第285話 始と終のリベレーション⑩ ~衝動~

 侑斗が家庭教師としてやってきて4ヶ月。

 それは、夏休みに入った頃のことだった。


 夏と言えば、みんな海とか夏祭りとかに行く時期だけど、私自身は夏休み前とあまり変わらず、ずっと家に閉じこもってばかりだった。


 そして、それはセミがけたたましく鳴く真夏の午後、いつものように侑斗に勉強を教えて貰っている時


「ミサちゃんて、いつも着てるよね?」


 侑斗が何気なしに、そう問いかけてきた。


「え?」


「いや、暑くないのかなって」


「……」


 世間は夏真っ盛り。窓を開け広げ、扇風機を回す和室の中は、それなりに涼しい。


 だけど、外の日差しは焼けるように暑くて、長袖で過ごせるほど涼しい訳ではなかった。


「ひ、日焼け……したくないから」


 だけど、その侑斗の質問に、私は咄嗟にその理由を隠した。


 あの日以来、ガラスの破片で傷ついた背中と二の腕の傷を隠すために、私はどんな時も長袖の服を着るようになってしまった。


 知られたくなかった。侑斗に、身体に傷がある女の子だなんて思わたくなかった。


 だけど、家からほとんど出ない私が、日焼け対策だなんて、どこか無理があって……


「……あの、ごめんなさい。暑苦しいですよね。こんなに暑いのに、長袖なんて着ていたら」


 嫌われたらどうしよう。

 変な子だって思われたらどうしよう。


 そんな不安が、グルグルと駆け巡る。だけど、侑斗は


「そうだ。四丁目に、大きなお屋敷があるのしってる?」

「え?」


 瞬間、なんの前触れもなく、別の話をふってきて、私は思わず目が点になった。


「お、お屋敷?」


「うん。青い屋根の。ミサちゃん、知らない?」


 侑斗の言う四丁目にある屋敷とは、もう長いこと空き家なっている古びた洋館のことだ。


 高い塀に囲まれたその屋敷は、とても不気味で、よくみんな『お化け屋敷』と呼んでいた。


「知ってるけど、その屋敷が……なにか?」


「あの屋敷さ。立地もいいし土地もかなり広いのに、なかなか買い手がつかなくて、もう20年くらい空き家らしいんだけど……その理由、なんでか知ってる?」


「……………」


 なんだか、嫌な予感がした。はっきりいって私は、お化けとか幽霊とか、そういう類の話が一番苦手だったから。


「し……知らない」


 だけど、好きな人がニコニコしながら話す話題。それを、嫌がることなどできず


「昔、あの屋敷には、名家のお嬢様が、執事と使用人たちと一緒に暮らしていたんだって。でも、ある時、その屋敷の住人たちが忽然と姿を消したらしい。まるで神隠しにでもあったみたいに」


「……っ」


 瞬間、やはり"そういう類の話"だと確信して、私は、冷や汗と同時に息を飲んだ。


 どうしよう。怖い。何よりその屋敷は、私が高校に行くまでの通学路にあったから。


「あ、あの、神木さ」


「突然4人もの人間が消えて、屋敷の中は空っぽ。荒らされた形跡も、何かが盗まれた形跡もなくて、その上、近隣住民とのトラブルも一切なかったみたいだから、近所の人たちもすごく心配して、神隠しだとか失踪事件だとか、かなりの騒ぎになったらしい。でも、なにより、おかしいのは」


「お、おかしいのは?」


 怖くなって静止しようとした。だけど、不覚にも続きが気になってしまって、私は怖いくせに聞き返してしまった。


「普通、4人も行方不明になったら警察沙汰になる。それなのに、行方不明になった4人、誰一人として捜索願いが出されてないんだって……使用人たちの素性はよくわからないから、なんともいえないけど、名家のお嬢様。しかも一人娘がいなくなったのに、親が捜索願いを出さないのは、おかしいってことで、近所ではこう噂されたらしい。もしかしたら、お嬢様は──親に殺されたんじゃないかって」


「……っ」


 想像よりも、かなりリアルな話に、背筋が凍りつく。


「こ、殺された……?」


「うん。執事と恋仲になったせいで殺されたとか、縁談を嫌がったから殺されたとか、中には4人全員殺されてるんじゃないかとか、色々と噂はあるけど。今でもあの屋敷に買い手がつかないのは、あの屋敷の中には、今もまだ殺されたお嬢様の遺体が眠って──」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 思わず耳を塞ぎながら、悲鳴をあげた。

 軽く半泣きにすらなっていたかもしれない。


「っ~~~もう、やめてください!」


「あはは、そんなに怖かった?」


「だって私、あそこ通学路なのに……っ」


「うわぁ、じゃぁ、夕方帰ったら聞こえるかも、殺されたお嬢様がすすり泣く声」


「ッ……!!!」


 半泣きで怖がる私に、さらに追い打ちをかけてきた侑斗は、妙に楽しそうだった。


「あはは。ミサちゃん。怖いの苦手だったんだ」


「っ……神木さん、思ったより意地悪ですね」


「そうかな。でも、だいぶ涼しくなったでしょ?」


「え?」


「ミサちゃん、暑い中、無理して長袖を着てるみたいに見えたから、もしかして俺のせいかなって思ったんだけど、そうでもないみたいだし……暑苦しいとか思ってないから、安心して。それに暑い時は、また涼しくなる話してあげるよ」


「…………」


 瞬間、暑苦しい見た目を気にしていた私のために、侑斗は怖い話をしたのだと分かって、さっきまで恐怖はあっという間に消えさった。


 心の中は、じんわりと熱くなって、こういう優しい所とか、少し意地悪なところとか、私の感情をコロコロ変えてしまう侑斗に、ますます惹かれていくのが分かった。


 侑斗の隣にいるのは、すごく居心地がよくて、もう暫く感じていなかった、楽しとか、幸せだという気持ちを、再び呼び起こしてくれる気がした。


(どうしよう……)


 話せば話すほど、好きになっていく。


 もっと会いたい。

 もっともっと、傍にいたい。

 この人のことが、好きで好きでたまらない。


 そんな思いが溢れて、それはすごく突発的なとこだったと思う。


「神木さん……っ」

「え?」


 思わず侑斗の方に身を乗り出すと、私は顔を真っ赤にして侑斗を見上げた。


 そして、少し驚いた侑斗と目が合った瞬間


「私、神木さんが、好き……っ」


 今まで、たくさんの人に告白されてきたけど、きっと、私が本気で好きになったのは、後にも先にも、侑斗だけだった。

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