第40話 転校生と黄昏時の悪魔⑧ ~衝突~

 

「もしかして、探しているのはコレかな?」


 突然、背後から声をかけられ、飛鳥が振り向くと、そこには人の良さそうな男性が一人、にこやかに笑って立っていた。


 飛鳥は少しだけ警戒心を強めるが、男が手にしたものを差し出すと、そこには、今まさに探していた「ウサギのぬいぐるみ」がにぎられていた。


「あ!」


「やっぱり、君ののかな?」


「え?」


 よく見れば、その男性は、自分たちが先程遊んでいたときにも、見かけた男性だった。


「あれ? おじさん、さっきもいた?」


「ああ。この辺に来たのは、はじめてなんだけど、たまたま通りかかったら綺麗な公園があったから、暫く紅葉を楽しんでいたんだ」


「そう……」


 言われてみてば、公園にある木々は確かに色づきはじめていた。


 だが、紅葉を楽しめるほど、鮮やかに彩られている訳ではなく、飛鳥は少しだけ疑問を抱く。


「そうだ、君にひとつお願いがあるんだが」


「?」


 すると、男がまた話しかけてきた。


「実はいきたいところがあるんだが、道がわからなくなってしまってね。君に教えてもらいたいんだが」


「別にいいけど、どこにいきたいの?」


「ありがとう。あっちに、車を停めてある。行先がわかったら、家まで送ってあげよう」


「……え?」


 その話を聞いて、飛鳥は不信感でいっぱいになった。


 自分より遥かに背の高い男。身なりも綺麗で物腰む柔らかく、清潔感もあって、見た感じは、とても人が良さそうな男性だった。


 だけど、どことなく「嫌な予感」がしたのも確かで……


「おいで」

「ッ……!?」


 すると、男は飛鳥の手を掴むと、強引に車の方へと歩き出した。


 だが、それに、おいそれと従うような飛鳥ではなく


「ごめん、俺もう帰る!」

「……っ」


 そういって、男の手を振り払うと、男はピタリと足を止めた。再び目が合って、飛鳥は一瞬息を飲んだが


「あの、車できてるなら、公園を出て右にしばらくいったらパン屋が見えてくるから、そこを左折して。そしたら交番があるから、そっちで聞くといいよ」


「……そうかい。ありがとう」


 男が、またニコリと笑って、そういって、飛鳥は息を詰めた。


 どこか感情のない返事。飛鳥は、手にした華のぬいぐるみをギュッと握りしめると


「じゃ、俺急ぐから。ぬいぐるみ、ありがとね」


 そう言って、一応お礼を言うと、飛鳥は公園をでて歩道へと走り出した。


 ──なんだろう。なんだか、よくわからないけど、すごく嫌な感じがした。


 その不安な気持ちに急かされるように、飛鳥は走る速度を早め、自宅へと急ぐ。


 だが、不気味な夕焼け空のせいか、その不安は、なかなか拭いきれず、飛鳥は、時折後ろを振り返っては、背後を警戒する。


(……考えすぎ、だよね?)


大丈夫。きっと、気のせい


 ──ドカッ!!?


「痛ッ!?」

「──ッテー!!?」


 だがその瞬間、身体に激痛が走った。


 それは、飛鳥が背後を気にしていたために起こった、出会い頭の事故だった。


 歩道を曲がった先に現れた人物と正面からぶつかった飛鳥は、頭を抑えギュッと目を閉じた。


「痛……ッ」

「あれ? 神木?」

「え?」


 だが、不意に名前を呼ばれて、飛鳥は視線をあげると、ぶつかった相手はクラスメイトの"橘 隆臣"だったようで、目が合った瞬間、飛鳥は、あからさまに嫌そうな顔をする。


「橘……っ」


「お前、なにやってんだよ! ちゃんと前見て走れよな!?」


「うるさいな、急いでたんだよ!」


 ぶつかった拍子に崩れた体勢を整えると、飛鳥は一緒に手から離れた華のぬいぐるみを拾い上げた。


 だが、ふと隆臣が"行こうとしていた方向"に気づいて、飛鳥は早急に問いかける。


「ちょっとまって! お前、こっちに行くの?」


「え? だったら、なに?」


「あの……あっちの道、いけば?」


「は? 何で!? そっち遠回りなんだけど!?」


「……そう、かもしれないけど」


 何となくだが、行かせるべきではないと思った。


 だが、それをどう説明するべきか、不確かなそれでは、上手く言葉にできなかった。

 

「神木?」


 すると、飛鳥の瞳に、どこか不安げな色が混じっているように見えて、隆臣が神妙な面持ちで問いかけてきた。


「どうした? なにか、あったのか?」


「…………」


 その問いに飛鳥は、心配をかけまいと、また普段通り振る舞う。


「…………いや、なんでもない。大丈」


 ユラリ───


「!?」


 だが、その時だった。立ち尽くしていた二人を、ひとつの"大きな影"が覆いつくした。


 背後に現れた──"何か"。


 その影に、飛鳥が慌てて振り返ると、それは、いとも簡単に飛鳥の腕を掴み、その小さな身体を強引に引きよせた。

 

「こんな所に、いたのか」


「ッ……!?」


 そう言って笑った男は、先程飛鳥に"ぬいぐるみ"を手渡してきた


 ────あの男だった。

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