第41話 転校生と黄昏時の悪魔⑨ ~悪魔~


 その男は、赤暗くなった夕陽を背負い、大きな影となって、俺と神木の前に現れた。


 妖しい笑みを浮かべたまま、俺の目の前で、瞬く間に神木の腕を掴んだ男の姿。


 状況を整理しようにも、上手く思考が追い付かなかった。


 何が起きてるんだ?


 この人は……誰?











「こんな所にいたのか?」


 神木の腕を掴み、男が語りかけた。


 一見、見た感じは、優しそうに笑う人で、害があるようには見えなかった。


 だけど、神木の方は、その表情に、とてつもない恐怖を宿しているようにも見えて、俺はランドセルを握りしめたまま、その場から動けなくなった。


(なんだ、この人……?)


「さぁ、と一緒に帰ろうか?」


(え……?)


 だけど、その後放たれた言葉に、俺は目を見開いた。


(……なんだ。この人、神木のお父さ)


「なに、言ってんの……っ」


 だけど、俺が安心したも束の間、神木は更に表情を歪めて、そう言った。


 もともと色白の肌は、更に白く青ざめて、まるで怯えてるみたいに


「え? この人、お前の父親なんだよな?」


「ッ、ちが──んんッ!?」


「こらこら! こんな町中で大声なんて出したら迷惑になるだろう! すまないね、実は、さっきこの子と喧嘩してね、今ちょっと反抗的なんだよ」


「………」


 違う──と、言おうとしたのはわかった。


 だけど、それを言い終わる前に、父と名乗る男は、神木の口を塞いでいた。


「んー、ッ!」

「こら、いい加減にしなさい!」


 男は、嫌がる神木を、後ろから抱き込みながら、呆れたように声をかけていた。


 それは確かに、親子喧嘩の末、息子が反抗的な態度をとっているようにも見えなくはなかった。


 だけど、にっこり笑いながら話す男と、殺伐とした神木の表情が、余りにも不釣り合いで


(……ど、どっち、なんだ?)


 頭の中で、ぐるぐる考える。


 だけど、確かめようにも、俺は神木の親に会ったこともなければ、妹弟の名前すら知らない。


 そう、どんなに考えても、俺は神木のことを


 ──何ひとつ知らなかった。



「ほら、君も早く帰りなさい」

「……!」


 すると、男がそう言って、息が止まる思いがした。


 目の前には、小学五年生にしては小柄な神木を、抱き込みながら連れて行こうとする男の姿がある。


(っ……本当に父親、なのか?)


 心臓は痛いくらい鼓動を刻んでいた。


 もしかしたら、違うんじゃないか?


 頭の中ではそう思うのに、この体が動くためには、確固たる確信が何もなかった。


 どうしよう。どうしよう。

 なんでもいいから確証がほしい!


 もし、違ったら?


 いや、どっちかなんて


 神木あいつの顔見りゃわかるのに……っ



「ほら、帰るぞ!」

「……っ」


 すると、また男の声が聞こえて、俺は神木を見つめた。


 神木のその表情は、苦しそうに涙ぐんでいて、だけど、まるで邪魔だとでも言うように追い払おうとする男は


「じゃぁ、君も気をつけて帰るんだよ」


 そう言って、また俺に笑顔で話しかけてきた。俺は、その言葉に、必死に平静を装うと


「うん、わかった……おじさん、和也くんのお父さんなんだね?」


 心臓は、ドクドクと激しい音を刻んでいた。


 すると、それから暫くして、いや、本当は数秒も経っていないかもしれない。


 男は、ニンマリと笑うと


「ああ、そうだよ。いこうか──


「……っ」


 それが、確信に変わるのは、意外とあっという間だった。


「ッ……おっさん」


「ん?」


 俺は、背負っていたランドセルをきつく握りしめると


「そいつの名前──和也じゃねーよ!?」


「ッぐわああぁぁぁぁ!?」


 瞬間、俺は、いつもより重いランドセルを、男の顔面めがけて振り上げた。


 ランドセルは見事に男の顔面に直撃して、顔を庇った男は、神木から手を離して、その後、後ろによろめき尻餅をついた。


「ケホッ、ッ……!」


 口を塞がれていた神木が、その瞬間、苦しそうに咳き込んだけど、正直、息が整うのを、待ってやれる余裕なんかなくて───


「神木!!」

「ッ──!?」


 気がつけば、俺は神木の腕を掴んで、その場から走り出していた。



 夕日は既に落ち始め、辺りは赤く染っていた。


 時刻は、もう既に5時半を過ぎようとしていた。


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