第517話 飛鳥とルイ


「わかった。じゃぁ、一緒に開ける?」


 そう言って、飛鳥は、あかりの手に、そっと自分の手を重ねてきた。


 それは、もう自然な流れで。反論の言葉すら、発する間もなく重ねらた。


 もちろん、飛鳥としては、女の子を先に行かせるわけにはいかないと思ったのだが、あかりにとっては、その気遣いが、余計なことでもあり……


「何をしてるんですか?」


「何って、どっちも引かないなら、二人で開けるしかなくない?」


「………」


 確かにその通りだ。

 どちらも引かないなら、一緒に開けるしかない。


 なにより、手を離して欲しいなら、ここは『引け』と言われているようにも感じた。


 だが、ここで引いてしまったら、完全に主導権を握られてしまう。


 すると、あかりは──


「そうですね。では、『せーの』で一緒に開けましょうか?」


 だが、ここで、反論しても手は繋がったまま。そんなわけで、この状況から、いち早く逃れようと、あかりは、にかかったらしい。


 にっこり笑いながら、あかりは、飛鳥の提案を了承してきた。


 とにかく、このを何とかしたい。


 そして、そのためには、この扉を開けるしかないのだ。そして、扉を開けてしまえば、神木さんだって、この手を離すしかなくなる!


 すると、あかりは『せーの』と声を上げ、二人は、一緒に教室の扉を開いた。


 ──ガラッ


 と、開け放たれた扉。

 旧式のためか、少しだけ滑りが悪い。


 そして、その瞬間、頭上から何かが落ちてきた。飛鳥が言った通り、お化け屋敷ならではの仕掛けが施されていたらしい。


「なんだ、ぬいぐるみか」


 だが、頭上から降ってきたのは、クモのぬいぐるみだった。


 プラーンと、飛鳥とあかりの目の前で、ゆらゆらと浮遊するクモ。すると、あかりが


「本当に、仕掛けがあったんですね?」


「だから、言っただろ」


 扉から手を離し、中に入った二人は、さして驚きもせず話をする。


「あかり、クモにがてじゃない?」


「本物は苦手ですけど、大丈夫です。それに、よく見たら、可愛い顔したぬいぐるみですし」


「あー、確かに、ちょっと憎めない顔してるよね」


 先程、華と葉月が絶叫したクモを『可愛い』などという飛鳥とあかりは、完全に意気投合し、脅えるどころか、笑顔すら見せていた。


 そして、先程から、クモのぬいぐるみを落とすために、物陰で、スタンバっていた運営委員の小森くん(モブ・22歳)は、目の前でイチャつく二人を見て、憤りを感じていた。

 

(……なんか、全くビビってない)


 さっきの高校生グレープは、かなりいい反応をしてくれたのに、なんだ、この二人は!?


(悔しい……! 悔しいぞ!)


 そして、未だかつて、この扉を開け、悲鳴を上げなかった者はいない!


 それなのに、この2人は、悲鳴どころか、笑いあっていた。しかも、入る前から勘づくとは!?


(この二人、絶対ビビらせてやる!)


 そして、全く平気そうな二人の姿を見て『身の毛がよだつほどの恐怖を!』と、小森くん(モブ・22歳)が、密かな闘志を燃やしたのは、ここだけの話。



 





 


 第517話 飛鳥とルイ


 


 




 ***


 その頃、子供たちが入っていくのを、お化け屋敷の外で見ていたミサは、侑斗の隣で渋い顔をしていた。


「ねぇ、侑斗。ひとつ聞きたいことがあるわ」


 そして、唐突に問いかければ、侑斗は首をかしげるながら


「なんだ? いきなり」


「ちょっと、気に鳴り出したら、止まらなくなっちゃって……っ」


「は??」


 何が止まらないのか?

 意味不明なミサの発言に、侑斗は限界まで首を捻る。

 

 だが、はっきりと言わないミサは、ミサで、言うか言わないかを迷っていた。


 まだ、確信があるわけではない。

 だが、なんとなく、そう思ったのだ。


 もしかしたら、飛鳥のは、ではないか──と。


(今、飛鳥、あかりさんと、一緒に入っていったわよね? やっぱり、そうなのかしら?)


 なんとなく、女の勘が働いた。

 

 飛鳥には今、好きな人がいる。


 そして、それが隆臣君でないなら、あかりさんである可能性が、一番高い。

 

「なにを、悩んでるんだ?」


 すると、うんうん悩むミサに、侑斗がまた話しかけてきた。


 そして、ミサは思う。


(侑斗は、飛鳥の好きな人の事、本当にしらないのかしら?)


 さっきは、話がそれて有耶無耶になったが、正直なところ、侑斗なら、知っていそうな気がした。

 

 息子の想い人が、誰かなのか──

 

「侑斗。飛鳥の好きな人って、あかりさんなの?」

 

「!?」


 すると、単刀直入に放たれた言葉を聞いて、侑斗が目を見開いた。


(ミサのやつ、まだ気にしていたのか!)


 同じ親として、ミサの気持ちは十分分かるが、はたしてこれは肯定して良いものなのか?

だが、かなり確信に迫るところまで来ていて、侑斗の額には、わずかな汗が滲む。

 

「なんで、あかりちゃんなんだ?」


 すると、侑斗は、話をそらしつつ、その理由を問いかけた。


 なぜ、ミサが、そう思ったのか?が、ものすごく気になる!


 すると、ミサは、苦い過去を思い出しながら、話始めた。


「私、あの子たちが一緒にいるの、久しぶりに見たのよ。多分、以来よ」


「あの日?」


「私が、エレナを殺そうとした日」


 あの日の記憶は、今も鮮明に覚えている。


 エレナに裏切られた気がして、もう生きていくのも辛くなって、エレナと一緒に死のうと思った。


 でも、そんなエレナを、飛鳥とあかりさんが救ってくれた。

 

「あの日、飛鳥は身を呈して、あかりさんとエレナを護って、あの子の腕には、私が与えた傷が、今もしっかり残ってる。本当に、酷い親だわ、私って……だから、飛鳥とエレナには、出来る限りの償いをしたいと思ってる。もう傷つけたくないし、どんな夢だって、恋だって応援する。だから、あかりさんが、さんに似てるからって、反対なんてしないわよ」


「……っ」


 まるで、見透かしているかのように、ゆりの名を出され、侑斗は息を呑んだ。


 ミサに話していいか迷っていたのは、それがあるからだ。


 あの日、ミサは、あかりちゃんをゆりとダブらせ傷つけようとした。


 飛鳥が、エレナに口止めしているのも、あかりちゃんに、ミサの敵意が向かないようにだ。


 しかし、ミサはミサで、あかりさんのことを気に入っているのだろう。


 ゆりに対しても、誤解は解けたし、今の話を聞く限り、あまり警戒しなくてもいい気がした。


 なにより、いつかは話さなくてはならないことだ。


 飛鳥は、まだ諦めるつもりはないのだから──…


「はぁ……よく気づいたな。女の勘ってやつか?」


「違うわよ。私、あの子たちが一緒にいるの、久しぶりに見たって言ったでしょ?」


「え?」


「いえ、久しぶりに見たから、気づいたのかもしれないわ。飛鳥が、あかりさんを見つめるときの目が、とても優しくて……何となく、父と同じだと思ったのよ」


「父って……ルイさんか?」


「えぇ、私の父が、に、よくあんな表情かおをしていたのよ」


 娘からみても恥かしくなるくらい、父は、母を愛していた。


 それは、きっと、今も変わらず。


 そして、あかりさんを見つめる飛鳥の愛おしいそうな瞳が、若い頃の父と重なった。


 それで、ピンと来た。


 飛鳥の好きな人は、あかりさんかもしれないと──…

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