第284話 始と終のリベレーション⑨ ~再会~

 侑斗と再会したのは、あれから約6年が経ち、私が16歳の時だった。


 私は高校2年の女子高生で、対する侑斗は21歳で、大学に通うかたわら、家庭教師のアルバイトをしていた。


 それは、本当に偶然の出会いだったけど、あの時、私を妹扱いして傘を貸してくれた侑斗のことは、今でも印象に残っていて


 正直、父が招き入れた家庭教師が、あの時の”お兄さん”だと気づいた時は、とても驚いた。


(……あの時の人よね?)


 その後は、半ば強引に父に家庭教師だと紹介されて、私と侑斗は二人っきりにされた。


 ……と言っても、私の部屋でというわけではなく、客間として使う二間続きの広い和室の中で、長方形の座卓に教科書やノートやらを広げて教えてもらう感じ。


 4月だったから、縁側の窓は開け広げていたし、定期的に父が様子を見に来ていたから、よくある漫画のような展開にはならなかった。


 もとより、人間不信に陥った大事な一人娘を、父が見ず知らずの男と密室で二人きりにするはずがない。


「じゃぁ、始めようか」


 父が和室からいなくなると、侑斗がそう問いかけてきて、私は無言のまま侑斗をみつめた。


 前にあった時は、まだ少し子供っぽい雰囲気もあったけど、二度目に会った侑斗は、背も伸びて、体つきや服装も大分大人びていて、見違えるように成長していた。


「あの……私のこと覚えてますか?」


 そして、それは私の方も同じで、あの時まだ小学生だったけど、今の私は女子高生。


 6年前とは大分違っていて、もう忘れられてるんじゃないかと思って、ふと問いかけた。


 すると


「おぼえてるよ」


「え?」


だよね?」


「違います!!」


 返事が返ってきたかと思えば、いきなりからかわれた。


 だけど、そう言ってからかう侑斗は、数年前と変わらない人懐っこそうな笑顔を浮かべていて、なんだか凄く安心した。


「お、覚えてたんですね、私のこと」


「そりゃ、なんの疑いも持たず、怪しいオッサンの車に乗り込もうとしてる金髪の美少女なんて、インパクト強すぎて」


「……っ」


 そう言われ、思わず眉をひそめた。


 当時のことを思い返すと、我ながら無知だと思った。まだ純粋だった私は、あのオジサンをいい人だとすら思っていた。


 だけど、友達に裏切られた今の私には、もうそんなふうには思えず、もしあの時、侑斗が声をかけてくれなかったら……そう思うと、自分の愚かさに身が震えた。


「あの時は、守ってくれて、ありがとうございました。あと傘も……」


「いいよ、いいよ。それよりミサちゃんて『紺野』って名字だったんだね。俺、てっきり日本人の家に家庭教師しに行くと思ってたから、いきなり金髪のお父さん出てきてビックリした。家、間違ったかと思った」


「あー、確かにびっくりしますよね」


 侑斗の言葉に、私は頷いた。


 確かに、いきなりこんな武家屋敷から、父みたいな金髪のフランス人がでてきたら、驚くのは無理もない。


 和室から外を見れば、池には錦鯉も泳いでいるし、悠然とした松の木の下は、ユリの花がゆらゆら揺れているのが見える。


 こんな家から出てくるとしたら、普通は、黒髪の和服美人か、白髪のおじいさんか……そんなイメージだ。


「うちの父、日本人の友達の影響で日本が好きになったみたいで、この家ももう古いのに、建て壊すつもりはないって。私はもっと洋風の家が良いんですけど」


「建て壊すのは、もったいないかも、立派な家だし。でも洋風の家かー。確かに、最近はお洒落な家がたくさん建ってきてるし、ちょっと憧れるよね」


「あ、分かってくれます」


「うん、わかるわかる! 俺の家も古いしボロいし、今バイト頑張ってるのも、あの家早く出ていくためだから」


「そうなんですね」


 この時、侑斗が家を出たいといっていた本当の理由を知るのは、もう少し先の話だけど、それから私は、週に一回、侑斗に勉強を見てもらうようになった。



 ◆◆◆


「神木さん、いらっしゃい!」


 そして、それから、2ヶ月がたった頃には、私は、侑斗がくるのを心待ちにするようになっていた。


 学校に行かなくなって、他人と話すことはなくなって、むしろ、人と話すのが怖いとすら感じていたのに、昔、助けてもらった恩があるからか、侑斗だけは、不思議と信用できた。


 何より侑斗は


「ミサちゃんって、頑張り屋さんだね?」


「え?」


 勉強の合間にいわれた、何気ない一言。もしかしたら、社交辞令だったかもしれないけど


「先週教えたところ、ちゃんと解けるようになってるし、あれから何問も解いて覚えたんだろうなって。よく頑張ってるね」


 その言葉は、すごく嬉しかった。


(この人は……私の中身を見てくれてるんだ)


 見た目だけじゃなくて、私の頑張りを褒めてくれた。努力していると認めてくれた。


 ただそれだけのことが、すごく嬉しくて──


「この調子でいけば、期末試験もいい点取れると思う。ちゃんと高校卒業できるといいね」


「……うん!」


 侑斗はこの頃から、とても社交的で、人の心にあっさり入りこんで来る人だった。


 誰にでも優しくて、常に人の和の中心にいるような、そんな人。


 明るくて柔らかい雰囲気に、私にはないその魅力に、気がつけば惹かれていて


(神木さんて……彼女いるのかな?)


 私が、侑斗を好きになるのに、そう時間はかからなかった。


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