第44話 転校生と黄昏時の悪魔⑫ ~ランドセル~

「あっち。あっちの公園で遊んでたの!」


 歩道に沿って植えられた街路樹が、風でカサカサと揺れる中、侑斗と双子こどもたちはしっかりと手を繋ぎ、辺りを見回しながら歩いていた。


 公園までの道のりを、華と蓮が、指さしながら侑斗を誘導する。


 すると、あと五分もすれば公園につくだろうという頃、その先に落ちていた、あるものを見て、侑斗は首を傾げた。


「……なんで、ランドセルなんか?」


 路上に不自然に落ちているランドセル。


 侑斗はそのランドセルを手に取ると、持ち主を探すため広く辺りを見回した。


 だが、もう薄暗くなっているからか、辺りには、持ち主どころか、人一人見当たらず、侑斗は再びランドセルに視線を落とす。


「お父さん、これ!」


 すると、今度は蓮が侑斗に何かを差し出してきた。


 見ればそれは、飛鳥が探しに行ったはずの「ウサギのぬいぐるみ」だった。


「ッ──なんで、これ」


 それが、落ちていたということの意味を一早く察知した侑斗の顔からは、一気に血の気が引いていく。


 華は、確かに"公園"に忘れてきたと言っていた。


 それが、ここにあるということは、少なからずここまでは、誰かが持ってきたということになる。


 そして、もし、その誰かが、飛鳥だったとしたら──


「お父さん、お兄ちゃんは!?」

「……っ」


 瞬間、父の異変を感じとり、華と蓮が不安そうに父に詰め寄った。


「お兄ちゃん、どこに行ったのー!」

「お兄ちゃんに会いたい!」


 今にも泣きだしそうな顔で、父の服を強く掴む双子の姿に、侑斗は必死にかける言葉を探した。


「華、蓮……っ」


「あの、すみません──」


 するとそこに、一人の女性が声をかけてきた。


 侑斗が顔をあげ、その女性を見つめると、その女性は、今にも倒れそうなほど顔を蒼白させていた。


「あ、あの、そのランドセル……うちの隆臣の……っ」


 夕日が落る頃、その現実は、容赦なく彼らにそれを突きつけた。


 親にとってその現実は、身を切り裂くほどの、不安と後悔と恐怖に繋がるとも知らずに──










「ぅぐッ────!!」


 瞬間、呻き声と共に、そばにあったデッキブラシやバケツが、激しい音を立てて転がった。


 薄暗いトイレの中、男に容赦なく叩きつけられた隆臣は、声にもならない悲鳴をあげ、冷たい床の上にうずくまる。


 口の中を切ったかもしれない。舌先には鉄の味が広がって、背中や腹もズキズキと傷んだ。


「ぅ……、くっ」


「こんなところに隠れるなんて、まだまだ子供だねぇー」


 苦しそうに息をする隆臣をみつめ、男が嘲笑うような声を発した。


 その声に、隆臣が再び男を見上げれば、男の口元は、不気味なほど吊り上がっていた。


 どこかひんやりとした、秋の黄昏時。


 外の街灯の光だけが、ぼんやりと辺りを照らす中、コツコツと靴音を響かせる男は、隆臣を見つめて、更に話を続ける。


「君は勇敢だね~。まさか、あんなカマかけてくるなんて」


「………」


 『和也くん』と、嘘をついたことを言っているのか、男は酷く不機嫌そうで、その声を聞けば、自分が目の敵にされているのがありありと伝わってくる。


 そして


「邪魔をしないでくれないか? 私は、ただ、と、仲良くしたいだけなんだ」


「っ……」


 "その子"──と、言って、神木を盗み見た目が、ただならぬ狂喜を含んでいる気がして、隆臣は総毛立った。


(こいつ、とんでもなく、ヤバいやつだ……ッ)


 あまりにも異常な執着心。

 子供なら"誰でもいい"というわけでもない。


 この男の目には、今、飛鳥その子しか映っていない。


 俺の横にいる、神木 飛鳥しか──


「ッ……」


 恐怖心から、ガチガチと歯が震えだすと、全身から汗がながれた。


(早く、逃げなきゃ……ッ)


 頭ではそう思うのに、床に転がった身体は全く言うことを聞かない。


「……橘」

「!」


 すると、倒れ込んだ隆臣を介抱していた飛鳥が、囁きかけるように話しかけてきた。


 男に聞き取られぬよう、横たわる隆臣に顔を寄せ、声を最小限に落とす。


「……アイツに隙ができたら、お前だけでも逃げろ」


「え?」

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