第505話 心配と視線

「エレナ」

「……っ」


 飛鳥の声に、エレナは、表情をこわばらせた。

 

 さすがに、怒られると思った。


 なにより、こういう時の飛鳥は、ミサが怒った時の雰囲気と、とてもよく似ているから──…


「あ、あの、ごめんなさッ」


「ごめんね」


「え?」

 

 だが、そんなエレナの言葉に、飛鳥の声が重なった。エレナは、大きく目を見開くと


「なんで、飛鳥さんが謝るの?」


「だってエレナは、、あえて迷子になったんだろ?」


「……!」


 それは、あの迷子作戦のことを言っているのか。

 どうやら、何もかもお見通しのようで、エレナは、こくっと頷いた。


「うん。私が迷子になれば、飛鳥さんとあかりお姉ちゃんが、一緒に探しに来てくれると思って」

 

「そうだろうと思った。誘拐されたにしては、不自然だったし」


「ごめんなさい。怒ってる?」


「うんん、怒ってない。でも、ひとつだけ約束して」


「約束?」


「うん。例え、どんな理由があったとしても、女の子一人だけで、人けのない場所に行っちゃいけない」


「………」


「ここは、エレナにとっては、慣れ親しんだ小学校で、気の緩みもあったのかもしれないけど……例え、よく知ってる場所だったとしても、昼と夜じゃ全く違うんだよ。だから、夜に出かける時は、絶対に保護者の元を離れちゃいけない。なにより、俺のためにここまでしてくれたのは嬉しいけど、それで、エレナに、もしものことがあったら、俺もあかりも悲しむよ?」


「……っ」


 その言葉に、エレナは深く考える。

 

 これは、大好きな人達のためにやったこと。


 だけど、自分の行き過ぎた行動は、その大好きな人たちを、悲しませる可能性があったのだということ。

 

「うん、そうだよね。私も、こんなに大ごとになるなんて思ってなかった……ごめんね。みんな、心配したよね?」


「うん、凄く心配した。ミサさんなんて泣いてたし」


「え!? うそっ!」


「ホント。それで、泣いてるミサさんに、男がいっぱい群がってた」


「えぇ!?」


 群がってた!?

 そレには、さすがのエレナも驚いた。

 

 確かに母は、美人だ。

 しかも、街を歩けば、誰もが振り返るほどの絶世の美女!

 

 だが──


「ちょっと待って! まだ、いなくなって30分くらいしか経ってないよ!?」


「そうだね。でも、例え30分でも、我が子がいなくなったら、親はこの世の終わりかってくらい不安になるし、泣きたくもなるよ。それで、泣いてる女の人がいたら、男は手を差し伸べたくなるものだから、こうなるのは必然」


「えぇ!?」


 ほんの少し離れただけで、かなりの大惨事を招いていた!


 そしてそれには、深く反省したのか


「そうなんだ……ごめんなさい。もう勝手にいなくなったりしない」


「うん、そうして。じゃぁ、早くミサさんの所に戻ろうか?」


「飛鳥!」


「あ、隆ちゃん」


 すると、今度は隆臣がやってきた。

 どうやら、神社から走ってきたのか、浴衣姿の隆臣は、みんなの元に駆け寄るなり

 

「大丈夫か!?」


「うん、大丈夫だよ。心配して来てくれたの?」


「あぁ。あかりさんから、華たちが危ないって聞いて」


「そっか、ありがとう。もう大丈夫だよ。それより、あかりは? まだ、神社?」


「いや、今は侑斗さんたちと一緒にいる。ミサさんを介抱してるぞ」


「そうなんだ。じゃぁ、あとは狭山さんに連絡すれば、みんな、こっちに揃うね」


 すると飛鳥は、まだエレナを探しているだろう狭山に電話をかけ、飛鳥たちは、その後、ミサたちの元に向かった。


 

 

 ***


 

「エレナ!!」


 そして、ミサの元に戻れば、心配してパニックになっていたミサは、エレナを見るなり、血相を変えて抱きついてきた。


「エレナぁぁ、よかったぁ……ッ」

 

「お母さん…っ」


 あまりの取り乱しように、エレナはひどく戸惑ったが、その姿を見れば、尋常じゃなく心配をかけてしまったのだと気づいて、エレナは、キュッと母に抱きつくと「ごめんなさい」と小さく謝った。


 そして、その母娘の姿は、まさしく感動の再会!

 

 行方不明になっていた娘が無事に帰還し、麗しの母子が、涙ながらに抱き合ってる姿を見れば、周囲からは、自然と拍手が巻き起こった。


「よかったですね! 娘さん、無事で!」


「はい。皆さん、ありがとうございました」


 そして、目尻に溜まった涙を拭い、ミサが女神のような笑顔をギャラリーに向ければ、その美しすぎる表情に、誰もが頬を緩める。


 そして、一段落ついたらしい。

 その光景を見て、あかりは、ほっとしていた。

 

(よかった……エレナちゃんも華ちゃんも、無事で)


 飛鳥に連絡したあと、あかりは、すぐに隆臣の元に戻り、華とエレナが、体育館裏にいることを伝えた。


 その後は、理久を連れて三人で小学校へ移動し、あかりは、泣いているミサに寄り添った。


 不安に押しつぶされそうなミサは、まるで、手折られた花のように頼りなく、それでも飛鳥の言葉を信じたあかりは『大丈夫』と、必死にミサに語りかけた。


 そして、飛鳥は、言葉の通り、すぐに駆けつけてくれたのだろう。

 

 華とエレナは、普段と変わらない様子で戻ってきて、それに、どれだけ安堵の息を漏らしたことか。

 

(本当に、良かった……っ)


 胸の前に手を置き、あかりは、深く感謝をする。


 電話に出てくれたこと。

 そして、いち早く駆けつけてくれたこと。


(本当に、ありがとう。神木さん……っ)


 飛鳥を見つめながら、心の中で、何度と感謝を呟く。


 すると、その瞬間、ふいに飛鳥と目が合った。


「……ッ」


 まるで、心を覗かれたのかと思うくらい絶妙なタイミングで目が合って、あかりは、とっさに視線を逸らした。


 だが、逸らされたのには気づいたはずなのに、飛鳥は、その後、まっすぐ、あかりの方へと向かってきた。

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