第516話 トキメキと無意識


 手と手が触れ合えば、自然と心が高鳴る。


 いや、といった方が、正しいのだろうか?


 ただ触れただけで、こんなにも心が満たされて、愛しいという感情が、溢れて止まらなくなる。


 そして、それは、あかりだからこそ、知ることができた感情で──…


「ん?」


 だが、その次の瞬間、手の平に感じた重さに、飛鳥は首をかしげた。


 重さと言っても大した重さじゃない。


 だが、手を取られた瞬間、確かに何かを乗せられた。

 

 そして、それは500円玉だった。


「え? なにこれ?」


「私の分のです」

 

 入場料──そう言って有無を言わさず手渡された500円玉を見て、飛鳥は思い出す。

 

 確かに、さっき受付をした時に、あかりの分も一緒に源さんに払った!


 そう、特段なにも考えず、無意識に!


 だから、これは勝手に支払われた入場料を『返す』という意味なのだろう!


「あー、うん、入場料……そうだね。返すよね、さっきの唐揚げもそうだったし……でもさ、お前『男をたてる』って言葉、知ってる?」


「知ってます。だから、源さんお知り合いの前では返さなかったんです」


「あー、そうなんだー。源さんの前では気を使ってくれてたんだね。ありがとう! でもさ、500円くらい奢らせてくれてもよくない!?」


「嫌ですよ! あなたからは、びた一文いちもんだって奢られるつもりはありません!」


 唐揚げ代も突き返してきたが、今度は入場料もとは!?


 なにより、断固として『嫌だ』といいはるあかりは『一切、借りは作らない!』とでもいっているようで、飛鳥は複雑な表情を浮かべた。


 せっかく二人っきりになれたというのに、まさか、ここでも鉄壁とは。


 正直、二人きりになれば、少しくらい本音で話してくれると思っていた。

 

 さっきも電話をかけてきてくれたし、一緒にお化け屋敷に入りたいとも言ってくれた。


 それもあってか、心を開いてくれるかもしれないと、微かながらに期待していたのだ。


 しかし、全く、そんなことはなかったらしい!!


「酷いなぁー。俺は、って意味だと思ったのに」


「……っ」


 すると、手渡されたお金をしまい込むみながら、飛鳥が残念そうにそう言って、あかりは、カッと頬を赤らめながら

 

「ち、違いますから! 変な勘違いしないでください! 直接、返すと言っても、神木さん、受け取ってくれないでしょ!? だから『手を貸して』といったんです!」


「あー、確かに直接言われても受け取らなかったかな。言葉ではなく物理で解決したのは正解だよ。てか、俺のことわかってるね。愛かな?」


「違います!!!!」


 ニコニコと楽しそうに笑う飛鳥は、全くダメージを受けていないようで、あかりは、飛鳥のペースに巻き込まいと、スタスタと、お化け屋敷の中を歩き出した。


 すると、飛鳥は、あかりの後に続きながら


「あかりは、お化け屋敷、怖くないの?」


「怖くありません」


「ホントかなー?」


「ホントですよ。お化け屋敷なら、子供の頃に、何度か入ったことがありますし、高校の文化祭でも、お化け役をやったことがあるので」


「そうなんだ」


 どうやら、あかりは平気なタイプらしい。


 確かに、さっきから不気味なフランス人形や、おどろどろしいドクロのオブジェなどが、廊下の至るところに飾ってあるが、あかりは平気な顔で、その前を進んでいく。


(そういえば、あかりって、一人でホラー映画とか見れるタイプだったっけ?)


 なら、こんな子供だましな、お化け屋敷に脅えることはないのだろう。


(ドキドキしてたのは、俺だけなのかな?)


 先ほど、触れた手の感触を思い出しながら、飛鳥は、少しだけ残念な気持ちになる。


 あかりは、今も嫌われようとしているのだろう。


 前に、隆ちゃんが教えてくれたように……


 だが、それから廊下を進み、あかりが最初の教室の前に立った時──


「あ、ちょっと待って、あかり!」


 1年1組と書かれた教室のプレート。

 その前で、飛鳥が呼び止めた。


「え? なんですか?」


「俺が先に入るよ」


「え? 先にって、別に大丈夫ですよ」


「大丈夫じゃないよ。これみよがしに扉がしまってるってことは、開けたら、何か降ってくるか、飛びだしてくるかだと思うよ?」


「え!?」


 そう、この扉は、先程、華と葉月が開けて大絶叫した扉である。


 つまり開けたら、手のひらサイズのクモのぬいぐるみが、顔面めがけて落ちてくるのだ!


 そして、さすが、お兄ちゃん。

 

 危機管理能力がずばぬけて高いからか、早くも危険を察知したらしい。


 正直、お化け屋敷を企画した人間からしたら、これほど厄介な客はいないだろう。


「とりあえず、俺が開けるから、あかりは下がってて」


「……っ」


 そして、あまりにも紳士的な飛鳥の対応に、あかりは眉をひそめた。


 こういうことを、さりげなくできてしまうから、彼は人気者なのだろう。


 相変わらず優しいし、こんなことをされたら、誰だって好きになる。


 現に自分だって、この優しさに絆されて『恋すらしない』と断じていた決意を、無惨につき崩されてしまったのだ。


 でも、これ以上、好きになりたくない。



 離れるのが


 もっともっと、辛くなってしまうから──…



「いえ、いいです」


「え? いいって……まさか、あかりが開ける気?」


「そうですよ」


「ダメだよ、俺が開ける」


「だから、いいって言ってるじゃないですか! 私が開けます」


 そう言って、あかりは飛鳥を振り切り、扉に手をかける。


 怖がるような年齢ではない。


 それに、何か仕掛けがあると事前にわかっているなら対処もできる。


 だが、そんなあかりに飛鳥は──


「わかった。じゃぁ、?」


 そう言って、あかりの手に、そっと自分の手を重ねてきた。

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