お兄ちゃんと修学旅行 ③


「そんなところで、なにしてんの?」


 ジッと立ち止まったまま動かない隆臣を見つめ、飛鳥が疑問の言葉を投げかけた。


 そして、そんな飛鳥を見て、隆臣はじわりと汗をかく。


「あ、飛鳥……っ」


「あ、もしかして、また覗き見? お前、警察官の息子のくせに、よくやるね~」


 そう言って、なにも知らず、にこやかに笑う飛鳥。そして、そんないつもと変わらない飛鳥の姿に、隆臣は酷く複雑な心境を抱いた。


 きっと飛鳥は、たった今まであんな会話がなされていたなんて、夢にも思っていないだろう。


 昔から美人で、よく変態に狙われてはいたが、まさか、この見た目がここまで弊害を呼ぶとは!?


 それに……


「お前……どこ行くんだ?」


「え? どこって、お風呂だけど?」


 だよな!?

 髪下してるから、そんな気はしてた!!


 てか、なんで、このタイミングで、その姿で出てくるんだ!?


 こういう時こそ、いつものカンの良さ発揮しろよ!?


 心の中で悪態をつきながら、隆臣は、風呂に入る準備をすませてきた、飛鳥をみて、このままいかせて良いものか?と考える。


(ど……そうすればいいんだ、これ)


「隆ちゃん?」


 すると、再び黙り込み、微動だにしない隆臣をみて、飛鳥が、その顔を覗き込んできた。


 不意に顔が近づいたことで、さっきよりも近い距離で、その顔を凝視する。


 改めて見れば、髪を下ろした飛鳥は、思っていた以上に女の子だった。


 綺麗な髪に、長いまつ毛に、きめ細かい肌。


 はっきり言って、男だと分かっていても見惚れてしまうくらい、女として全く違和感がない。


 更に、こんな見た目をしたやつが、今から男湯に行って服を脱ぎ出すわけだ。


 これなら、さっきの男子達が「ヤバい」と言っていたのも頷ける。


「隆ちゃんも、お風呂に入りに行くんじゃないの? 急がないと、入りそびれるよ?」


 すると飛鳥は、ぽんと隆臣の肩を叩き「お先にー」と明るい声を発すると、そのまま大浴場の方へと歩き出す。


 だが、何も知らない無邪気な笑顔、それはまるで、天使のようで──


「あー!!! 待て、飛鳥!! ストップ!?」

「うわっ!?」


 咄嗟に首根っこを掴むと、隆臣は大浴場へ向かう飛鳥を強引に引き止めた。


「ちょっと、何!? 痛いんだけど?!」


「お、俺、忘れ物した!! 一緒にこい!」


「え?」


 その言葉に、飛鳥はキョトンと目を丸くする。


「は? そんなの一人でとって来いよ」


 いや。ごもっとも!


 なぜ、忘れ物を、男に二人仲良しこよしで、取りに行かねばならないのか!?


(でも、今は行かせるのは、色々とまずい……!)


 だが、ここは何とか引き止めなくてはと、隆臣は頭を悩ませる。


 あんな苦情がくるくらいだ。


 飛鳥が男子生徒すら惑わす存在だということに変わりはない。


 ならば、極力ほかの生徒と一緒に入るのは避けさせるべきだ!


 とくに、さっきの3人が入っている間は!!


「と、とにかく、一緒に来い!! あと、お前その姿で絶対一人になるなよ! いいな!」


「え? なんで?」


 結局、その後飛鳥は渋々隆臣に付き添って、忘れてもいない忘れ物を取りにいったとか?



 ***



 そして、次の日──


「神木、橘、ガムいるー」


 帰りの新幹線の中。星野は、自分の座席からひょっこりと顔を出すと、後ろの席に座る飛鳥と隆臣に声をかけた。


「あー、ありがとう」

「あれ?」


 すると、小声で返事を返した飛鳥の奥隣。そこには、座席シートにもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てている隆臣の姿があって、星野は目を丸くする。


「橘、寝ちゃったの?」


「うん。なんか、夕べあまり眠れなかったんだって」


「………」


 飛鳥の横でうたた寝をする隆臣の体には、紺色のコートが毛布代わりにかけてあった。


 眠ってしまった友人が風邪をひかないように、飛鳥が自分のコートをかけたのだろう。


 星野は、それを見て、申し訳なさで一杯になる。


 結局、星野は昨夜、隆臣と寝る場所を変わって貰った。


 なんだかんだいいながら「飛鳥が心配だから」と、渋々変わってくれた隆臣は、先生が見回りに来たあと、わざわざ部屋まできてくれたのだが…


(すまん。橘……俺のせいで)


 おかげで、星野はぐっくり眠れたが、どうやら隆臣は、その犠牲となってしまったようだった。


「神木、よかったな。修学旅行、無事に終わって」


「ん? あーそうだね。楽しかったね!修学旅行」


 星野が意味深な台詞を吐くも、飛鳥はそれに気づくことなく、満足そうに微笑む。


(こうして話してると、普通に男なのに……っ)


 星野は一日目の夜のことを思い出すと、一時でも、クラスメイトの男相手に邪な感情を抱いてしまったことを、深く後悔する。


 髪が長いからか、布団にうずくまり、小さく寝息をたててる飛鳥の姿は、無防備な女の子にしか見えなかった。


 だが、きっと今、こうして笑っていられるのも、この修学旅行で事件が起きなかったのも、全て、隆臣が陰ながら飛鳥を守ってくれたおかげなのだろう。


「神木と橘って、小学校からの付き合いなんだよな?」


「そうだよ。小五の時、隆ちゃんが転校してきたんだよ」


「お前、いい友達もったな! 橘、大事にしろよ! こんな良い奴、なかなかいないからな!」


「え?」


 そう言うと、星野は飛鳥に隆臣と二人分のガムとチョコをいくつか手渡すと、また自分の席に戻っていった。


 飛鳥は、そんな星野の言葉を聞いて、横で眠る隆臣に再び視線を向けると、誰にも聞こえないような、小さな小さな声でボソリと呟く。


「言われなくても、大事にしてるよ……」


 俺にとって

 こんなに心を許せる「心友」は


 後にも先にも


 きっと、隆ちゃんだけだから──



(でも……なんで隆ちゃん、昨日俺の隣で寝てたんだろ?)


 飛鳥は、眠る隆臣を見つめながら、今朝、何故か隆臣が隣に寝ていたことをおもいだして首を傾げた。


(風呂入るときも、様子おかしかったし)


 いつもと違う隆臣の奇妙な行動や言動。


 だが、まさか男たちの魔の手から、自分を守るために、隆臣が陰ながら奮闘していただなんて──


 飛鳥は、全く考えもしないのであった。


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