過去編

第33話 転校生と黄昏時の悪魔① ~転校~


「母さん! なんで転校しなきゃならないんだよ!」


 それは、今から遡ること、10年前──


 俺がもうすぐ、小学5年生になろうという春のことだった。


 寒い冬が終わりを告げ、春休みを間近に控えた暖かい3月上旬。


 そんな頃に、突如ふりかかった『最悪の事態』に、俺はひどく項垂れたのを、今でも覚えている。


「ごめんね、隆臣。お父さん、このまま警視庁で働くことになりそうなの。いつまでも単身赴任って訳にもいかないし、中学に上がる前に転校するなら、今のタイミングが一番いいかとおもって……だから申し訳ないけど、春からは、あっちの小学校に通ってくれないかな?」


 酷く怒った顔をする俺を見つめ、母が申し訳なさそうに眉を下げた。


 別に、親の事情がわからないわけではなかった。


 だけど、この頃の俺はまだ子供で、そんな親の事情を簡単に納得できるはずもなく……


「今まで通り、単身赴任でいいじゃん! 親父なんて、いてもいないようなもんだし!」


「ちょっと、隆臣!」


 怒り任せに父の暴言を吐くと、俺はフンと母から顔を背けた。


 俺の父は、警視庁に勤める刑事だった。


 父は俺が小学3年の時、警視庁への移動が決まり、それから2年間単身赴任を続けていた。


 はたからから見たら、立派な父なのかもしれない。


 だけど、俺の知る父は、休みの日でも事件とあれば現場に赴き、家族のことはほったらかしにする。


 そんな、薄情な父でしかなく


 俺は、そんな父を、どうにも好きになれずにいた。


「最悪だ。今さら転校なんて……!」


「大丈夫よ。隆臣なら、あっちの小学校でも、ちゃんとお友達作れるわ。でも、お友達を作りたいなら、そんな顔してちゃダメよ」


「じゃぁ、どんな顔しろって言うんだよ」


「そうねぇ、やっばり、お友達を作りたいなら笑顔かな? 笑顔で話しかけたら、きっとみんな隆臣のこと好きになってくれるわ!」


「……」


 母の、その場しのぎのような言葉が、俺を更にいらだたせた。


 母は、わかっていない。


 新しい学校で、また一から人間関係を築いていかなくてはならない。


 その『不安』と底しれない『重圧』に──



「俺……笑顔とか、苦手なんだけど……っ」


 母に聞こえないように小さく呟くと、俺は自分の行く末を酷く案じた。


 目の前に現れた 「転校」という大きな試練。


 だけど、この転校をきっかけに


 俺は、アイツ───




「神木 飛鳥」と出会うことになる。









 第33話 転校生と黄昏時の悪魔 ① ~転校~











✤✤✤


「はい。今日からみんなと一緒に勉強をすることになりました! 橘 隆臣くんです!」


 4月──


 俺は、その日。

 まさに試練の時を迎えていた。


 教壇に立つのは、担任である女の先生。


 20代後半の明るく活発そうなその先生は、元気な声を発しながら、黒板にスラスラとチョークを走らせていた。


「転校生だー」

「どこから来たのかな~」


 黒板に書かれた俺の名前を見て、クラスの生徒がヒソヒソと話をする。


 その刺さるようなクラスメイトの視線を感じながら、俺は、いち早く席につきたいと思考を巡らせていた。


「そうだ! せっかくだから、橘くんも何か一言!」


 だけど、そんな俺の思いとは裏腹に担任の先生は、あまりにも理不尽な提案をしてきた。


(ひ、ひとこと!?)


 ニコニコとこちらを見下ろす先生を見上げ、俺はじわりと汗をかく。

 

 めちゃくちゃ気を抜いていた。名前を紹介されたあとは、もう席につくだけだと思っていた!


(ひ、一言って何を言えばいいんだ!?  好きな物とか?趣味とか? や、やべー、何も思いつかねーっ)


 もはや、パニックだった。

 一応、自己紹介の言葉を考えてきたはずなのに、急に話を振られたもんだから、見事に吹っ飛んだ。


 だが、これを拒否すると、クラスメイトからの心象が悪くなる。俺は、そう思うと……


「た、橘です。よ、宜しく……っ」


 ギュッとランドセルを握りしめ、一言。

  うん、マジで一言。


 だが、そのなんの捻りのない自己紹介を聞いて、教室内は当然のごとく静まり返る。


 空気が重い。

 視線が痛い。


 そして、明らかに、みんな続きの言葉をまっていた。だが、悪いが、この先の言葉などあるはずもなく、俺はダラダラと汗をかきながら、その沈黙が過ぎ去るのを待った。


 たが、それでも、あまりに沈黙が続くものだから、俺は母が言っていた「笑顔で」という言葉を思い出すと、クラスメイトにむけて、にへッと、不器用な笑顔を向けた。


「…………」


 そして、その瞬間、クラスメイトが凍りつく。


「ね、ねぇ……なんか怖くない?」

「不良……とかじゃないよね?」

「ダメだよ、聞こえちゃう…」


 何やら、俺の笑顔を見たあと、生徒たちがヒソヒソと話しを始めた。


(あれ? なんかおかしい!?)


「あー、ちょっと緊張してたのかな~」


 すると、俺の横にいた担任が再び明るい声を上げて


「みんな~、橘君はとってもいい子だからね。ちゃんと仲良くしてねー!」


(ちゃんと!?)


 予期せぬ忠告され、俺は絶句する。


(嘘だろ!? もしかして、怖いやつだと思われた!? 何が友達つくるなら笑顔だよ!? 母さんのアドバイス、全然ダメじゃん!!)


 どうやら、あの天然の母親の言うことを真面目に実行したばかりに、とんでもないことになってしまったらしく、俺の脳裏には、転校早々にボッチ確定ではないかと、そんな不安が過ぎる。


「あ、橘くんは、二列目の一番後ろの席ね。あと教科書届くまでは、隣の席の子に見せてもらって」


「…………」


 だが、そんな俺の不安には目もくれず、横にたつ担任は、これまた笑顔で座る席を指定してきた。


(……最悪だ)


 もはや、気持ちはブルー通り越して、ダークだった。


 まさか、こんな"怖い奴認定"された状態で、隣の席の奴から、教科書を見せてもらえだなんて


「───え?」


 だけど、言われれまま、教室の後方に視線を移した瞬間、は一瞬にして、俺の目を釘付けにした。


 縦一列に並んだ、一番後ろの窓際の席。


 黒や茶色の髪の色に紛れて、突如、目に飛び込んできた、それは


 一際目立つ────“金色"の髪だった。

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