第34話 転校生と黄昏時の悪魔② ~隣の席~

 

 一瞬、天使でも見えたのかと思った。


 だけど、よくみれば、それは紛れもなく人間で、その珍しい髪色の持ち主は、こちらには全く興味ないとでも言うように、窓際のその席から、ずっと外を眺めていた。


(マジかよ……あいつ髪、金色だ)


 担任に急かされるまま、指定された席につく。すると、隣の席に座る"その人物"を見て、俺は思わず息を飲んだ。


 外から差し込む、陽の光のせいだろう。


 まるで、後光にも見えるその光は、色素の薄い金色の髪に反射してキラキラと淡い輝きを放っていて、髪の隙間から僅かに覗くその瞳は、宝石みたいに、青く透き通る色をしていた。

 

 そして、華奢な輪郭と、長いまつ毛と、雪のように白い肌。


 そのあまりに綺麗な姿は、触れると消えてしまう幻のような、そんな儚さすら感じさせて……


 この世には、"こんなにも綺麗な人間がいるのか"と、子供ながらに、ただただ驚いた。


「神木くん。橘くんに、教科書みせてあげてねー」


 すると、ただ呆然と立ち尽くしている俺の耳に、また担任の声が響いた。


 「カミキ」と呼ばれたその人物は、一旦前にいる担任に視線を移すと、その後ゆっくりと、その青い瞳を俺の方に向けてきた。


「……っ」


 見つめられた瞬間、頬が赤くなる。


 横顔も綺麗だったけど、正面から見たら、これまた寸分の狂いもなく正対称な整った顔をしていて、思いのほか目が離せなくなった。


(ス、スッゲー綺麗……女? いや、でも"君"てことは、男だよな?)


 あまりに綺麗すぎて、その性別すら判別できなかった。


 肩口にかからないくらいのショートヘア。体つきも華奢で、自分より背が低いその姿は、一見、女の子と見違えるほどだった。


 だけど、深緑色のパーカーと黒のショートパンツ。服装は男の子らしく、担任が「君」付けしていたことから、目の前の人物が、自分と同じ”男子生徒”なのだと悟る。


(……カ、カミキ君か。これから隣同士になるんだし、なにか声かけたほうがいいよな。あ、でも……もしかして、この子、なのか?)


 ──金髪で、目が青い。


 たった、それだけの情報で、"外国人"だと決めつけてしまった俺は、そのカミキ君に向けて


「ハ……ハロー?」


「…………」


 などと、バカな挨拶をしていた。


 すると、そのカミキ君は、その後、数秒間、俺を見つめたあと



「ッ────!!?」


 瞬間、あまりにも無表情に、そして、あまりにも平然と、そう言い放ったカミキ君の言葉に、俺の顔は赤くなった!!


(こいつ、日本語しゃべれるんじゃねーか!? てか、いま明らかにバカにされた! ハローって言ってんだから、せめてそこは『こんにちは』だろ!? なに、朝なのに?みたいな顔してんだ! てか、もっと愛想よく出来ねーのかよ、コイツ!?)


 正直、日本の小学校にいて、日本語使えないとかおかしすぎるし、あまりにも理不尽な反応だとは思う。


 だが、転校初日で余裕のなかった俺にとって、この小バカにするような飛鳥の態度が、あまりにも屈辱的で……


(くそっ……なんでこんな……っ)


 踏んだり蹴ったりの現状に、俺はランドセルを握りしめたまま、グッと唇を噛みしめた。


 自己紹介も失敗。笑顔も失敗。その上、隣の生徒とはこんな状態。これはもう確実に全てが悪い方向に向かっている。


「……教科書、見ないの?」


「!」


 すると、突っ立ったまま動かない俺を見て、今度は、"カミキ君"の方から声をかけてきた。


 一限目の授業は国語なのか、その教科書には「神木 飛鳥」と整った字で名前が書かれていた。


(神木……あすか? 名前、めちゃくちゃ日本人じゃん。てか俺、こいつから教科書見せて貰わなきゃならないのかよ)


 正直、あまり気は進まなった。


 だが、どうしたって"コイツ"から、教科書を借りなくてはならない以上、俺は圧倒的『敗者』なわけで……


(……いやいや、これから隣同士なるんだし、仲良くしとかないと)


「あのさ、俺が嫌なら、ほかの人に頼んでもいいよ。まぁ、君目付き悪すぎるし、どのみち嫌がられると思うけど」


「…………」


 だが、打ち解けようとする俺とは対象に、どう考えても好意的とは程遠い言葉が聞こえてきて、俺は確信する。


(コイツ、俺と仲良くなる気ねーだろ……!)


 そう理解した俺は、少し乱暴にランドセルとおろし席につくと、ノートと筆箱をとりだして、机の上に叩きつけた。


 すると、それをみた神木も、ふたつ並んだ机の中央に教科書を広げたあと、授業の準備を始めだした。


(……こいつ、黙ってれば、めちゃくちゃ綺麗なのに)


 それからは、授業が始まるまで、その整った横顔をじっと見てめていた。


 見た目は綺麗だけど、性格はいいとは言えない。口は悪いし、愛想もないし、笑顔なんて、全くの皆無。


(なんていうか……俺、コイツかも)


 それは、正直な感想だった。

 するとそこに


「ねぇ……君、金髪見たことないの?」


「は?」


「物珍しいのはわかるんだけどさ、あまりジロジロみないでくれる。気が散る」


「っ……」


 正直、今でも飛鳥のこの態度は、どうかと思う。


 だけど、さすがの俺も、その言われっぱなしの現状には、カチンときたものだから──


「そんな、"女みたいな顔"してる、お前がいけねーんじゃねーの?」


 って、言ったら


「……あんた、サイテーだね」


 滅茶苦茶、にらまれた!




 そう──10年前、春の木漏れ日が射し込む教室で、俺が転校初日に初めて話した相手、それが「飛鳥」だった。


 今となっては笑い話だけど、俺と飛鳥の出会いは、ある意味「最悪」と言っていいほど、お互いに全くよい印象を抱かぬまま


 小学五年のクラスメイトとして──



(訂正、やっぱり俺──こいつのことだ!!)




 酷く、苦々しいスタートを切ったのだった。

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