第447話 映画館とおひとり様


(ぅう……凄く、いい映画だった……っ)


 その後、あかりは、隣町の映画館まで移動し『ニャンピース』を観覧し終えていた。


 飛鳥にドタキャンされ、一人でやってきた映画館。


 だが、来てよかった。なぜなら、涙が止まらなくなるほど、感動的で素晴らしい映画だったから!


(はぁ……もう一回観ようかなー。雨も、ヒドイみたいだし)


 映画館のフロアから外を見ると、雨は、ザーザーと降り続いていた。次第に強くなる雨足に、あかりの心はどんより暗くなる。


 だが、スマホで天気予報を確認すれば、夕方にはやむらしい。なら、もう一度、映画を見てから帰れば、ちょうどいい頃合ころあいかもしれない。


(一人で映画を見たの初めてだったけど、案外、悪くないかも?)


 いつもは、家族と来たり、友達ときたり。だからか、今まで、おひとり様での映画を見たことはなかった。


 でも、案外一人も悪くない。それに気づいて、あかりは、少しだけ成長できたような気がした。


 この先、一人で生きていくなら、一人で活動する経験は増やしていったほうがいいのかもしれない。


 それは、自立するために必要なこと。

 一人でも大丈夫な姿を見せて、家族を安心させる。


 私は、恋や結婚なんてしなくても、幸せだからと──



 ──ヴーヴー


「……?」


 だが、その瞬間、ポケットの中に入れていたスマホが、小さく振動した。


 マナーモードにしていたスマホを取り出せば、メッセージが入ったのに気づいた。しかも、相手は──


「神木さん……」


 そして、そのメッセージには『映画、観れた?』と、簡単な一言が添えられていた。


 弟の看病で大変だろうに、わざわざ、気にかけてくれるなんて


「……優しくしないでって、何度も言ってるのに」


 こうして、いつも私の決心をにぶらせる。


 だけど、もう迷ったりしない。

 って決めたんだもの。


 すると、あかりは、再び窓の外を見つめた。


 ザ───

 

 耳障みみざわりな雨音は、あの光景を鮮明によみがえらせた。


 彩音あやねが、命を絶った時のこと。


 打ち付けるシャワーの音は、雨の音とよくにていた。

 そして、浴室に充満じゅうまんした血の匂い。


 それは、忘れたくても、忘れられなかった記憶。

 いや、忘れてはいけない記憶。


 あの日、あや姉は、好きな人の家族に拒絶され、手首を切った。


 そして、拒絶された理由は、から。


(しっかりしなきゃ。私だって、あや姉となんだから……)


 恋に浮かれてる場合じゃない。

 むしろ、今日のデートがなくなったのは、よかったのかもしれない。


 一人で聞く雨音は、あの日の決意を同時に、思い出させてくれた。


 もう、あんな悲劇、繰り返させない。

 私の家族に、もう悲しい思いはさせたくない。


 だから──この『恋』を早く終わらせる。



(私に障碍しょうがいがあると知ったら、華ちゃんや蓮くんは、どう思うのかな……?)


 あの二人は、まだ知らない。


 大好きなお兄ちゃんの好きな人が、障碍者しょうがいしゃであるということを──


 将来、耳の聞こえない子を、産むかもしれない女だということを──


 なら、知らないうちに、終わらせてしまおう。


 私が、神木さんに嫌われてしまえば、全てが、丸く収まる。


(返事は、返さないでおこう)


 LIMEを開いたから『既読』は着いただろう。

 だが、あかりは、返事を返さない選択をした。


 いつもなら、すぐに返すが、こうすることで、少しでも嫌われる確率をあげようと。


(早く、嫌いになってくださいね)


 申し訳なく思いつつも、あかりは、スマホをバッグの中にしまい込んだ。


 好きな人に嫌われるのは、苦しい。

 でも、もう、こうするしかない。


 お互いの『未来』のためにも──…

 

 

 

 ◇


 ◇


 ◇



(雨、やみそうにないなぁ……)


 それから暫くして、学校が終わった頃。

 華は、雨の音を聞きながら、途方とほうに暮れていた。


 蓮が心配だから、早く帰りたいのに、傘を忘れてしまったが故に、帰るに帰れないからだ。


(夕方から、やむって言っててたけど、もうちょっと待てば、小降りになるかな?)


 人けのない生徒玄関で、華は一人、空を見上げる。


 どんよりと暗い雲。そして、打ち付ける雨。

 でも、こんな雨の日に、弟は一人で家にいる。


(蓮、大丈夫かな?)


 学校が終わり、LIMEを送ったが、寝ているのか既読がつかなかった。なにより、兄がデートに行ったとしたら、弟は一人きり。


 なら、早く帰ってあげなきゃ!


(しかたない。れて帰ろう……!)

 

 すると、華は、走って帰ることにした。


 いくら濡れて帰ったとしても、双子そろって、寝込むことは、流石に、ないだろう。


 そう思うと、華は雨の中、走り出す。

 だが、その直後──


「神木!」

「……!」

 

 突然、声をかけられ、華は振り向いた。


 生徒玄関から出る直前、奥から、声をかけてきたのは男子生徒だった。


 そして、その人物は──

 

「さ、さかきくん……っ」


 思いもよらぬ人物に声をかけられ、華は動揺する。


 榊くんとは、あれから、全く話せていない。

 だが、まさか、あちらから話しかけてくるなんて──


「傘、忘れたのか?」


「え? あ、うん……っ」


 すると、華が、傘もささずに走り出そうとしたのを見て、とっさに引き止めたらしい。航太は、自分の傘を差し出しながら


「これ、使って」


「え? でも、それじゃぁ、榊くんが」


「大丈夫だよ。俺、この後、部活あるし、終わる頃には、やんでるだろうから」


「でも、もしやまなかったら」


「それでも、大丈夫だって! ほら。蓮のことが、心配なんだろ?」


「……っ」


 図星をつかれ、二の句が告げなくなる。

 確かに心配だし、早く帰ってあげたい。


 だから、濡れて帰る選択をしたのだ。


「あ、ありがとう……っ」


「いや、俺も蓮のこと心配だから、早く帰ってやって」


 そう言って、傘を手渡され、華は申し訳なさで、いっぱいになる。


 やっぱり、榊くんは優しい。


 それなのに、こんなに優しい人を、私は傷つけてばかりだ。

 

「あ、あのね、榊くん……!」


 すると、華は、まっすぐ航太を見つめた。

 心拍がほのかに上昇したのは、気のせいではない。


 だけど、今なら、言えるかもしれない。

 

 『告白されて、嫌じゃなかった』って……っ









**********************



皆様、いつも閲覧頂き、誠にありがとうございます。


とんでもない所で、ぶった斬って申し訳ないのですが、今回は、ちょっとしたお知らせです。


新作といいますが、なんといいますか……comicoノベルがサービス終了してから、ずっとお引越しができずにいた『colorfulカラフル completeコンプリート』を先日、カクヨムで公開いたしました。


comicoで、読んでいてくださっていた皆様には、長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません…汗


執事が終わったので、やっと、再開できまして、私もほっとしました(笑)


ちなみに『colorful complete』は、高校生の少年が『色』を売るお話となります。家族愛や恋愛要素を交えながらも、スリルとサスペンス満載なお話。


また『神木さんちのお兄ちゃん!』とも繋がってる作品なので、そのうち神木兄妹弟も出てきます。


知ってる方も、知らない方も、2作合わせてお楽しみ頂けたら、よりハラハラドキドキできると思いますので、良かったら、覗いてみてください⤵︎ ︎


colorfulカラフル completeコンプリート

https://kakuyomu.jp/works/16816700426559070375


それでは、神木さんちのお兄ちゃん!も、引き続き、応援頂けたら嬉しいです。


それでは、今後とも、よろしくお願いしまーす!

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