第468話 着付けと拒否


 『いいよー』と返事がして、隆臣が中に入れば、飛鳥は、ちょうど蓮の服を脱がしている所だった。


「いらっしゃい、隆ちゃん」


 飛鳥が、明るく声をかける。


 だが、にこやかな飛鳥とは対照的に、その前にいた蓮は、慌てた様子で抗議を始めた。


「兄貴、いいよじゃないよ! 俺、パンツ一枚なんだけど!?」


「あー……でも、相手は隆ちゃんだし、別に恥ずかしがることないだろ」


「そりゃ、そうだけど!」


 どうやら、着付けの真っ最中だったらしい。

 

 飛鳥のベッドの上には、瑠璃るり色のシックな浴衣と、爽やかな藤色の浴衣が置いてあるのが見えた。


 多分、明るい藤色の方が蓮で、夜空のような瑠璃色の方が、飛鳥の浴衣だろう。


 そして、隆臣も、今日は浴衣を持参していた。


 ちなみに、色は黒だ。

 縞模様の入ったモダンなデザイン。


 そして、着付けは、飛鳥がしてくれるらしいのだが……


「ほら、恥ずかしいなら、早く浴衣着て。裾をあわせるから」


 すると案の定、藤色の浴衣の方を、飛鳥が蓮に差し出し、蓮は、言われるまま浴衣に袖をとおした。


 そして、その後は、テキパキと裾をあわせ、飛鳥が手際よく浴衣を着つけていく。


 なにより、相変わらずの女子力だ。

 まさか、浴衣まで着付けてしまうとは……


「んっ……兄貴、なんか、くすぐったい」


「文句言わない。帯は、どっちにする?」


「どっちでも」


「じゃぁ、こっちかな? 腕は、そのまま上げててね」


「えぇ、まだ上げとくの!?」


 身動き一つできず、直立する蓮が、不満を言う。


 だが、その腰元に腕を回せば、飛鳥が丁寧に帯を締めていく。


「隆ちゃんは? 浴衣持ってきた?」


 すると、帯を締めながら、隆臣に飛鳥が話しかけた。

 隆臣は、壁によりかかりながら


「あぁ、持ってきたぞ。あまり気は乗らないけどな」


「気が乗らない? なんで?」


「何かあった時に対処できねーだろ。浴衣なんて着てたら」


「なんで、何か起きる前提なんだよ」


(……お前がいるからだろ!)


 一瞬、でかかった言葉を、ぐっと堪えた。


 この美人すぎる友人が、浴衣を着て夏祭りに行く。

 しかも、今回は、エレナとミサまで付属されるのだ。


 隆臣にとっては、考えただけで恐ろしい事態だった。


「かなり、注目されると思うぞ」

 

「そうかもね。でも、いつものことだし」


 だが、飛鳥はあっけらかんと答え、特に心配している様子もなかった。


 まぁ、確かに飛鳥にとっては、いつものことだ。

 この友人は、四六時中、注目を集めているのだから。


「うん、こんな感じかな! 帯はきつくない?」


 すると、蓮の着付けが終わったらしい。


 飛鳥が蓮に問いかければ、蓮は自分の浴衣姿を鏡で見つめながら、気恥ずかしそうにする。


「なんか変な感じ。足、スースーするし」


「まぁ、浴衣って、スカートはいてるようなものだしね」


「あー、なるほど。さすが兄貴、女装してるだけある!」


「……なんか、それだと、いつもしてるみたいに聞こえる」


 これでも、女装経験は、人生で三度きり!


 多いのか、少ないのかは分からないが、女装が趣味なわけではないし、いつもしてるわけではない。


 だが、3度もすれば、さすがに、スカートを履く感覚くらいは覚える。


「浴衣は、スカートほどスースーしないよ。あと、歩く時は、内側から外に蹴り出すように歩いて。その方が着崩れないしにくいから。それと、浴衣の襟に首をつけるような気持ちで、背筋も伸ばす」


「う、わ……え、こう?」


「そうそう。その方が、いきな感じに見えるよ……じゃぁ、次は隆ちゃんかな? 服、脱いで」


「!?」


 すると、いきなり脱いでと言われ、隆臣はあっけに取られた。


 どうやら、弟の着付けを終えたため、今度は隆臣の番らしい。


 だが、ここに来て、隆臣は、はたと気づく。


 そうか。着付けてもらうと言うことは、ここで服を脱ぐわけか!?


「やっぱ、俺はやめとく」

 

「は? ここまできて、なにいってんの?」


 すると、突然、嫌がり始めた隆臣に、飛鳥が黒い笑顔をうかべた。


「あのさ。なんのためにうちに来たの? 浴衣を、俺に着つけて貰うためだろ?」


「そうだったんだがな……でも、やっぱり、俺はいざと言う時に備えた方がいい気がする」


「何言ってんの、ダメだよ。隆ちゃんが浴衣を着てこなかったら、華がガッカリするだろ」


「お前、マジで妹を甘やかしすぎだろ!」


「甘やかしてないよ! てか、早く脱いでよ。時間ないし」


 すると飛鳥は、蓮から離れ、隆臣のシャツに手をかけた。だが、その飛鳥の手を、隆臣が掴み返す。


「お前ッ、なに脱がそうしてんだ?!」


「はぁ? 脱がすだろ、着替えるんだから。つーか、なに恥ずかしがってんの? 思春期の中高生じゃあるまいし」


「恥ずかしがってはねーよ! でも、お前に着付けらるのは、なんか嫌だ!」


「どんなワガママだ!?」


 断固拒否の姿勢を崩さない隆臣に、飛鳥は、更に声を荒らげた。


 そして、やいのやいのと始まった言い争いを、蓮が飛鳥のベッドに腰かけながら傍観していた。


(……相変わらずだなぁ)


 兄と隆臣さんのケンカは、小学校の時から見てきた。


 『喧嘩するほど、仲がいい』という言葉は、この二人にこそ、相応しいのかもしれない。


 ついでにいうと、隆臣さんは、なんだかんだ兄に弱いのだ。


 だから、こういう言い争いには、いつも隆臣さんが負けて、兄が勝つ。


 だが、今日は、違った。


 断固として、兄に着付けをされたくなかったのか、隆臣は、飛鳥の腕を掴んだまま


「わかった、浴衣は着る! でも、から手伝わなくていい」


 そう言って、代案を出してきて、飛鳥は眉をひそめた。


「自分でって……隆ちゃん、着付けできないんじゃないの?」


「あぁ、できない。でも、見本があればなんとかなるだろうから、!」


「…………」


 なるほど、そう来たか?

 つまり、見本を見せろと言うことだろう。


 なにより、自分で浴衣を着られるなら、それにこしたことはない。


 すると、さすがの飛鳥も折れたらしい。


「わかったよ。じゃぁ、俺が先に着替えるから、ちゃんと見ててね?」


 そう言った飛鳥は、今度は、自分の服に手をかけた。

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