第448話 栞と既読


「あ、あのね、榊くん……!」


 今なら、言えるかもしれない。

 『告白されて、嫌じゃなかった』って──


「あ、あの……っ」


 だが、いざ口を開けば、顔は火を吹くように熱くなり、言葉がうまく出てこなかった。


「あ……あの……あのね……っ」


 なんだろう。すごく恥ずかしい。

 まるで、今から告白でもするみたいに!


「…………」

「…………」


 すると、それから華は口篭くちごもってしまい、しばらく無言の時間が続いた。そして、そんな、華を見て、航太が首を傾げる。


(な、なんだろう?)


 顔を真っ赤にする華は、とても可愛いかった。


 しかも、これまでとは違う反応を見せる華に、航太の心拍は、少しずつ上昇する。


(なに、ドキドキしてるんだよ。もう、完全に振られてるってのに……っ)


 だが、その表情に、微かな期待を持ち、未だに、未練タラタラな自分が嫌になった。


 だが、そんな顔をされたら、期待するなという方が無理な話で……

 

「榊ー! 部活いかねーのー!」


 すると、ちょうど同じ部の生徒たちが通りかかり、航太に声をかけた。


 航太は、すぐに『今、行く!』と返事をすると、改めて華に声をかけた。


「じゃぁな。気をつけて帰れよ」


「あ、うん……あの、傘、明日返すね」


「あぁ、わかった」


 すると、なんだ傘のことかと、航太は、あっさり納得して、みんなの元に駆け出し、華は、そんな航太の背をみおくりながら


(っ……なにやってるんだろう?)


 困らせて、傷つけて

 その上、誤解も解けないままだなんて─…



 ◇


 ◇


 ◇



 夕方になり、自室で本を読んでいた飛鳥は、ふと時計を見みつめた。


 時刻は、5時過ぎ。もうすぐ、華が帰ってくる頃だと、飛鳥は、本を読むのを中断し、しおりを手にした。


 桜柄のステンドグラスのように輝く綺麗な栞。


 そして、それを見て、飛鳥は、ふとあかりのことを思い出した。


 先程、あかりにLIMEを送った。

 だが、既読は付いたが、返事はなく……


(あかり、大丈夫かな?)


 少し心配になり、飛鳥は、またLIMEをおくる。


《大丈夫?何かあった?》


 すると、またすぐに既読がついた。

 しかし、そのメッセージに関する返信は、またもや、なく──


(もしかして、わざと既読無視してる?)


 そして、さすがは、お兄ちゃん!

 どうやら、気づいてしまったらしい!


 だがこれも、あかりが『嫌われ作戦』を決行しようとしてると隆臣から、聞いていたからかもしれない。


 正直、フェアではないが、そのおかげか、既読無視をされても、可愛い抵抗のようにしか感じなかった。


 すると、返事のないLIMEに、また一方的なメッセージを書き込んだ。


《蓮、熱さがったよ。ありがとう》


 すると、またすぐに既読がついて、飛鳥はくすりと微笑んだ。


 無視はするくせに、既読だけは、すぐにつく。

 

 そして、それは、あかりが飛鳥のメッセージを確認している証拠。


(こんなことされても、嫌いになんかなるわけないのに)


 確認してるのだと気づくと、飛鳥は、またメッセージを書き込見始めた。


 どんなに避けられても、どんなに嫌がられても、この先、隣にいて欲しいと思うのは、あかりだけだった。


 だから──


《やっぱり俺は、あかりがいい》


 そして、そのストレートな言葉にも、すぐに既読がついた。


 あかりは今、どんな顔で、このメッセージを見ているのだろう?


 既読と表示された、その文字を見て、飛鳥は幸せそうに微笑む。


 ──ガチャ!


 すると、その瞬間、玄関から音がした。

 どうやら、華が帰宅したらしい。


(華……雨、降ってたけど、大丈夫だったかな?)


 先程、やんだばかりの雨。


 飛鳥は、妹のことを心配しつつ部屋からでると、すぐに玄関に向かった。すると、華は玄関先から、兄を目にするなり


「え!? なんでいるの!?」


 デートに言ったはずの兄が、家にいる!!

 だからか、案の定、華は驚いて


「なんで!? デート、行かなかったの!?」


「うん」


「うんじゃないよ! あかりさんに、嫌われたらどうするの!?」


「大丈夫だよ。あかりなら」


「大丈夫って……っ」


 だが、ニコニコと笑顔の兄は、いつも通りで、華は、複雑な心境になる。


 兄が、あかりさんではなく、蓮を選んだ。


 それが、あまりにもいつも通りの兄で、妹としては、嬉しくなってしまったから。


 でも──


「もう! バカ!! 女心なんて、あっさり変わっちゃうんだからね! 余裕そうな顔してると、いつか痛い目みるよ!」


おどかすなよ。それより、その傘だれの?」


「え!?」


 すると、華の傘が、他人のものだと気づいたらしい。

 飛鳥が、そう問いかければ、華はしどろもどろしながら


「こ、これは、榊くんの……っ」


「榊くん? なんで……って。まさか、傘忘れたの?」


「う……うん。忘れました」


「…………」


 瞬間、ニッコリと笑顔になった、お兄様!

 怖い! その笑顔が逆に怖い!


「お前、蓮のこと言えないじゃん。全く、双子揃って忘れるなんて……明日、榊くんに、お礼言っとけよ」


「う、うん。わかってる。それより、蓮は?」


「熱なら下がったよ」


「ホント!」


 すると華は、ほっとしたと同時に、蓮の部屋に駆け出した。


「蓮!」


「あ、華。おかえ──わっ!」


 すると、朝とは違い元気そうな蓮を見て、華は、部屋に入るなり抱きついた。


「蓮~良かった~! 今日一日、落ち着かなかったんだから~~!」


「悪かったって。つーか、抱きつくなよ。風邪が移る」


「大丈夫だよー」


「いやいや、大丈夫じゃないから」


 すると、大丈夫などという華に、すぐさま飛鳥が突っ込み、華を引きはがす。


「ほら、せっかく良くなってきたんだから、華は、あっち行くよ」


「えー! 心配してんのに!」


「それはわかるけど、お前は、うるさいんだよ」


「なにそれ、酷い!!」


 蓮の部屋で、ワチャワチャと揉めだす飛鳥と華。

 すると、そのやり取りを見て、蓮は目を細めた。


(やっぱり、この家は、居心地がいい)


 幸せが、たくさんつまった場所。


 だから、手放したくなくて、ずっと、子供のままでたいと思っていた。


 でも──…


(あかりさんと結ばれても、兄貴は、あんまり変わらないような気がする)


 それは、相手が、あかりさんだからなのか?


 ずっと、兄が誰かを好きになったら、兄を取られてしまうと思っていた。


 きっと、一番から遠ざかって

 手が届かなくなって


 寂しさに、押しつぶされてしまうんじゃないかって。


 でも、あかりさんとなら、そんなことにはならないような気がした。


 あかりさんは、兄のことを、すごくよく理解してくれてる。そう、実感したから──…


「兄貴」

「ん?」


 すると、蓮は、改めて飛鳥を見つめると


「今日は、傍にいてくれてありがとう。おかげで、ぐっすり休めた。それと、あかりさんのこと、頑張ってね」


「え?」


「俺、お義姉ねぇさんができるなら、あかりさんがいい」


「……っ」


 それは、あまりにも唐突すぎる言葉で、さすがの飛鳥も驚いた。


「お、お義姉さんって……っ」


「だって、この前、一緒にお好み焼き食べたの、楽しかったし」


「あ、確かに、楽しかった。一緒にご飯を食べて、ゲームして……本当に、お姉ちゃんができたみたいだった」


 すると、華も同調するように、そういって、三人は、先日、あかりが、神木家に来た日のことを思い出した。


 ほんの些細なやり取りに、幸せを感じた。

 四人で食卓を囲んで、他愛もない話をして。


 そして、あかりを交えて、みんなで笑うあの時間が、なんだか、とても幸せだった。


「いくらなんでも、気が早すぎるよ」


 だが、お姉さんなんて言う二人に、飛鳥は照れながらも微笑で、その後、大切な妹弟を優しく抱きしめた。


「でも、ありがとう。お前たちが、あかりを受け入れてくれるのが……凄く嬉しい」


 大切な人達に、自分の好きな人を認めて貰える。


 それが、どれほど、幸せなことか──


 飛鳥は、二人の想いに、心からの喜びを感じ、そっと目を閉じた。








 これまで、ずっと


 変わりたくないと思って、生きてきた。



 大人になんて、なりたくない。



 そう、思って生きてきた。



 この世界を、壊したくなかったから。



 だから、ずっと変わらぬ『不変』を望んでいた。




 でも、もし、この神木家に



 もう一人、家族が増えたら



 どうなるのだろう?




 きっと、更に賑やかになるような気がした。




 優しい世界は



 形を変えても



 変わらずに、続いて行く。




 そう、思えるようになったのは



 自分たちが、成長したからなのか?




 でも、その未来は



 どこまでも、どこまでも



 続いていくような気がした。





 まるで、雨上がりの空のように





 『虹色の未来』を描きながら──…















────────────────────


皆様、いつも応援頂き、ありがとうございます!

 

雨上がりの空には、きっと綺麗な虹がかかっていたことでしょう。


さて、今章『恋と雨音』編は、ここまでとなります。

そして、次回からは、番外編をお送りします。


10万PV突破記念の3つ目『神木家が温泉旅行に行くお話』です。久しぶりに侑斗パパも出てくる、笑いありな神木一家、是非とも楽しんで頂けたら!


また、その後は、この『神木さんちのお兄ちゃん!』も、ついに最終章にはいります。


最終章のタイトルは「愛と泡沫うたかたのアヴニール」


舞台は夏休み。

あかりの家族である倉色家が、ついに桜聖市にやってきます。


兄の恋を応援する神木家と、あかりの心を守ろうとする倉色家。それぞれの大切なもののために、二つの家族が出会い衝突する最終章。


良かったら、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


それでは、いつも♡やコメントなどで、作者を励まさてくださる皆様、誠にありがとうございます。


終わりに近づいていると思えば寂しくもなりますが、最後まで頑張りたいと思います!


それでは、また次回も、よろしくお願いします!


雪桜

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