第506話 母と仕事
いつになく視線が熱かった。
いや、視線が熱いのも、優しいのも、神様の前で、再会したあの瞬間から変わらない。
だが、それは、嫌われたという確信を、あっさり覆すような視線で、あかりは困惑する。
それに、飛鳥は飛鳥で、伝えたいことが、たくさんあった。
だからこそ、目が合った瞬間、避けられたのに気づきつつも、飛鳥は、まっすぐあかりの元へ向かった。
祭りの会場には、たくさんの人が訪れていた。
小学校という広さのせいか、こちらの会場は、神社にいた時よりも、人で溢れているかもしれない。
併設された舞台上では、歌手がしっとりとしたバラードを唄い上げていて、嫋やかな音色に、会場の音が、少しだけ穏やかになる。
だが、それでも、この雑踏の中だ。
いつ知り合いにあってもおかしくなかった。
まさに、賑やかな祭りの夜。
だからこそ、あかりは話しかけて欲しくはないかもしれない。
それでも、これだけは、絶対に伝えたいと思った。
「あか──」
「「エレナちゃん!!」」
だが、そんな飛鳥の声を遮り、子供たちの声が響いた。
飛鳥の声をかき消し、やってきたのは、5、6人の子供たち。
そして、その子供たちは、さっき飛鳥が話かけた、エレナの同級生たちだった。
「エレナちゃん、見つかったんだね!」
「良かった~! どこにいたの!?」
「体育館の方だよ」
子供たちの問いかけに、飛鳥が答える。
すると、その中の女の子が
「そうなんだ。エレナちゃん、大丈夫だった? お兄さんから、いなくなったって聞いて、みんなして探してたんだよ!」
「え!? そうなの? ごめんね、みんな。ありがとう!」
どうやら、子供たちも親や先生と一緒に、あちこち探してくれたらしい。
エレナが申し訳なさそうに謝れば、飛鳥もまた、子供たちに向かって、お礼を言う。
だが、そうこうするうちに会話が弾み、飛鳥は、あかりの元にいけなくなってしまった。
そして、すっかり足止めを食らってしまった飛鳥をみて、あかりは、内心ほっとしていた。
(よかった……っ)
今は、上手く話せる気がしなかった。
そしてそれは、きっと、確信が崩れてしまったから。
もう、嫌われたと思っていた。
3ヶ月も既読無視をつづけ、彼からのLIMEもこなくなった。
だからこそ、嫌われたと確信していたのに、久しぶりに会った彼は、いつもと変わらず優しかった。
言動は、まるで喜んでるみたいに軽やかで
仕草は、求めてるように繊細で
それでいて、視線は、いつになく熱かった。
思いが伝わってくるような、優しくて瞳と甘やかな声。
だからか、さっき電話に出てくれた時は、その声のあまりの優しさに、泣いてしまいそうだった。
そして、その一連の行動や言動から、まだ、嫌われていないのだとわかった。
なにより、彼も気付いているのだろう。
私が、まだ、あなたを好だということに──…っ
(これじゃ、何も変わってない……っ)
そして、前と状況が全く変わらないことに、あかりは、ひどく頭を抱えた。
嫌われなきゃいけないのに、自分たちは、まだ『両想い』のままだった。
それに、あの態度は、確実に、こちらの気持ちを確信してる。
そして、両想いだと確信した後の飛鳥の行動を、あかりは再び思い出していた。
大学では壁ドンされて、お好み焼きを食べる時には、あっさり手まで握られ、大野さんの前では、キスまでされそうになった。
もちろん、あれは、大野さんを追い払うためのフェイクだったが、この人は、あの手この手を使って、人の恋心を揺さぶってくる!
しかも、あれは、まだ人が少ない場所だったから良かったが、ここは、夏祭りの会場!
いつ知り合いに会うか分からない、こんな場所で、あんなことをされたら――
(ムリ、私の方が持たない……っ)
この状態では、次に何をしかけてくるか、わかったもんじゃなかった。
だからこそ、これ以上、一緒にいてはいけないと、何かが警鐘を鳴らす。
(……というか、お母さん、大丈夫かな?)
すると、ふと母のことが気になって、あかりは、スマホを手にとった。
《お仕事、終わりそう?》
そんなかんじで、簡単なLIMEを母に送信する。
すると、それからすぐに、母から返信が来た。
《ごめーん。まだかかりそう》
《何時くらいにこれる?》
《多分、20時すぎ》
(20時!?)
そして、そんなやりとりをして、あかりは戦慄した。
仕事のトラブルは、簡単には解決しなかったらしい。しかも、今のスマホの時刻を見れば、19時8分。
ということは、あと一時間はかかるということ!
(い、一時間も、神木さんと一緒なの?)
目が合いそうになっただけで、逃げ出したくなるのに、これ以上、一緒にいて大丈夫なのか?
さすがに、祭りの会場で、壁ドンや手を繋いだりはしてこないとおもうが、どんな手を使ってくるかわからない以上、落ち着いてはいられなかった。
だが、母が来るまでと言った手前、来てないのに、サヨナラはできない。
というか、させてくれる気がしない!!
(どうしよう……というか…なんで、嫌われてないの? 普通、3ヶ月も無視されたら、嫌いになるよね? 100年の恋だったとしても、冷めるはずだよね!?)
「あかりさん!!」
「ひっ!」
だが、その瞬間、また別の声に声をかけられ、あかりは飛び上がった。恐る恐る目を向ければ、そこにいたのは華だった。
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