第497話  失敗 と よりどころ


(ど、どうしよう……っ)


 その頃、体育館裏で身を隠すエレナは、顔を赤らめながらうずくまっていた。


 隠れてしばらく後、祭りの運営から、迷子放送が流された。


 しかもフルネームで、着ている浴衣などの特徴も、はっきりと告げられ、エレナの顔は、火を噴くように真っ赤だ。


 幼稚園児ならともかく、小学五年生で迷子放送を流されるなんて、もはや一生の恥!


 そして、その恥じらいによって染まった頬は、体育館裏の暗がりでも、はっきりとわかるほどだった。


(どうしよう……ここまで、話が大きくなるなんて…ッ)


 きっと、同級生にも聞かれただろうし、突然いなくなって、お母さんたちも困っているかもしれない。


(戻った方がいいのかな……?)


 空を見上げれば、月がこちらを見ていた。


 エレナが隠れているのは、体育館裏の奥まった場所だった。


 庭掃除で使うの竹ぼうきが収容されている円柱状のブロックの裏。


 ここなら死角になるため、体育館裏に来る人がいたとしても、そう簡単には見つからない。


 ~~♪


(あ、音楽変わった)


 そして、そこも祭りの会場内だからか、賑やかな音楽が、エレナの元まで響く。


 少々遠いが、軽音部の演奏なのか、ギターやドラムなどの震えるような音が、エレナの耳に入り込むと


(……楽しそう)


 そして『さっきまで、あっちにいたんだなぁ…』と感傷的になると、一人きりの今に、少しばかり寂しさも感じてしまう。


 でも……


(うんん、寂しがっちゃダメ。飛鳥さんとあかりお姉ちゃんに見つけてもらうまでは、絶対に戻らない!)


 ぐっと拳を握りしめたエレナは、再度、気合を入れた。


 自らすすんで迷子になったのは、あの二人の未来を応援するためだ。


 飛鳥さんの恋を応援するため。そして、もう一つ、エレナには気がかりなことがあった。


(このままじゃ……あかりお姉ちゃんが、離れていちゃいそう……っ)


 漠然とした不安を感じているのは、最近、あかりからの連絡が減っていることにある。


 ミサとの件が落ち着いて、前ほど心配をかけることがなくなったとはいえ、密に連絡をとることがなくなり、エレナは不安を抱いていた。


(飛鳥さん、あかりお姉ちゃんにフラれてっていってたけど、多分、それからだよね?)


 なにより、あかりからの連絡が減りだしたのは、あの後からだ。

 

 断ったから、気まずくなってるのかな?


 だから、飛鳥さんの妹でもある私このとも、避けようとしているのか?


(なんで、あかりお姉ちゃん、恋をする気がないのかな? 飛鳥さんのことを好きになってくれたら、みんな、喜ぶのに……)


 華さんも、蓮さんも、侑斗さんも。

 (お母さんは、わからないけど)


 きっと、みんなが祝福してくれる。


 それなのに、どうして?


「エレナちゃーん!」

「!?」


 だが、その瞬間、エレナの名前を呼ぶ声がした。

 

 聞きなれた声だ。

 エレナにとっては、第二のお姉ちゃんといえるような人。


「華さん!」

 

「エレナちゃん、やっぱりココにいた!!」


 やってきたのは、華だった。


 浴衣姿の華は、履きなれない下駄で、トコトコとエレナの元に駆け寄ってくる。


「もう、危ないよ、一人でこんなことしたら!!」


「だって、華さんが、あかりお姉ちゃんと合流したっていうから、今しかないと思って」


「今しかないじゃないよ! みんな、心配してるから、早く戻らなきゃっ!」


「わっ!」


 すると、華はエレナを手を掴み、物陰から引っ張りだした。


 こんな暗がりにいると、ただでさえ危ない。

 

 そう思うと、すぐさま明る場所へ行こうと、祭りの会場の方へと歩き出す。


 だが……


「待って、華さん! 私、飛鳥さんとあかりお姉ちゃんが来るまで、ここにいたい!」


「え!?」


 その手を振り払わずとも、エレナは足を止め、会場に戻ることを拒んだ。


 そして、その瞳がとても真剣で、華はたじろいてしまう。


「エレナちゃん……っ」


 なにより、エレナの気持ちもわからなくはなかった。

 

 たった一人でも、あの迷子作戦を実行したのは、他ならない兄のためだ。


 でも……


「あ、あのね、エレナちゃん。すっごくいいにくいんだけど、飛鳥兄ぃとあかりさん、一緒に探してないの」


「えぇ!!?」


 だが、それは予想外の事だった!

 

 せっかく迷子になったのに、まさか、あの二人がペアになっていないなんて!?


「ウソでしょー! なんで!?」


「いやー、エレナちゃんはあかりさんに会いに行ったんじゃないかって話が出て、あかりさんは神社側にとどまることになって……あと、飛鳥兄ぃは、今頃、お父さんたちと合流しるんじゃないかな??」


「…………」


 まさかの内容に、エレナが複雑な表情を浮かべる。


 こんなにも恥ずかしい思いをして、迷子になったというのに、全くの無駄だった!!


「そっか……じゃぁ、私、なんの役にもたててないんた……っ」


「え、そんなことないよ! エレナちゃんが、飛鳥兄ぃのこと応援してくれてるのは、しっかり伝わってるし! ただ見てるだけの私や蓮より、ずっとずっと役にたててるよ!」


「でも、今日がダメだったら、もう次はないかもしれないんだよ!」


「……っ」


 エレナが、不安げな表情で訴えれば、華は小さく息を詰めた。


「私、嫌だょ……、二人の仲が拗れて、あかりお姉ちゃんが離れていちゃうのは、やだ……っ」


 そして、涙をためながら吐露するエレナに、華は胸を痛める。


(そっか……だから、こんなに、必死だったんだ)

 

 エレナちゃんにとってあかりさんは、一番つらかった時に支えてくれた、心のよりどころのような人だよね?


 だから、きっと不安なんだ。

 今の優しい世界が、変わっちゃうんじゃないかって──


「大丈夫だよ。絶対に、そんなことにはならないから!」


 だが、そんなエレナの肩を掴み、華は強く口にする。


「あかりさんは、離れていったりしないよ」


「な……なんで、そう言い切れるの?」


「だって、信じてるもの」


「信じてる?」


「うん。お兄ちゃんなら、絶対、何とかしてくれるって、私、信じてるの!」


 確証なんて、何もない。

 私も、ずっと不安だった。

 

 でも、さっき、隆臣さんに言われて気づいた。


 お兄ちゃんが諦めてないなら、まだ大丈夫。

 

 だって、これまでも

 必ず、何とかしてくれたから──…


「お兄ちゃんは、ちゃんと分かってるよ。ここで、あかりさんとの縁が切れたら、エレナちゃんが悲しむってことくらい……だから、安心して。絶対に大丈夫だから」


「……っ」


 そう言って微笑むと、不安な思いを包み込むように、華は、エレナを抱きしめた。


 幼い時に、兄がしてくれたみたいに、優しく抱きしめ、頭を撫でてみる。


 すると、エレナは、素直に身を任せると、華の浴衣をキュッと掴み、胸の中に顔をうずめた。


「華さん、いい匂い」


「え、そう?」


「うん、なんだか、安心する……それに、こうしてると、本当に大丈夫な気がしてきた」


 それは、どこかホッとしたように。


 柔らかな表情をうかべたエレナを見て、華は息をついた。


(私も……少しは、大人になれてるのかな?)


 兄には、遠く及ばないだろうけど、それでも、エレナちゃんが、少しでも安心してくれたのが嬉しくて……


「えへへ、良かった! じゃぁ、みんなの元に戻ろっか? ミサさんも心配してたし」


「あ、お母さん、怒ってた?」


 だが、今度は別の理由で、エレナが怯えだす。

 これは、長年の習慣みたいなものなのかもしれない。


 無意識に怒られると思ってしまうのは、母に対する恐怖心が、まだ完全には消えていないからなのか?


 とはいえ、エレナが見つかったあと、ミサがどのような反応をするのか、華には検討がつかなかった!


(これは、どうしよう? ミサさん、やっぱり怒るのかな?)

 

 わからない!

 全く、わからない!!


 だが、ここで時間を食っていると、更に心配をかけるだけだし、トイレに行くと言って出てきた華も、帰りが遅いと思われ、下手すれば迷子放送だ!!


「だ、大丈夫だよ、エレナちゃん! もし、ミサさんに怒られた時は」


「あれ~、女の子がいるー!」


「「!?」」


 だが、必死に話す華の背後から、ふいに声が聞こえた。


 薄暗い体育館裏に響いたのは、抑揚のある男性の声だ。


「こんなところで、なにしてんのー」

 

「わーぉ、可愛いじゃん!」


「……っ」

 

 しかも、人数は3人。

 そして、目が合った瞬間、華はじわりと汗をかいた。


 なぜならそこには、耳にピアスを開けた、あきらかに柄の悪そうな男たちが、こちらに向かってきたからだ。

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