第39話 転校生と黄昏時の悪魔⑦ ~夕暮れ~


 未だに蒸し暑い10月の頃。


 しかし、9月に比べれば、いくらか風も冷たくなり、涼しく過ごしやすい季節になってきた。


 だが、それは同時に日が短くなっているからでもあり、夕方の5時前から、辺りは、 ゆっくりと夕焼け色に染まり始め、街灯がまばらなこの付近は、人の往来も少なくなってくる。


「あれー、おかしいなー」


 だが、そんな黄昏間近の頃、飛鳥は未だ公園の中にいた。


 華は、確かにベンチの上に置いたと言っていた。


 だが、公園内のベンチはもちろん、遊具の影や茂みの中など、思い当たる場所は全て探したが、どこを探しても、ウサギのぬいぐるみが見つかることはなかった。


(これだけ探してないってことは、誰か持ってっちゃったのかな?)


 華に『見つからなかった』なんていったら、さっきよりも酷く泣きじゃくるかもしれない。


 だが、ふと空を見上げると、辺りは紫混じりの赤色に変わっていて、飛鳥は公園に備え付けられた時計に目を向けた。


 もう門限の五時は、とっくにすぎてる。


(さすがに、帰らなきゃ……っ)


 あまり遅くなると父が心配する。


 飛鳥は、さすがに潮時かと、ぬいぐるみを諦めると、そのまま帰路につくことにした。


 だが、その時


「──君!」


「?」


 突然、背後から声をかけられ、飛鳥はゆっくりと振りむいた。


 するとそこには、40代くらいの男が一人、にこりと笑って、立っていた。






 ◇◇◇






「え? 今から、そっちに行けばいいの?」


 その日、隆臣が自宅に戻ると、母は、まだ帰ってきておらず、家の中はシンと静まりかえっていた。


 こちらに引っ越してきてからというもの、母は夢だった喫茶店を開業することにしたらしいのだが、最近はその準備に大忙しの状況だった。


 しかも、今日はちょっとしたアクシデントが発生したらしく、隆臣が自宅にいると、店で仕事をする母から、急に電話がかかってきた。


『ごめんね、隆臣。ちょっと業者さん側で手配ミスがあったみたいで、今日はお仕事、夜までかかりそうなの。だから、明日の準備してランドセル持ったら、こっちに来てくれない? 今日は、お店に泊まりましょう!』


「はいはい、わかったよ」


『あと、暗くなり始めてるから、車とか色々気を付けてね!』


「はいはい、気を付けます」


 ガチャ──


 母の声を聞き終えて受話器を置くと、隆臣は時計で時刻を確認する。


 喫茶店は、隆臣の自宅から二十分ほど離れた場所にあるのだが


(今から準備して出たら、つくのは五時すぎかな?)


 そそくさとランドセルを持って二階の自分の部屋に移動すると、隆臣は、明日必要なものをランドセルつめこみ、出かける準備を始めた。


 国語、算数、音楽──宿題は喫茶店に付いてからやればいいと、教科書の他に明日の着替えなどをギュウギュウに詰め込むと、いつもより重いランドセルを背負って、玄関から外に出る。


 しっかりと戸締りを確認して、空を見上げると、もう日が暮れるのか、そこは、もう既に赤紫色に染まっていた。


(っ……急ごう)


 隆臣は、ゴクリと息を飲むと、喫茶店に向かう速度を無意識に早めた。


 太陽が沈み始めるその様は、まるで闇に飲み込まれるような、そんな切なさを感じさせて


 いつも見慣れているはずの夕暮れが、なぜかその日はとても、恐ろしいものに感じた。

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