第234話 お礼とお詫び


 次の日──大学の授業が終わると、飛鳥は外のベンチに腰掛け、隆臣と待ち合わせをしていた。


「飛鳥ー」

「……!」


 学生達が行きかう中、飛鳥を見つけた隆臣が小走りで駆け寄ってくると、飛鳥はいつも通りにこやかに返事を返す。


「隆ちゃん、ごめんね。昨日は、いきなりLIMEして」


「いや。それよりコレ、頼まれてたやつ」


 そう言って隆臣はリュックの中から、ラッピングされたお菓子を取り出すと、飛鳥はそれを受け取り、代わりに代金を差し出した。


 昨日、華にいきなり、あかりとのことを問いただされ、軽く修羅場った飛鳥。


 あのあと、華も反省したらしく、お互いに謝り事なきを得たのだが、なんでも華は、昨日あかりに助けられたそうで、飛鳥はこのあと、華が借りたショッピングバッグを返すべく、あかりの家に向かうことになっていた。


「それ、どうするんだ? 誰かへのプレゼントか?」


「え? いや……あかりにね。お礼と言うか、お詫びというか」


(……お詫び?)


 その言葉に、隆臣は首を傾げる。


 昨晩、いきなり『プレゼントになりそうなお菓子を、なにか見繕って持ってきて』とLIMEがはいり、隆臣はバイト上がり、喫茶店のお菓子をいくつか詰め合わせて持ってきたのだが……


「お前、あかりさんに、何かしたのか?」


「……っ」


 前に、飛鳥があかりと(一方的に)喧嘩していた時のことを思い出して、隆臣がそう問えば、飛鳥は途端に言葉を詰まらせた。


 何もしてない──といいたいところだが、今回は確実にやらかした。


 だが『無理やり、抱きしめました!』なんて、この警察官の息子に暴露できるはずもなく……


「いや、別に……じゃぁ、俺、急ぐから、もう行くね!」


 飛鳥はバツが悪そうに視線を落とすと『お菓子ありがとう』と再度お礼を言ったあと、足早に立ち去っていった。


 だが、その珍しく挙動不審な飛鳥を見て、隆臣は


「あれ、確実に、なにかやらかしてるだろ……」


 ──と、確信したとか。





 ◇


 ◇


 ◇




「はぁ……」


 その後、飛鳥は、あかりのアパートに向かいながら深くため息をついていた。


 昨日、華に『イケメンなら何しても許されるとか思ってるの!?』などと問いただされ、かなり胸にグサリときた。


 確かに、自分の外見がいいのは認めるが、だからと言って、何をしてもいいなんてことはなく。ただ、あの時はなぜか、勝手に身体が動いてしまった。


(でも、まさか、蓮華に見られてたなんて……)


 あの恥ずかしい現場を見られていたのかと思うと、恥ずかしさでいっぱいになる。


 大体、女の子とのイザコザなんて面倒なだけだし、基本的に飛鳥は『理性的な人間』なので、一時の感情に任せて、抱きしめたりなんて、本来なら絶対にしない。


 それなのに……


「なんで抱きしめたりしたの……か」


 華に問われた言葉を思い出し、飛鳥は再度ため息をつく。


 昨日は動揺して、まともに返すことすらできなかったが、もしあの時、つい抱きしめたことに"理由"があるとするなら、それは、きっと『感情的』になってしまったから──


 あの日、エレナとあかりに『あの人の息子だ』と打ち明けた。


 そして、自分が『人を刺した女の息子』だと聞いて、どう思ったのか、あかりに率直に問いかけた。


 軽蔑するだろうか?

 怖がるだろうか?

 幻滅するだろうか?

 離れていってしまうだろうか?


 色んな不安が渦巻く中、それでも、あかりは臆することなく


『私は、好きですよ。神木さんのこと──』


 そう言って、今までどおり友人として、受け入れてくれた。


 思わず感情的になってしまったことに、もし、理由をつけるなら


 それは、きっと『嬉しかった』から──…



「……やっぱり、嫌だったかな」


 あの日、自分の腕の中で困惑しているあかりの姿を思い出して、飛鳥は申し訳なさそうに眉をひそめた。


 相手は、自分よりも非力な女の子。


 例えどんな理由があっても、抱きしめていいはずがない。


 だからこそ飛鳥は、今とてつもなく反省していた。


(お菓子ひとつじゃ、詫びにもならないだろうけど……)


 何もないよりはマシか──と、3度目のため息をつくと、その先に、あかりのアパートが見えてきた。


 公園を通り過ぎ、階段をのぼり、アパートの2階につくと、一番奥の部屋の前に立ち、インターフォンを鳴らした。


 だが、それからしばらく待っても、あかりが出てくる気配はなく。


「留守か……」


 アポなしで来ているのだ。

 留守であっても、不思議はなかった。


(アイツ……今日何時に、帰ってくるんだろ)


 大学は6限目まででると、そこそこ遅くなる。


 夕方5時を過ぎ、だいぶ薄暗くなってきたからか、飛鳥は少し心配になるが『留守なら仕方ないか……』と、その後カバンから手帳とペンを取り出すと、飛鳥は簡単な手紙を書いて、華が借りたショッピングバッグとお菓子を、玄関ドアに備え付けられたポストの中に入れ込んだ。


 無機質なポストがガタンと、虚しい音を立てる。


 すると……


『あかりさんのこと、好きなんじゃないの?』


 その瞬間、また華の言葉がよぎって、飛鳥は目を細めた。


 あかりに触れたのは、初めてじゃない。


 本屋で再会した時、その帰り道で自転車から守ろうと抱き寄せたこともあったし、あの人に遭遇して倒れた時にも、あかりが俺の体を支えて、家まで運んでくれた。


 だけど、なぜか、あの時抱きしめた感触だけは、未だずっと、忘れられないまま残っていた。


 肌の温かさも

 髪から舞う甘い香りも

 困ったように頬を赤らめた表情ですら


 だけど──


「そんな、わけない……」


 そっと目を閉じると、そう自分に言い聞かせた。


 そんなわけない。

 もう、とっくの昔に実感した。


 自分は、だって──


 家族に依存する自分を変えようと、誰かを好きになろうとした時期もあった。


 だけど、無理だった。


 これ以上、大切な人なんて増やしたくない。

 また、取りこぼしたら、どうする?


 何かを守るために、また別の何かを失うくらいなら、もうこれ以上、大切な人なんていらない。


 それに───


「……どうせ、好きになったところで」



 人の『愛』なんて









 簡単に壊れてしまうのに──





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