覚悟をする!


 なにより、経験は大事だ。


 これから、成長すれば、いつか私や飛鳥みたいに、四六時中、ナンパされるような美女になるだろう。


 なら、ナンパや変質者くらい、目で殺すくらいの殺気を身につけさせてやらなければ!


「ご、ごめんね、エレナ。少し言いすぎたわ。夏祭りには、誰と行くの? 同伴者次第では、考えないこともないわ」


「ホント……!」


 瞬間、涙目のエレナの顔が、パッと華やいだ。


(あぁ、もう! うちの子、やっぱり可愛すぎるわ!!)


 そして、可愛いらしい笑顔に、ミサの意思は、また崩れそうになる。


 だが、落ち着け!

 まずは、同伴者だ!


 誰が、エレナを連れて行くのかで、話は変わってくる!


「えーとね、一緒に行くのは」


 すると、エレナは、つらつらと同伴者を並べ始めた。


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