第35話 転校生と黄昏時の悪魔③ ~嫌がらせ~


 「神木 飛鳥」という人間は、今でこそ、よく笑っているが


 当時は常に無表情で、あまり人と話すことのない人間だった。


 友人を作ることもなく、休み時間には、いつも決まって一人で本を読んでいるような


 ──そんな、大人しい奴。


 だけど、その孤立する姿さえも、どこか納得してしまうほど”浮世離れした存在感”を放っていて


 周囲からは明らかに一線を画す存在でもあった。


 でも、だからと言って、いじめの対象になることはなかった。


 だけど、それも今思えば、それなりに上手く立ち回っていたからなのかもしれない。


「おい神木、お前スカート穿いてみろよ!」


 時折、その容姿のせいで、嫌がらせをされているのを、何度か見かけたことがあった。










  第35話 転校生と黄昏時の悪魔 ③ ~嫌がらせ~








 ◇◇◇



 それは俺が、教室に戻ってきたタイミングだった。教室の入口にたった俺の耳に飛び込んできたのは、相手をなじるような不愉快な言葉。


(なにやってんだ、アレ……)


 声のした方を見れば、窓際の自分の席で本を読んでいる神木に、どこから持ち出したのか、スカートを持って、命令する男子たちの姿があった。


「なぁ、お前マジで女みたいだしさ~、絶対コレ似合うって!」


「そうそう! これ穿いたら、今度からお前のこと"飛鳥ちゃん"って呼んやるからさー」


(……うわ、何やってんだあれ。タチ悪ぃ。やめさせた方がいいよな……あ、でも俺、転校してきたばっかだし、あまり目立つのも)


 目撃する人間は何人もいた。

 むしろ、クラス中の注目を集めるくらいに。


 だけど、みんなして口を噤むので、きっと今嫌がらせをしている奴らは、どちらかと言えば厄介な奴らなのだろう。


 今止めてしまうと、その対象が、次は自分になるかもしれない。


 心配そうに神木を見つめる、そのクラスメイトたちの視線が、物言わずとも、それを俺に教えてくれた気がした。


「つーか、本当は女だったりしてー」


「ありえる! それより田中、お前スカートとか、どっからもってきたんだよ」


「妹の借りてきた。ミニだぜ、ミニ!」


「お前バカだな~」


(本当バカだろ、あいつら!? わざわざ妹のスカート持ってくるとか、どんだけ手の込んだ嫌がらせしてんだよ!!)


 正直、見ていてイライラした。確かに見た目は女の子みたいだけど、神木はれっきとした男……だと思う。


 だが、心の中で悪態づいても、なかなか言葉には出せなかった。


 漫画なら、ここできっと救世主が現れるのかもしれないが、現実はそんなに甘くない。


 すると、教室内がシンと静まり返る中、神木はゆっくりと視線をあげた。


「……いいよ」


「!!?」


 瞬間、教室内が一気にどよめく。


 そこには、まさに"弱肉強食"といってもいいくらいの世界広がっていて


その"弱い対象"が、見事に"強者"に強いたげられた姿に、胸の奥がズキリと鳴った。


「じゃぁ、見たいヤツ、千円ね?」

 

 だが、次に聞こえた言葉に、俺は耳を疑った。


 え?千円……て!

 アイツ、今なんて言った!?


「はぁ? 金とるとかありえねーし!」


「なんで? 俺だけリスク負うとか割に合わないじゃん」


 さっきまでの「弱肉強食の世界」はどこへいったのか?


 全く、怯むことなく相手を見据えた神木が、どこか呆れたような声を発した。


 すると、その男子は……


「千円は高けーよ!」


 いや、高い高くないの、話じゃないだろ!?

 てか、出すのかよ!?


「つーかさ、スカート穿いて金とるとか恥ずかしくねーの!」


 そうだよ! プライドとかないの!


「じゃ、逆に聞くけど……」


 すると神木は、いっそう冷ややかな視線をむけると


「男にスカート穿かせて"楽しむ"とか、お前らこそ、恥ずかしくないの?」


 言った。

 言われた。


 まるで「変わった趣味してるね」とでも言わんばかりに、迷惑そうな視線を向ける神木に、教室の空気が一気にひっくり返る。


(あれ? 神木アイツ、見かけによらず……)


 ──強くね?


 線が細く華奢なため、触れたら折れてしまいそうな儚さや脆さを垣間見せているにも関わらず、どうやら、その中身は、一切儚くも脆くもなかった!


 あれは、ライオンを前にした小動物では、まずない!


 明らかに、ライオンと同等、もしくはそれよりも知性の高い猛獣の──何か。


「ッ──誰が楽しむか!?」


 すると、今度は顔を真っ赤にした男子が、子犬のようにキャンキャンと吠え始めた。


「あのな、いくらお前が可愛いからって、男にスカート穿かせて楽しむわけねーだろ!! 嫌がらせに決まってんだろ! 嫌がらせに!」


「そう。なら、俺もその嫌がらせに答える一切気はないから、あっち行って。すっごい迷惑」


「はぁ!? お前、状況わかってんの!?」


 いや、本当に、これどういう状況なんだろう。


 全く怯まないどころか、そのまま読書を再開しようとすらしている神木。


 そして、そんな神木に、男子はわなわなと身を震わせると、少し意地になりはじめているのだろう。


「そうか、分かったよ! じゃぁ、払えばいいんだな!」


「!?」


 勢いよく本を奪い取ると、まるで焚き付けるようにそう言った。


 だが、さすがにそれは神木にとっても、予想外の言葉だったらしい。


「え? なに?」


「だから、千円払えば、穿くんだろ!!」


 そう言うと、男子は再び神木の眼前に、スカートを差し出してきた!

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