第533話 金髪と触れ合い


 リボンをほどくと、飛鳥の長い髪がさらりと流れた。


 まるで高級な糸のような金色の髪は、薄暗い美術室の中でも光を失なわず、常に美しいままだった。


 そして、その姿をみて、あかりが小さく呟く。

 

「相変わらず、綺麗な髪ですね」


 細くて艶やかな金色の髪。

 それは、全く無駄のない美しさだった。


 それに、今日は、浴衣を着ているからかもしれない。


 和服姿で、髪を下ろした飛鳥の姿は、まるで神様か天女かと言いたくなるくらい厳かで、神々しいくらいの雰囲気をまとっていた。


(……本当に、私でいいのかな?)

 

 だが、その姿を直視し、あかりの中には、また不安が渦巻く。


 こんなにも桁外れた魅力を持つ人から愛される存在が、本当に自分でいいのだろうか?

 

 だって、どうみても釣り合わない。

 

 きっと、世間は納得しない。

 

 私が、あなたの隣にいることを──



「そうだ。あかりは、長いのと短いの、どっちが好き?」


「え?」


 不意に、飛鳥が思い出したようにそう言って、あかりは、キョトンと首を傾げる。


「どっち?」


「俺の髪。長いのと短いの、どっちが好き?」


 そして、その言葉に、あかりは真剣に悩む。


 きっと、短いのも似合うと思った。


 でも『どちらが好き?』か言われたら、が好きかもしれない。


 だって、すごく似合っているから──


「そうですね、個人的には長い方が好きかもしれません。でも、なんで、そんなことを聞くんですか?」


「うーん。最近、ちょっと悩んでるんだよね。切るか、切らないか?」


「え?」


「俺さ、中学の頃から髪を伸ばしてるんだけど、伸ばしてた理由が、ミサさんを克服するためで……でも、もう伸ばす必要はないのかなって」


 成長するにつれて、母親に似ていくのが嫌だった。


 あんな人と瓜二つの容姿を見る度に、吐きそうになって、鏡すら見れなくなった時もあった。


 だけど、そんな自分が情けなくて、このままではダメだと思った。


 あえて、あの人に似せることで、克服できないだろうかと、髪を伸ばした。


 怖くない。大丈夫。

 俺は、あの人とは違う。


 無理やりにでも鏡を見て、自分の顔に、反面教師のように言い聞かせた。


 俺は、あの人みたいにはならない──と。


 そんな意地と強がりで、伸ばし続けてきた髪。


 だけど、もう、克服するという目的は、はたしたのかもしれない。


 あんなに怖かったはずなのに、もう昔のように怯えることはなくなった。

 

 ずっと怖くて、二度と会いたくなかったミサさんと、今はこうして、一緒に夏祭りに来れるくらいになった。


 だから、きっと、もう伸ばす必要はない。


「克服したのかは分からないけど、鏡だって見れるようになったし、もう怯えることもない。だから、切ればいいのかもしれないけど、ずっと長かったから、この髪に妙な愛着もあって、迷ってたんだ。でも、あかりが、長いのが好きなら、このままでもいいかもね」


「え?」


 その一連の話を聞いて、あかりは目を見開き、同時に困惑する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! そんな重大そうな決断を、私の一言できめないでください!」


「別にいいだろ。決めたのは俺なんだし。それにあかりは、俺の髪をいじるのが好きだろ」


「え?」


「前に、あかりの家で女装した時も、楽しそうにしてたし」


「そ、それは……っ」

 

 確かに、楽しかった。


 神木さんの長い髪は、とても触り心地がよくて、触れるだけでも幸せだった。


「また、触ってみる?」


「……ッ」


 すると、更に距離が近づき、花のような香りが鼻腔をかすめた。


 気づけば、髪を下ろした飛鳥の顔が、目の前にあって──


「あかりなら、いいよ。好きに触って」


「……っ」


 そして、その誘うような甘い言葉に、あかりの心臓は、ドクンと波打つ。


 まるで、特別だよとでも言われているようで、あかりは翻弄されてばかりだ。


 なにより、好きだと気づかれてからは、すべての言葉が甘すぎて、身が持たない!


「な、なんであなたは、そういう恥ずかしいことを平気で言うんですか!?」


「恥ずかしい?」


「恥ずかしいです。髪に触っていいよだなんて」


「うーん? でも、誰も見てないし」


「み、見てないけど、聞いてるかもしれないじゃないですか! さっきのゾンビ役の人たち、準備室に入っていきましたし、中で聞いてるかも!」


「あー、確かに、聞いてないとは限らないね。じゃぁ、誰もいないところにいこうか」


「……っ」


 瞬間、きゅっと手を握られ、あかりは美術室から連れ出された。


 そして、外に出れば、出口へと続く長い廊下は、とても静かで、飛鳥の言うとおり、人がいる気配はなかった。


 そして、誰もいないのを確認し、再び二人きりになった瞬間、飛鳥が立ち止まる。


「どうする?」


「ど、どうするって……っ」


 髪に触るか、触らないか?

 再び、それを問われた。


 飛鳥の青い瞳が、愛おしそうに見つめてくる。そして瞬間、あかりは、動揺と同時に真っ赤になった。


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神木さんちのお兄ちゃん! 雪桜 @yukizakuraxxx

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