第532話 心配と美術室
「どうしよう! ちょっと心配だよね?」
兄が、呼び出されていたことを思い出し、華が心配の声を上げる。
『舞台の側にきて』と言っていたし、きっとイベントの中で、告白されるのかもしれない。
そして、もし、そうなのであれば、兄は"公開告白"を受けることになる!
なら、射的やヨーヨーもやりたいが、そっちの方も、めちゃくちゃ気になってくる!!
「やっぱり、あのイベントだよね? さっき掲示板でみた『桜聖市の中心で愛を叫ぼう!』とかいうやつ」
「多分、そうだろな」
「みんなの前で、告白されちゃうなんて、飛鳥兄ぃ、ちゃんと断れるかな?」
「まぁ、断るだろ。飛鳥には、今、好きな人がいるわけだし」
華の言葉に、隆臣が答える。
あの飛鳥が、好きな人がいながら、別の女の子と付き合うなんてありえない。
だが、今、お化け屋敷の中は、どうなっているのか?
そして飛鳥は、あかりさんの心を、少し開くことができたのだろうか?
今の状況が、全く分からないからこそ、隆臣は眉を顰めた。
(上手くいけばいいが……完全にフラれて出てくる可能性もあるよな?)
飛鳥は、あかりさんの本音を聞きだすと言っていたが、あかりさんは、飛鳥に嫌われてようとしている。
だから、先の展開が全く読めず、待ってる隆臣もドキドキの状況だった。
上手くいけば、盛大に祝福してやれるが、もし、うまくいかなかったら、この前、居酒屋で飲み明かした以上に、慰めてやらなくてなならない。
しかも、問題は、それだけではなかった。
みんなの前で告白をされるということは、あかりさんの前で、他の女子に告白されるということ──
そして、ここにいるのは、その好きな人だけでなく、親や妹弟までいる。
身内や知り合いに見れながら告白をされるなんて、もはや公開処刑と言っても過言ではない。
(気の毒すぎる……っ)
好きな人だけじゃなく、親や妹弟まで!?
自分なら、絶対に嫌だ。
身内に、告白されるところを見られるなんて──
なら、飛鳥だけ告白現場に送り出し、他のメンバーは、自分が、射的かヨーヨーに引っ張っていった方がいいかもしれない。
「なぁ、華。飛鳥のことは」
「ねぇ、飛鳥さんが呼び出されてるなら、その後で、射的をしにいけばいいんじゃない?」
だが、その瞬間、隆臣の言葉をさえぎり、エレナの声が響く。
エレナは、不安げな顔をしながら
「飛鳥さんのことが心配だし、ちゃんと断れるか見守りたい」
「そうだよね。やっぱり心配だよねー! それに、射的は逃げないけど、そのイベントは、その時だけだし」
「うん。それに、私、さっき射的やってきたけど、まだ景品たくさんあったよ!」
「ホント! じゃぁ、あとからでも大丈夫そうだね!」
「うん! ねぇ、理久くんは、射的好き?」
「え?」
すると、今度は、エレナが理久に声をかけた。
エレナはエレナで、元気のない理久を気にかけていたのかもしれない。
にっこり笑ってフレンドリーに話かければ、同い年だけあり、理久も話しやすいらしい。
素直な返事が返ってきた。
「……うん、好きだけど」
「ほんと、よかったー。じゃぁ、あとで一緒にやろう。私も、もう一回やってみたいし!」
エレナが、可愛らしく提案すれば、理久の表情も、少しだけ和らく。
飛鳥ほどではないが、エレナはエレナで、そこそこの人たらしに成長しそうな気がした。
そして、こうなってしまっては、隆臣には、どうにもできなかった。
(……すまん、飛鳥)
なんだかんだ、飛鳥が告白をされる光景を、全員で眺めることになってしまった。
だが、みんな心配なのだろう。
そして、それは、隆臣だって同じだった。
(断りづらいよな? こんなに大勢の人がいる前では……)
飛鳥は、優しいやつだから、小松田さんに恥をかかせることを、気に病んでしまうかもしれない。
いや、むしろ、そんな飛鳥だからこそ、このイベントを告白場所に選んだのかもしれない。
飛鳥に断らせないために──…
(優しい性格が、裏目に出てたな…)
告白は、数えきれないくらいされてきた飛鳥だが、さすがに、この状況は初めてだろう。
だからこそ、華たちが、心配する気持ちも、よくわかった。
優しいお兄ちゃんは、ちゃんと断れるだろうか──と。
(飛鳥、頑張れよ……!)
お化け屋敷の外から、隆臣は、飛鳥の恋を強く応援しま。
断りにくい告白を、無難に回避できるとしたら、方法は、ただ一つしかなかった。
飛鳥があかりさんと、完全な恋人になって出てくること。
そうすれば『彼女がいる』といって、当たり障りなく断ることができるのだから──…
*
*
*
「これで、最後だね」
美術室の中、飛鳥は、最後のスタンプを見つけ出した。
そして、最後にやってきた美術室の仕掛けは、山のように襲い掛かるゾンビの群れだった。
美術室とゾンビの関連は意味不明が、不気味なゾンビが溢れる美術室の中は、音楽室の時ちがって殺伐としていた。
中身が人だと分かっていても、ただのゾンビコスだとしても、不気味なことに変わりはない。
そんなわけで、飛鳥は、あかりを入り口に待たせ、一人で、ゾンビの群れに立ち向かった。
群がるゾンビたちを交わし、教卓の上にあったスタンプまでたどり着く。
するとその瞬間、ゾンビたちは、さっと退け、美術準備室の中に戻っていった。
ちなみに、お化け役であるゾンビたちは、必死に二人を怖がらせようとしていたが、今回も、飛鳥とあかりは、余裕綽々といったところだった。
「ありがとうございました。大丈夫ですか?」
「うん、浴衣だと、ちょっと動きづらかったけど、特に問題はなく」
無事にスタンプをゲットし、ゾンビたちがはけた後、あかりの元に戻ってきた飛鳥が、にっこり笑いかけた。
そして、カードにスタンプをポンと押しつけると、これで全てのスタンプが集まった。
「全部、そろったね」
「そうですね」
これで、お菓子もゲットできるだろう。
だが、最後のスタンプが集まったことで、もう終わってしまうのかと、少々、名残惜しく感じた。
二人きりの時間が終わってしまう。
それは、どこか、もったいなくて、無性に寂しくもあって……
だが、この時間のおかげで、これっきりにならずにすんだ。
あかりは、誕生日の約束を承諾してくれた。
今日ここで、終わりにするのではなく、未来があることを約束してくれた。
だから、この時間が終わっても、これからも続いていくのだと思った。
あかりとの優しい時間が──…
「怖くなかった?」
スタンプをとりに行く間、一人で待たせていたため、あかりを心配し、飛鳥が声をかけた。
すると、あかりは、穏やかに笑って
「はい、大丈夫です」
「ホントに平気なんだな。今回のゾンビ、けっこう不気味だったのに」
「確かに、不気味でしたど……それよりは、衣装の方が気になって」
「衣装?」
「はい。昔、お化け役をやったことがるので、衣装作るの大変だったんじゃないかなって」
「あはは。まさかの身内目線?」
「はい。裏方をやったことがあると、どうにも」
「まぁ、確かに、そうなるか。しかし、脅かしがいのないやつだね」
「そんなこといったら、神木さんだって、同じじゃないですか」
「仕方ないだろ。俺、お化けとか全く怖くないし。むしろ、生きてる人間の方が、ずっと怖い」
美人すぎるが故に、生きた人間から、様々な被害を与えられてきた飛鳥。
からこそ、見えない幽霊なんかよりも、すっと人間の方が怖い。
だが、その飛鳥の言葉に、あかりは、キョトンと首をかしげながら
「ゾンビの中にいるの"生きた人間"ですよ? 怖くないんですか?」
「お前、それ言う?」
あかりから、鋭い突っ込みが飛んできて、飛鳥は、笑いながら答えた。
確かに生きた人間なので、いささか矛盾した発言だったかもしれない。
だが、こんなくだらない話ですら、あかりとなら楽しく感じてしまうのは、恋をしているからなのか?
「確かに、矛盾してるね。でも、そう考えたら、俺たち、客としては最悪かもね。蓮や華が相手なら、脅かす方も、大分満足しそうだけど」
「そうですね。確かに私たちは、脅かしがいがあるとは……フリでも、怖がったほうがいいんでしょうか?」
「うーん。でも、もう最後のスタンプ集めちゃったし、お化けでてこないと思うよ?」
「あ、そうですね」
確かに、教室は、全て制覇してしまった。
あとは、出口に向かって進むだけ。
つまり、今、気づいてても、もう遅いのである。
「申し訳ないことをしてしまいました」
「そうだね。でも、怖がってるフリをするのも、失礼な話だし、それにコレ、子供向けみたいだから、怖がらない人だっているよ」
「そうですね。でも、すごく面白いお化け屋敷でした! 楽しんでほしいって気持ちが、たくさん伝わってきて」
「うん、そうだね。俺も楽しかったよ」
あかりが笑えば、飛鳥も自然と表情をほころばせた。
やっぱり、あかりは笑ってる姿が、一番可愛い。
ほっこりと、花が咲くような優しい笑顔。そして、その顔を見るたびに、飛鳥は癒された。
(あれから、嘘はついてない気がするし、少しは受け入れてくれたのかな?)
ずっと、好きという言葉は、言わせてもらえなかった。
でも、今、正式に告白をすれば、あかりは受けてくれるかもしれない。
そんな期待を寄せてしまうのは、20歳の誕生日に、"傍に居ていい"と言ってくれたから──
「あ、神木さん。髪の毛、少し乱れてますよ」
「え?」
だが、その瞬間、あかりが気づいた。
髪を結っていたリボンが緩んだのか、飛鳥の長い髪が、とことどころほつれていた。
きっと、スタンプを守るゾンビと対峙した時に乱れたのだろう。
「あ……ほんとだ」
そして、それに気づいた飛鳥は、長い髪を束ねていたリボンを、シュルッとほどいた。
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