第42話 転校生と黄昏時の悪魔⑩ ~父親~

「お兄ちゃん、まだかなー」


 窓の外を見つめながら、華がボソリと呟く。


 兄が出ていってから、もうすぐ一時間。


 夕飯の準備を終えた侑斗は、窓の前に張り付いて離れない華と蓮の側に歩み寄ると、一緒に外を見渡した。


 見れば、先程まで綺麗だった夕焼け空は、オレンジから紫に変わり、夜が刻刻と迫ってくるのを知らせてくる。


「確かに、遅いな」


 壁にかけられた時計をみれば、もう五時半を過ぎていた。


 飛鳥の事だ。見つからないなら見つからないで、適当な頃合には諦めて帰ってきそうなものなのに──


「華、蓮。飛鳥を探しにいくぞ」


「「え?」」


 手早くエプロンをとり、双子に声をかけたた侑斗をみて、双子が同時に父を見上げた。


 見れば、ガスの元栓やポットなどの火元などを確認し、父は、そそくさと出かける準備をはじめていた。


「お兄ちゃん、なにかあったの?」


 いつもと違う父の様子を見て、蓮が心配そうに問いかける。すると、侑斗は


「別に、何かあったってわけじゃないけど、これ以上遅くなると危ないからな。みんなでお兄ちゃんを迎えにいこう」


 そう言って、双子の頭を撫でた侑斗は、不安を和らげるように優しく微笑む。


 だが、息子の帰りが遅いことで、一番不安を抱いているのは、他でもない侑斗だった。


 なぜだろう。


『すぐ、戻ってくるから』


 そういって出ていった飛鳥の顔が、不思議と頭から離れない。


(……本当に、大丈夫なのか?)


 嫌な予感がする。


 侑斗は、深く深く呼吸をすると、最愛の我が子の無事を祈る。


 どうか、飛鳥が

 危険な目に、あっていませんようにと──












「行ったか?」

「……わかんない」


 その後、逃れてきた飛鳥と隆臣は、そこから、少し離れた公園のトイレに身を潜めていた。


 トイレの入口からそっと外を覗き見ると、先程まで近くをうろついていた男の姿は、もう見えなくなっていて、飛鳥はほっと胸をなでおろした。


「これから、どうする?」


 すると、そんな飛鳥を見て、隆臣が問いかける。


 時刻はもうすぐ6時。暗くなってきたからか、光センサー式の街灯がちらほらとつきはじめたかと思えば、トイレ前の電灯も、それに続くように、チカチカと反応し始めた。


「そろそろ、出るか?」


「……いや、まだ近くにいるかもしれないし、もう少し様子を見た方が」


 隆臣の問いに、飛鳥が真剣な表情で答えれば、二人は、そのままトイレの奥へと移動する。


「つーか、何なんだよ、さっきの人! めちゃくちゃ怖かったんだけど!?」


 すると、一番奥の個室の前を陣取った隆臣が、ワナワナと声を震わせ始めた。


「なに、あのオッサン!怖すぎ!!」


「知らないよ。ていうか、なんでこんな所に隠れたの? もっと他にあるだろ、民家に逃げ込むとか、人が多いところに逃げるとか」


「ッ……お前、助けてもらっといて、その態度なんだ! 隠れるっていったらトイレって相場は決まってんだろ! だいたい俺、あんなにしつこく追いかけられたことねーから、逃げるのに必死だったんだよ! つーか、それ気づいてたんなら言えよ!!」


「仕方ないだろ! お前、足早すぎて、ついて行くのがやっとだったんだから!」


「それは、お前が、いつも本ばっか読んでるからだろ!!」


 あの後、必至になって逃げてきた飛鳥と隆臣。


 だが、元々運動が、そこまで得意ではない飛鳥は、隆臣についていくがやっとだったらしく、二人はトイレの中でひたすら口論を繰り返す。だが、それから暫くして


「はぁ、もういいよ。……とにかく、今はここで、誰か大人が通りかかるのを待とう。暗くなってきたし、もしかしたら、俺の親も探しに来るかもしれないし」


「そういえば、あの人、なんで神木のこと連れていこうとしてたんだ? 父親とか、あんな嘘までついて」


「…………」


 瞬間、飛鳥は表情を歪めた。


 さっき逃げたあとも、あの男は必要に追いかけてきた。道を聞かれた時も含めたら、男は飛鳥に逃げられたことになる。


 普通なら、もう諦めてもいいはずなのに……


「それは、わからないけど……でも、どのみち狙われてるのは……"俺"だよ」


「……」


 その不安げに呟いた飛鳥の表情が、"いつもの冷静な神木"とは違っているように見えて、隆臣は男への恐怖心をさらに高めた。


「なに? お前の家、金持ちなの?」


「んなわけないだろ、うち父子家庭だし。それに、お金目当ての誘拐だとしたら、犯行が杜撰ずさんすぎるよ。どっちかといえば、突発的というか、衝動的というか」


「…………」


 顎に手を当て、冷静に男を分析する飛鳥。


 そんな飛鳥を見て、隆臣は『よくこの状況で、そこまで落ち着いていられるな』と、感心していた。


 自分は、未だに恐怖で、手が震えていると言うのに──


「なぁ、お前……もしかして、こんなこと、あるのか?」


「……え?」

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