第43話 転校生と黄昏時の悪魔⑪ ~美しい子~

「なぁ、お前……もしかして、こんなこと、あるのか?」


「……え?」


 ふと、気になって隆臣は問いかけた。すると飛鳥は、それから暫く言葉をつぐんだあと──


「そりゃ……俺、してるから、よくいろんな奴に、声はかけられるよ」


「…………」


 いろんな奴──その言葉の中には、きっと、善悪問わず色々な人々が含まれているのだろう。


 一瞬で、目を奪われてしまうような、あまりにも綺麗な容姿。


 髪の毛先から爪先まで、まるで人の"理想"を全て詰め込んだかのような、寸分の狂いもなく──"美しい"クラスメイト。


 だけど、その整った横顔を見つめながら、隆臣は思う。


 この"浮世離れした姿"は、時にとてつもない弊害を生み、"普通に生きること"を、ここまで阻むのかと──


『あっちの道、行けば?』


 するとその瞬間、飛鳥が自分に回り道を進めてきたことを隆臣は思い出した。


 自分たちは、あまり仲が良くない。


 むしろ、第一印象が最悪すぎて、あれからほとんど話をしてこなかった。


 それなのに、そんな仲の悪いクラスメイトの身を案じて、神木は、わざわざ回り道まで進めてきた。


(もしかして、神木が友達作らないのって……)


 いつも、一人で登下校していた。


 学校で誰かに「一緒に帰ろう」と誘われても、それをいつも断って。


 初めは、口が悪いし、無愛想だし『友達できないんだな』って思ってた。


 でも──違った。


 別に嫌われてるわけじゃないし、むしろ、仲良くなりたがってる奴はたくさんいた。


 それでも、神木はいつも"一人"だった。


(だから、笑わないのか……?)


 いつも無愛想で、いつも素っ気なくて、人の輪に、まったく入ろうとはしなかった。


 だけど、そうすることで、あえて他人を寄せつけないようにしていたのだろうか?


 友達やクラスメイトを、、巻き込まないために───


たちばな?」

「え? あ、なに?」


 すると、気難しい顔をして、ずっと黙り込んでいる隆臣を心配してか、飛鳥がひょこっと、その顔を覗き込んできた。


「大丈夫? 顔色悪いけど」

「っ……」


 近い距離で目が合って、不覚にも頬が赤らむ。


 もともと綺麗な顔をしていたが、近くで見ると、その綺麗さが更に際立って見えた。


 糸のように細くて綺麗な髪に、長いまつ毛。肌荒れとか一切ない上に、なんかいい匂いもする。


(あれ……こいつホントに人間か?)


 なんか、もう"天使"とかそんな類の"未知の生き物"なんじゃないか?


 しかも、いつもは辛辣な言葉しかかけてこないくせに、いきなり「大丈夫?」だなんて、優しい言葉──…


「だーーーうるせー!! 大丈夫に決まってんだろ! 馬鹿にすんなよ!?」


「誰も、バカにはしてないだろ!」


 一瞬、我を忘れかけて、慌てて虚勢を張った。


 なんだこれ。メチャクチャ調子狂う!

 心臓の音がうるさいし、顔も熱い!


 ちょっと距離が近づいただけで、こんなにドキドキするなんて、顔が綺麗すぎるって──もはや凶器だ!


「そう言えば、こんな時間に、どこ行く気だったの?」


「……え?」


 すると、今度は飛鳥から問いかけてきて、隆臣は、今になってやっと、母の喫茶店に行くはずだったのを思いだした。


「あぁ!!? ヤッベェ!? 俺、喫茶店行くんだった!? しかもランドセル放置したままじゃねーか!?」


 咄嗟のことに放り投げてきてしまったランドセル。今頃、どうなってしまっただろうか。


 しかも、もう時刻は六時過ぎ、喫茶店に着くであろう予定時刻をはるかにオーバーしていた。


(どうしよう……母さん、心配してるよな)


「……ゴメンね、俺のせいで」


 すると真横から、また、らしくない声が聞こえてきて


(ウソだろ……あの神木が謝ってる)


 普段なら、ありえない光景に軽く狼狽る。


 しかも、申し訳なさそうに揺れるその青い瞳が、なんだかとても綺麗で、儚げで……


「お前、そので謝るな……!」


「え? 顔? なんか、変な顔してた?」


 すると、意味がわからないとばかりに小首を傾げた飛鳥の仕草や表情が、これまた超絶可愛いものだから──


「あーー! お前その見た目、何とかなんねーのかよ!? 心も身体も男なんだろ!? なら、もっと男らしくしろ、男らしく!! てか、別にお前のせいじゃねーから、謝るな!! 神木は被害者だろ!」


「っ……そうだけど。でも、むしろヤバイのは、お前の方かもしれないし」


「は?」


 だが、その後バツが悪そうに視線を下げた飛鳥を見て、今度は隆臣は首を傾げる。


「え? なんで、俺?」


「だって、お前、アイツの顔見ただろ? 俺がされるなら、誘拐されたあとだろうけど……橘は、顔見ちゃってるし、もしかしたら、口封じに殺されるんじゃ……っ」


「…………」


 あまりに物騒すぎる話に、隆臣は口をあんぐり開けたまま硬直する。


 確かに見た。

 思いっきり見た。

 人相書けって言われたら、多分書ける。


 うん、そうだよな。

 目撃者がいたら、普通始末するよな?


 撲殺するとか、絞殺するとか、生き埋めにするとか、サスペンスドラマでよくやってるもんな?


 あー、そうかそうか。

 俺、今『目撃者』なのか!!


「はぁぁぁウソだろ!? つーか、なんで俺いきなり死の瀬戸際立たされてんの!?」


「ちょ、うるさい! もう少し、静かにしろよ!」


 そう言われ、声を落とすが「これが落ち着いていられるか!」と、隆臣は頭を抱えた。


 だが、確かに一理ある。


 顔を見た以上、自分は誘拐犯にとって自分は、邪魔でしかないわけで、しかも、相手は大人でこちらは子供。


 殺そうと思えば、きっと簡単に……


(嘘だろ……なんで、こんなことに───)



 ジャリ──!


「!?」


 だが、その時──身を潜めていた建物の外から、突如、物音が聞こえた。


 ジャリジャリと、土を踏む規則的な音。


 二人は咄嗟に息を殺し、トイレの隅で身をすくめる。


 静かな公園の中で、ゆっくり歩き回る不気味な足音。身を刺すような、その音に聴覚を集中させながら、飛鳥と隆臣は、恐る恐るトイレの入口に視線を向けた。


 すると──



「あぁ、やっと見つけた」


 沈みかけた夕日と、街灯の鈍い光に照らされ、トイレ内から出口を見れば、一番見たくなかった顔が、そこにはあった。


 出口を塞き、ぬるりと入ってきた、その男は、先程と全く変わらない、不気味な笑顔を張り付けていた。



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