第455話 正解ときっかけ


 すると、エレナは、つらつらと同伴者を並べ始める。


「華さんに、蓮さんに、あとは、飛鳥さんとあかりお姉ちゃん! それと、侑斗さんも行くかもって!」


「え、侑斗も?」


 そのメンバーを聞いて、ミサは、じっと考え込む。


 確かに、侑斗と飛鳥がいるなら、エレナを預ける相手としては申し分ない。


 だって、20歳以上の男が、二人もついてるのだから──


「というか、お母さんは、一緒に行けないの?」


「え?」


 瞬間、エレナが伺うような瞳で、ミサを見つめた。


 その表情は、期待と不安が入り混じるような、そんな、複雑な色をしていて


「エレナ……」


「あのね。私、できるなら、お母さんと一緒に夏祭りに行きたい」


「……っ」


 そして、その言葉を聞いて、ミサの胸は締め付けられる。


 確かに、これまで母娘で、夏祭りになど行ったことはなかった。


 夏祭りどころか、海も遊園地も、行ったことがない。


 家から連れ出すのが、怖かったのだ。


 万が一、怪我でもしたら、モデルの仕事にも差し支える。


 だから、怖い思いをしないように、怪我をさせないように、家に閉じ込めていた。


 でも、エレナにとって、それは、あまりにも窮屈で、苦痛にすら感じることで……


(そうよね……普通は、家族で夏祭りに行ったりするのよね?)


 ミサだって、幼い頃は、両親と夏祭りに行っていた。


 楽しかった。

 夜に出かけるのは、なんだか特別で。


 だけど、そんな楽しい経験をしておきながら、エレナには与えなかった。


 臆病な自分は、ただ自分のためだけに、子供たちを閉じ込めていた。


 でも、それは間違いだった。


 閉じ込めて、危険を排除すればいいわけじゃない。

 

 子供を守るということは、そんなに単純なものじゃない。


 溺れるのが怖いからと言って、プールにも海にも連れて行かない。そんなのは、ただ親が楽をしたいだけだ。


 本当は、溺れないように、泳ぎ方を教えてあげなきゃいけない。


 一緒に、海や夏祭りにいって、この子が自分から、危険を回避できるように──


「そうね。確かに、一緒に夏祭りにいったことはなかったものね」


「うん。華さんが、花火も上がるって言ってたよ!」


「そうなの? じゃぁ、私も行こうかしら?  あ、でも、私が一緒にいったら、飛鳥が嫌がるんじゃ……っ」


 だが、ふと気になったのは、もう一人の我が子のことだった。


 前に会社まで、お弁当を届けにきてくれた。


 とても、嬉しかったし、飛鳥と話ができて、ほっとした。


 でも、飛鳥にとって、自分は凄く酷い親で……


(楽しい夏祭りに、私が一緒にいたら、きっと、嫌がるわ)


 息子への接し方に迷っていた。

 どれが正解か、未だにわからない。


 でも……


「大丈夫だよ!」


「え?」


 その瞬間、エレナが叫ぶ。


「飛鳥さんは、そんなこと思うような人じゃないよ! 確かに、昔は色々あったけど、今のお母さんは、昔のお母さんと違うし。だから、飛鳥さんも、きっとお母さんが頑張ってるのは、わかってくれてるよ。だから、絶対大丈夫だと思う!」


「……っ」


 そういったエレナに、ミサは、じわりと涙をうかべた。


 正解なんて、わからない。


 それでも、エレナが、こうして笑っているすがたをみると、少しはマシな大人になれたのかもしれないと思う。


 大人だって、完璧じゃない。

 子供から、学ぶこともいっぱいある。


 我が子の成長を通して、気づかされることもいっぱいある。


 それに、嫌われるのが怖いからと、逃げてばかりいたら、何も変わらない。


 花見の時も、私は逃げた。

 飛鳥の反応が、怖かったから。


 でも、その後に飛鳥は、きっかけを与えてくれた。

 歩み寄るきっかけを。


 なら、それを無駄にしちゃいけない。


「そうね。私も行くわ。夏祭りに」


「ホント! やったー! じゃぁ私、あかりお姉ちゃんにも電話してくる!」


「え、あかりさんに? 今から?」


「うん! お姉ちゃんは、まだ誘ってないの。だから、これから」


「………」


 だが、その言葉に、ミサは、ふと思い出した。


「夏祭りって、確か月末だったわよね?」


「うん、8月の最後の土曜日」


「そう……じゃぁ、あかりさん、来れないかもしれないわ。月末に、ご家族が遊びに来るって言ったから」


「え?」


 瞬間、エレナは目を見開く。


「家族?」


「えぇ、この前、スーパーで、たまたま会った時に『夏休みは、実家に帰省したりしないの?』って聞いたら『今年は、母と弟が、こっちに泊まりに来るってる』って。ちょうど、夏祭りの日だったわ」


「えぇ!!?」


 夏祭りの日に、家族が泊まりに来る!?

 ということは──


(あかりお姉ちゃん、誘っても、来てくれないかもしれないってこと!?)

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