第41話 転校生と黄昏時の悪魔⑨ ~悪魔~
その男は、赤暗くなった夕陽を背負い、大きな影となって、俺と神木の前に現れた。
妖しい笑みを浮かべたまま、俺の目の前で、瞬く間に神木の腕を掴んだ男の姿。
状況を整理しようにも、上手く思考が追い付かなかった。
何が起きてるんだ?
この人は……誰?
◆
◆
◆
「こんな所にいたのか?」
神木の腕を掴み、男が語りかけた。
一見、見た感じは、優しそうに笑う人で、害があるようには見えなかった。
だけど、神木の方は、その表情に、とてつもない恐怖を宿しているようにも見えて、俺はランドセルを握りしめたまま、その場から動けなくなった。
(なんだ、この人……?)
「さぁ、お父さんと一緒に帰ろうか?」
(え……?)
だけど、その後放たれた言葉に、俺は目を見開いた。
(……なんだ。この人、神木のお父さ)
「なに、言ってんの……っ」
だけど、俺が安心したも束の間、神木は更に表情を歪めて、そう言った。
もともと色白の肌は、更に白く青ざめて、まるで怯えてるみたいに
「え? この人、お前の父親なんだよな?」
「ッ、ちが──んんッ!?」
「こらこら! こんな町中で大声なんて出したら迷惑になるだろう! すまないね、実は、さっきこの子と喧嘩してね、今ちょっと反抗的なんだよ」
「………」
違う──と、言おうとしたのはわかった。
だけど、それを言い終わる前に、父と名乗る男は、神木の口を塞いでいた。
「んー、ッ!」
「こら、いい加減にしなさい!」
男は、嫌がる神木を、後ろから抱き込みながら、呆れたように声をかけていた。
それは確かに、親子喧嘩の末、息子が反抗的な態度をとっているようにも見えなくはなかった。
だけど、にっこり笑いながら話す男と、殺伐とした神木の表情が、余りにも不釣り合いで
(……ど、どっち、なんだ?)
頭の中で、ぐるぐる考える。
だけど、確かめようにも、俺は神木の親に会ったこともなければ、妹弟の名前すら知らない。
そう、どんなに考えても、俺は神木のことを
──何ひとつ知らなかった。
「ほら、君も早く帰りなさい」
「……!」
すると、男がそう言って、息が止まる思いがした。
目の前には、小学五年生にしては小柄な神木を、抱き込みながら連れて行こうとする男の姿がある。
(っ……本当に父親、なのか?)
心臓は痛いくらい鼓動を刻んでいた。
もしかしたら、違うんじゃないか?
頭の中ではそう思うのに、この体が動くためには、確固たる確信が何もなかった。
どうしよう。どうしよう。
なんでもいいから確証がほしい!
もし、違ったら?
いや、どっちかなんて
「ほら、帰るぞ!」
「……っ」
すると、また男の声が聞こえて、俺は神木を見つめた。
神木のその表情は、苦しそうに涙ぐんでいて、だけど、まるで邪魔だとでも言うように追い払おうとする男は
「じゃぁ、君も気をつけて帰るんだよ」
そう言って、また俺に笑顔で話しかけてきた。俺は、その言葉に、必死に平静を装うと
「うん、わかった……おじさん、和也くんのお父さんなんだね?」
心臓は、ドクドクと激しい音を刻んでいた。
すると、それから暫くして、いや、本当は数秒も経っていないかもしれない。
男は、ニンマリと笑うと
「ああ、そうだよ。いこうか──和也」
「……っ」
それが、確信に変わるのは、意外とあっという間だった。
「ッ……おっさん」
「ん?」
俺は、背負っていたランドセルをきつく握りしめると
「そいつの名前──和也じゃねーよ!?」
「ッぐわああぁぁぁぁ!?」
瞬間、俺は、いつもより重いランドセルを、男の顔面めがけて振り上げた。
ランドセルは見事に男の顔面に直撃して、顔を庇った男は、神木から手を離して、その後、後ろによろめき尻餅をついた。
「ケホッ、ッ……!」
口を塞がれていた神木が、その瞬間、苦しそうに咳き込んだけど、正直、息が整うのを、待ってやれる余裕なんかなくて───
「神木!!」
「ッ──!?」
気がつけば、俺は神木の腕を掴んで、その場から走り出していた。
夕日は既に落ち始め、辺りは赤く染っていた。
時刻は、もう既に5時半を過ぎようとしていた。
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