第85話 華ちゃんとお兄ちゃん


「うん! こんなもんかな?」

「ホント~」


 6時前になり、自宅のキッチンでは、珍しく飛鳥と華が二人ならんで料理をしていた。


 最近になり華は、帰宅すると飛鳥から料理を教えてもらっていた。


 ちなみに、今日覚えているのは「魚の煮付け」だ。


「あとは、テキトーに味噌汁でも作って、俺はこっち片付けとくから」


 メインの煮付けが出来上がると、飛鳥はシンク前に移動し、中にある皿やボールを洗いはじめた。だが、そんな兄の言葉に華は首を傾げると


「その"テキトー"てのが、よく、わからないんだけど……」


「あー……とりあえず、豆腐とワカメと、あとは、テキトーに」


「だから、その テキトーって言葉なんとかならないの?!」


「あのな、なんでもレシピ通りにできるとおもうなよ。冷蔵庫の中見てこい。先に使わなきゃいけないもんから、料理してくんだよ。融通きかせろよ、バカ」


「全くもう! せっかく人がやる気だしてんのに!」


 いつもこんな感じだ。

 だいたい、キッチンの中で喧嘩が始まる。


 だが、これ以上反抗しても拗れるだけ。華は、その後しぶしぶ冷蔵庫まで移動すると、味噌汁の具材になりそうなものを探し始めた。


 とりあえず、無難にニンジンと玉ねぎでいいだろう。使いかけあるし。


 そして華が、再び元いた場所に戻ると、早いもので、兄はすでに洗い物を終えていた。


 相変わらず、手際のよい兄だ。


「ねぇ、 私たちのお母さんて、料理上手だったんでしょ?」


 野菜洗い、ニンジンの皮をピーラーで向きながら、母親のことについて、飛鳥に問いかけはじめた。


「うん、上手かったよ。父さんが休みの日とかに、よくキッチンに立て込もって、大量に作りおきとかしてたし」


「作りおき? なんでまた?」


「普通の日に"手抜き"するため」


「手抜き!?」


「そう。お前ら双子の育児におわれてたから、大変だったんだよ。二人同時に抱っこしながら料理はできないだろ? お前ら母さんにベッタリだったし」


「あ、なるほど!」


 納得したのか、華は、次にまな板を取りだし、野菜をきざみなながら、ホウホウとうなる。


 そんな華を、飛鳥は横目で流しみると──


(まー……そのおかげで、父さんがあんなになっても、なんとかなったんだけど…)


 ふと、母が亡くなった時のことを思い出して、飛鳥は悲しそうに目を細めた。


 幸か不幸か、それは亡くなる前の日、母が作りおきして冷蔵庫で冷凍させていたものだった。


 料理なんて、全くできなかったから、正直助かった。レンジで温めるだけよかったんだから、当時の俺でもなんとかできたけど


 作りおきしていた食材が無くなるにつれて、もう二度と、母の手料理は食べられないのかと思うと、ひどく泣きそうになって


 ───必死に堪えた。


「いいな~私もお母さんの手料理、ちゃんと食べてみたかったな~」


 華達は、覚えていない。あのときのこと。

 知らないままでいればいい。


 ずっと───


「そうだな……俺も、少しくらい覚えておけばよかった」


 そしたら二人にも、母の味を教えてあげることが、できたかもしれないのに──


「あ、そういえば、話変わるけど、うちって親戚いないの?」


「え?」


 だが、次に放たれた言葉に、飛鳥は思わず思考をとめた。


「だって、みんなGWとかお盆に、おじいちゃんちに帰省したーとかいってるに、うちは、 お父さんの方も、お母さんの方も、親戚って会ったことないじゃん!」


「…………」


 華からの予想外の問いかけ。


 飛鳥はその言葉を聞いたとたん、苦々しい表情を浮かべると、続けて視線を泳がせた。


 ──親戚。


 父の親戚はいない訳じゃない。だが、母が亡くなってからは、もう連絡すらとってはいない。


 それに、母は……



「あ、でも、 には、会ったことあるかも?」


「……は?」


「えーと、……名前はわかんないけど」


「……」


 父の──?


 そう言われ、飛鳥は、あの母の葬儀の日


『飛鳥は相変わらず、綺麗な顔してるわね』


 そう言って、自分を頬に触れた、神木 阿沙子あさこの姿を思い出した。


「ッ……お前、それいつ!?」


 すると、突然声を荒げた兄に、華はビクリと体を震わせ包丁を持つ手を止めた。


「ぇ? あ……ちゅ、中学の時に……蓮と一緒に……っ」


「なんで、黙ってた!」


「そ……それは……っ」


「……なにか、言われた?」


「ぅ……うんん、なにも」


「……そう……なら、いいけど……っ」


 心配そうに見つめる兄に、華は戸惑いつつも再び刻みかけの野菜に視線を落とすと、ふと数年前のことを思いだす。


 なにも言われてないなんて、本当は嘘だ。



 ◆◆◆



「あら、あんた達もしかして、侑斗の?」


 あれは、中学1年の時。

 学校帰り、蓮と二人でいつもの道を歩いていると、突然、"女性"から声をかけられた。


「へー、あの華と蓮が、もうこんなに大きくなったなんてねー」


「「?」」


 明らかに、自分たちを知ってる口ぶりだった。制服のネームプレートをみられたのかもしれないけど、それ以外にも、どうやら蓮が、父の子供の頃に、よく似ていたらしい。


「まさか侑斗が 、ちゃんと3人育ててるなんて」


「あの、父の……お知り合いの方ですか?」


「あらあら、ご挨拶だね~。私は侑斗の母親。つまり、あんたたちの……"おばあちゃん"よ!」


「「!!?」」


 蓮が尋ねると、女性は軽く失笑したあとそう言った。


 ──衝撃的だった。


 確かに年は取っていた。60代くらい。でも、それにしては、言葉使いも見た目も、また若かった。


「そういえば……飛鳥は、もう高校生くらいかねぇー」


「……それが、なにか?」


「そりゃぁ、孫のことだもの。あの子なら、 あのままイイ男に育ってそうだしねぇ……」


「「……………」」


 直感的に、兄のことを話すべきではないと感じた。だけど


「飛鳥は、に似て、本当に綺麗な顔してたし、アンタたちの母親が死んだときに、のは、本当に残念なことをしたよ」


「え?」


 引き取る? お兄ちゃんを??


「あんた達も──」


「……」



 そういって、肩をたたかれたのがひどく不快で、もう、二度と会いたくない人だと思った。




 ◇◇◇



( 飛鳥兄ぃは、あの人に引き取られそうだったのかな?)


 母が亡くなった時のことは、全く覚えてない。

 でも、父方の親戚と付き合いがないのは、祖母にあって、なんとなく理解した。


 でも、母は?


 母の両親の話も、母の親戚の話も、今まで全く聞いたことがない。


 それに、知らないことは、他にも……たくさんある。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「ん?」


「お兄ちゃんのて、どんな人なの?」




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