第32話 笑顔と事件


「昔は、飛鳥と仲悪かったしな」


 瞬間、隆臣から飛び出した意外な言葉に、大河が目を見開き、飛鳥と隆臣を交互に見渡した。


 二人は、小学生の頃からの付き合いだと聞いていた。


 それに、こうして話している姿は、憎まれ口を叩きながらも、とても仲良く見えた。


 だが、まさかそんな二人が、昔は仲が悪かったなんて───


「あー……そう言えば、そうだったね」


 すると、その言葉に飛鳥が同意するように答えた。


「隆ちゃん、あの頃は超目付き悪くて、狂犬みたいだったもんね?」


「うるせーな。お前に、分かるか? 小5で転校せにゃなきゃならなかった俺の精神的苦痛が」


「なに、苦痛感じてたの? あれで?」


「お前だって目つき悪かったろーが!笑顔なんて皆無だったろーが!」


「えぇ!? なにそれ、聞きたい!! 二人の子供時代ってどんなだったの!? あぁ、きっと神木くんのことだから、子供の頃も光輝いていたんだろうな~~」


「君はさ、その思考、もうちょっとなんとかならないの?」


 目を輝かせ、まるで餌を待つ子犬のように昔話を要求し始めた大河をみて、飛鳥は呆れ果てる。


 だが、華にお昼には帰るといった手前、いつまでも付き合ってはいられないと、その後、席を立った飛鳥は


「まぁ、俺たちの子供の頃の話なんて、ろくな話じゃないよ。それじゃぁ、俺そろそろ帰るから」


 そう言って、そそくさて席を離れ、会計をすませると、二人に手をふり、喫茶店をでていった。


 そして、そんな飛鳥を見つめて、大河が不安げに呟く。


「……大丈夫かな。俺、嫌らわれてないかな?」


「大丈夫だろ。『嫌い』じゃなくて『苦手』って言ってたし。それに飛鳥は、嫌いな奴には基本、笑顔なんて見せねーよ。もうすぐ昼だし、帰ってメシでも作るんだろ?」


「え!? 神木くん料理もできるの!? うわぁぁぁエプロン姿見たーい!!」


「はぁ……」


 何を妄想してるのか、今度は、飛鳥に料理までせびりそうな大河を見て、隆臣は深々とため息をつく。


 できるなら、に、時間を戻したい。


「でも、信じらんないなー……橘と神木くんが、昔は仲悪かったなんて」


「…………」


 だが、その後、何気なしに呟いた大河の言葉に、隆臣は表情を曇らせた。


「……そうだな」


 今、思い返せば、飛鳥との出会いは、あまりよいものではなかった。


 だが、それが今は、こうして顔を付き合わせている。


 きっかけは──何か?


 そう問われたら、今でも思い出すのは




 小五の秋の




 あの『事件』のことだけだった。




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