第467話 赤ちゃん と お誘い


「むしろ、見れるなら見てたいです! 飛鳥兄ぃの赤ちゃんの頃の写真!」


 兄の写真を見れると聞いて、華は心が踊らせた。


 できるなら、兄にも見せてあげたいくらいだ!


 だが、そう思いつつも、兄としてはどうなのだろう?と考える。


 兄にとって、幼少期は、ある意味、トラウマ的な時代だ。


 ならば、やはり、見たくはないだろうか?


 華の頭の中では、グルグルと考える。


「どうぞ。これが、飛鳥のアルバムよ」


 すると、ミサが、華の前に、先程とは違うアルバムを差し出してきた。


 ダークグリーンのオシャレな表紙のアルバムだ。


 背表紙には「Asuka」とローマ字で名前が書いつあって、表紙をめくれば、中には、金髪の可愛らしい赤ちゃんがいた。


 産まれたばかりの写真だろう。


 まだ、若い頃の父の横で、少女のような愛らしいミサが、小さな小さな赤ちゃんを抱いていた。


 真っ白な産着うぶぎを着た赤ちゃんは、まぎれもなく兄だ。


 もう、赤ちゃんの時から、抜群に可愛くて、人を惹きつけるオーラがある。


 そして、ページをめくれば、その赤ちゃんが、ゆっくりと成長していく。


 アルバムの中にいる兄は、屈託のない笑顔を浮かべていて、兄の生活が、幸せそのものだったことがわかる。


 だからこそ、その家族が崩壊したことで、兄がどれだけ傷ついたか、わかった気がした。


(こんなに幸せそうな家族が壊れたら……トラウマにもなるよね?)


 だから、兄は、あんなにも必死だったのかもしれない。


 今度こそ、壊れないように。

 二度と、失わないように。


 兄は、常に家族を優先させていた。


 優しい優しい兄に甘えて。

 私たちは、兄の不安には、一切、気付かなかった。


 この幸せも。

 この優しい世界も。


 なにもかも全て

 兄が、守り抜いてきたものなのに──…


「華さん、大丈夫?」

「え?」


 すると、またミサが話しかけてきて、華は目を合わせた。


「やっぱり、見せるべきじゃなかったかしら?」


「あ、いえ。違うんです。ただ……っ」


 言葉につまった。


 見たことに後悔はない。

 むしろ、幼い頃の兄を知れて良かった。


 でも、兄に見せるべきではないと思った。


 このアルバムの中が、幸せであればあるほど、兄は、壊れてしまった事実を、また直視してしまう。


 これ以上、兄を過去に縛らせるわけにはいかない。


 これから、兄は、未来を生きるんだ。

 

 家族のためだけじゃない、未来のために──…


「ミサさん、ありがとうございます!」


 すると華は、にっこりと笑って、お礼を言うと


「やっぱり、お兄ちゃんは、天使でした! 可愛すぎる! でも、私が見たことは言わないでください。恥ずかしがるかもしれないし」


「そうね。飛鳥には言わないわ。あの子にとっては、思い出したくもない過去でしょうし」


 ミサが、申し訳なさそうに、眉を下げた。

 

 ミサ自身も、飛鳥には、悪い事をしたと思っていた。


 そしてそれは、父である侑斗も同じだった。

 

 離婚は、夫婦間の問題だ。

 でも、間に挟まれた子供の問題でもある。


 両親のことを愛しているからこそ、子供の心には、大きな傷を残してしまう。


 だからこそ、今更、傷をえぐる必要はないだろう。


「華さん、そろそろ、メイクをはじめましょうか? 時間もないしね」


 すると、ミサが立ち上がりながら、話しかけてきて


「そうですね」


「エレナは、アルバムを見ていていいからね」


「うん!」


 その後、ミサに促されると、華はまたドレッサーの前に腰掛けた。


 そして、鏡に映る自分をみつめながら、華は再び、兄のことを思う。


(……お兄ちゃんには、幸せになって欲しいな)


 きっと、それは、みんなの願いだ。

 誰よりも、何よりも、幸せになってほしい。


 でも──


(どうすれば、あかりさんは、お兄ちゃんに振り向いてくれるんだろう……?)



 ◇


 ◇


 ◇



 ──ピンポーン。


 一方、華と別行動をとっていた神木家では、隆臣がインターフォンを鳴らしていた。


 私服姿で現れた隆臣は、オートロックの前で、応答があるのを待つ。


 すると、しばらくして、蓮がモニターごしに声をかけてきた。


「隆臣さん、いらっしゃい。今、ロック外すから、上がってきて」


「あぁ」


 淡々といつものやり取りを繰り返すと、隆臣はエントランスを抜け、7階にある神木家へ。


 すると、家に入るや否や、飛鳥たちの父である侑斗がでむかえてくれた。


「久しぶり、隆臣くん!」


「久しぶりです。海外赴任、来年には終わるって聞きましたよ」


「あぁ、そうなんだよー。昌樹さんと美里さんにはお世話になったなぁ。また、改めて挨拶にいくよ! それに、隆臣くんも、いつも良くしてくれて、ありがとうな」


「いぇ、俺は別に。腐れ縁みたいなものだし。それより、飛鳥は?」


「あー。今、部屋で、浴衣の準備してるよ。隆臣君、浴衣は持ってきた?」


「はい、一応」


 隆臣は、肩にかけたバッグを見つつ答えた。


 中には、浴衣が入っていのだが、これは、華が『みんなで浴衣を着よう』と、ノリノリだったからだ。


 そして、それに巻き込まれた隆臣も、同じように浴衣を着ることになったのだが……


(浴衣なんて、何年ぶりだろう?)


 多分、高校生の時、以来だ。

 友達何人かと連れ立って、夏祭りに行った記憶がある。


 だが、飛鳥に関しては、あまり祭りには参加しないし、行っても家族とだけ。


 だが、今年は珍しく、飛鳥からお誘いがあったのだ。


『隆ちゃん、一緒に夏祭りいかない?』


 ──と。


(……あの飛鳥が、家族以外と、祭りに行くなんてなぁ)


 あかりさんと、出会ってからだろう。

 飛鳥の意識が、少しずつ変わりだしたのは。


 家族が全て。

 家族さえいれば、それでいい。


 そんな凝り固まった飛鳥の心が、少しずつ少しずつ溶けだして、今は、家族以外にも、目を向けられるようになった。


 そして、それは、とてもいい傾向で、友人としても微笑ましく思う。



 ──コンコンコン!


「飛鳥ー、入っていいか?」


 その後、飛鳥の部屋に向うと、隆臣は、扉をノックし、中に呼びかけた。


 すると「いいよー」と返事が返ってきて中に入れば、飛鳥がちょうど、蓮の服を脱がしている最中だった。

 





https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330663307038398

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