第498話 直球と気づき


 一方、そわそわと落ち着かない中、食事を終えた隆臣たちは、そこから離れることなく、飛鳥たちの帰りを待っていた。


 祭りの運営に、迷子放送をお願いしに行った蓮と航太は、そのままエレナを探しに行き、今この場にいるのは、隆臣と葉月、そして、あかりと理久の4人。


 だが、あれからしばらく、トイレに行ったはずの華が、なかなか帰ってこないことを、あかりは、心配していた。


「あの、華ちゃん、遅くないですか?」


 理久の隣に座る隆臣に問いかければ、隆臣も、あかりと同じように険しい顔をしていた。


 祭りの会場だし、トイレが混み合っているだけかもしれない。


 だが、飛鳥から頼まれた手前、華に、もしものことがあったら──…


「やっぱり、遅いですよね?」


「私、見てきます」


「あ、でも」


「大丈夫ですよ。この神社にはよく来るので、トイレの場所は分かってますし。それに、橘さんは、女子トイレの中に入れないでしょう?」


「そ、そうですけど」


「あかりさん、私も行っていいですか!?」


 すると、あかりがベンチから立ち上がるタイミングつま、葉月も立ち上がった。


「私も、華が心配なので!」


「うん。じゃぁ、一緒に行こっか。橘さん、理久のことお願いできますか?」


「はい」


 すると、あかりと葉月は、華を探すため雑踏の中へと消えていき、その場には、隆臣と理久だけが残された。


「みんな、いなくなっちゃったね?」


 祭りは賑やかだが、どこかガランとした空気を感じ取り、理久が困惑気味につぶやく。


 すると、隆臣は


「まぁ、よくあることだけどな?」


「よくある?」


「あぁ、飛鳥と一緒にいると、よくトラブルが舞い込む」


「………」


 トラブル──その言葉を聞いて、理久は眉をひそめた。


 そんなに、よくある話なのだろうか?

 もしや、こういうドタバタが、日常的に??


(……ヤベー奴じゃん)


 さっきは、あまりの綺麗さと人の良さに、あっさり絆されそうになった!


 だが、トラブル体質だと聞いて、確認しない訳にはいかない!!


「ねぇ、あのお兄さん、うちの姉ちゃんのことなの?」


「……!」


 理久が、直球で問いかければ、隆臣は、小さく息を呑んだ。


 これは、どう答えればいいのか?

 

 じわっと嫌な汗が流れたのは、ここが、とても重要な局面だからだ。


 もしかしたら、自分の発言次第で、親友の人生が、大きく変わってしまうかもしれない。


(よくある……は、余計なことだったかもな)


 きっと理久くんは、あかりさんのことを心配しているのだろう。


 トラブル体質の男に好かれているなんて、弟にとっては、とんでもない話だ。

 

 とはいえ、嘘をついたところで、いずれ、わかってしまうだろう。


 飛鳥は、あかりさんが好きなことを、全く隠そうとはしていないのだから──


「よく、気づいたな?」

 

「え! じゃぁ、やっぱ、好きなの!?」


「あぁ」


 ハッキリと、寸分の迷いなく放たれた言葉に、理久は頬を赤らめた。

 

 姉の恋愛話を聞いたのは、幼稚園の時以来だ。

 姉が、中学生の時、クラスメイトから告白されたという話。


 あの時は、すごく嫌だった。

 大好きな、お姉ちゃんを取られてしまうみたいで。


 だけど、あれから何年もたって、また姉のことを、好きな男が現れた。


 しかも、あんなにもイケメンのお兄さんが!


 だが、最初に本殿の前であった時から、そんな気はしていた。


 姉ちゃんを見つめる、あのお兄さんの目が、あまりにも優しかったから──…


「つーか、小学生にもバレるなんて、わかりやすすぎるだろ、飛鳥のやつ」


「でも、それ本当に、本気なの?」


「は?」


「だって、あのお兄さん、めちゃくちゃモテそうだし」


「まぁ、実際モテまくってるけど、本気だよ。一度フラれても、諦められないくらいにはな」


「一度、フラれてんの!?」


 それは初耳だった!

 そして、全く気付かなかった!?


 だが、ある意味、合点が行く。

 だから姉は、あんなにも困っていたのだと!!


「マジかよ! フラれてんのに諦めてないって、完全にストーカーじゃん!」


「それに関しては、弁解のしようもないな。でも、あかりさんだって、ちょっと、わかんないところあるだろ


「え?」


「LIMEを、三ヶ月も既読無視し続けるくせに、ブロックまではしないし、今日だって、一緒に祭りを回ってくれてる」


「それは……あっちが強引に誘ってきたからだろ。脅迫だ、脅迫だ」


「まぁ、確かに強引だったけどな。でも、本気で嫌がってる女の子を、飛鳥は無理に誘うような奴じゃない」


「え?」


「だから、飛鳥は気づいたんだろうな。あかりさんに、嫌われてはいないって」


「……っ」


 嫌われてはいない──その言葉に、理久は、小さく唇を噛んだ。


(本気で、嫌ってるわけじゃない? じゃぁ、もしかしたら、姉ちゃんも、好きかもしれないってこと?)


 恋も結婚もしないと言っていた、あの姉ちゃんが?


 一人で生きていくと、全く揺らぐことがなかった、あの姉ちゃんが?


(好きなのに、あえて、冷たくしてるのか……?)


 もし、そうなのだとしたら、嫌われようとしてるのだろうか?


 自分と、あのお兄さんが


 あや姉と蒼一郎さんのように、ならないように──…





 ◇


 ◇


 ◇



「華ちゃーん!」


 神社の中を進み、トイレまでやってきたあかりと葉月は、声を上げながら華を探していた。


 トイレは、社務所の近くにあった。

 掃除の行き届いた、とても綺麗なトイレだ。


 神社の景観を損なうことがないよう、木枠で整えられた、風情ある外観。だが、その中をいくら探しても、華からの返事はなかった。

 

「いないみたい」


「まさか、トイレに行くと見せかけて、エレナちゃんを探しに行ったんじゃ」


 あかりが、心配そうに呟けば、その横で葉月が、もしかして──と考え込む。

 

 だが、ありえない話ではなかった。

 

 華は、エレナちゃんを、本当の妹のように可愛がっているし、なにより、凄く心配していた。


 嘘をついて、探しに行った可能性もないとは言い切れない。


「私、ちょっと、電話かけてみます!」


 すると、葉月はスマホを取り出し、華に電話をかけはじめた。


 コール音がなり、それから、すぐに華が電話にでる。


「あ! 華、今どこに」


『葉月、助けて!!』


「え?」


『今、体育館の裏! エレナちゃんも一緒!──きゃぁっ!?』


『あれ~。もしかしてお友達?』


『離してくださいッ!』


「!?」


 電話先から聞こえてきた、ただならぬ声。

 それを、感じ取って、葉月は、じわりと汗をかいた。


 華のそばには、男がいた。

 しかも、一人や二人じゃない。

 

「華! どうしたの!? 何が──あ」


 だが、再度話しかけるも、電話はあっけなく切れてしまい、葉月は蒼白する。


 なんか、やばい人達に絡まれてる気がした。

 しかも、体育館裏なんて、人けのない場所で──


「あかりさん! 華とエレナちゃん、体育館裏にいます! なんか、やばいかも!?」


「え、体育館? ──あ、待って、葉月ちゃん!」


 血相を変えて走り出した葉月は、華を助けに向かったのだろう。あかりも、その後を追いかける。


 だが──


「きゃっ」


 浴衣姿は、走るには、あまりにも不向きだった。

 速度だって、私服で来ている葉月とは、雲泥の差だ。

 

 それに、いくら隣とはいえ、この神社から第二小の体育館までは、それなりに距離がある。


 自分たちが駆けつけても、それまでの間に、華ちゃんとエレナちゃんに、もしもの事があったら?


「……っ」


 その刹那、あかりはスマホを取り出した。


 履歴の中から、すぐさま名前を探し出すと、あかりは、これまで避けていた相手に、何の迷いもなく電話をかける。


(お願い、出て……っ)


 まるで祈るように目を閉じ、あかりは、強くスマホを握りしめた。


(お願い……っ)


 もしかしたら、出てくれないかもしれない。


 そんな、小さな不安を抱きながら──…


 

 

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