第518話 嫉妬と庇護


「じゃぁ、やっぱり、あかりさんなのね、飛鳥の好きな人は──」


 ミサが、納得したように目を窄めると、侑斗は、しみじみと息を吐いた。


 ミサは一時期、あかりを極端に毛嫌いしていた。


 大切な娘を奪われるのを恐れたのか?

 ゆりの面影を、あかりに重ね、傷つけようとすらした。


 でも、今は、そのあかりを息子の想い人と受け止め、応援する気ではいるらしい。


「……丸くなったもんだな。入院したのが良かったのかな?」


「え、何か言った?」


「いいや。まぁ、息子の恋を応援する気になってるなら良かった。でも、くれぐれも余計なことはするなよ」


「なによ、余計なことって」


「だって、お前、すぐ暴走するし」


「失礼ね。別に暴走するつもりはないし、口だって出す気はないわよ。これ以上、飛鳥に嫌われたくはないし」


「そうか、そうか、それならよかった。ぶっちゃけ、飛鳥が隆臣くんと付き合ってるって勘違いしてたのは、かなり悪手だったと思うぞ」


「え? どうして?」


「どうしてって、お前、よりにもよって、あかりちゃんに話したんだろ? 二人が付き合ってるって?」


「………」


 確かに、話した。

 あかりさんは、飛鳥とも仲がいいし、何か知ってそうだと思ったから。


 それに、友達がいないミサにとっては、唯一、相談できそうな子で──


「え、えぇ、それで、あかりさんが付き合ってないって教えてくれて……あ、いや、ちょっとまって! ということは飛鳥、自分の好きな女の子に、男と付き合ってるかどうかを確認されたってこと?」


「その通りだよ。飛鳥の気持ちを考えてみろ。相当ショックだったと思うぞ」


「そ、そうよね!? ど、どうしよう……私ったら、なんて酷いことを! あとで、ちゃんと謝るわ! 飛鳥と隆臣くんに!」


「いやいや、余計なことするなって言ったよね!? その話、絶対にあかりちゃんの前で蒸し返すなよ! てか、何もせず、じっとしてて!」


 そして、またもや暴走しそうなミサをみて、侑斗が慌てふためく。


 やっぱり、うちあけない方が良かったかもしれない。この前妻は、何をしでかすか分からないから。


「とにかく、そろそろ、エレナちゃん達が出てくるかもしれないし、出口に行って待っとくぞ」


「あ、そうね」


 すると、早々に話を打ち切り、お化け屋敷の出口へと向かって行った侑斗をみて、ミサも、その後に続いた。


 だが、歩きながら考えたのは


(飛鳥はともかく、あかりさんは、大丈夫かしら?)


 あの子は、とても優しい子だ。

 でも、だからこそ、心配だった。


 なぜならミサは、人の嫉妬が、どれほど恐ろしいものかを、よく知っていたから。


 応援したい気持ちはある。

 

 でも、飛鳥に恋をしていたのに、選ばれることがなかった人たちの嫉妬心。


 それが全て、あかりさんに向かってしまう場合もある。


 そして、そうなった時──


(飛鳥はちゃんと、あかりさんを守ってあげられるのかしら?)

 


 ◇


 ◇


 ◇


 

「狭山さん、見て! スタンプ、見つけたよ!」


 お化け屋敷の中、エレナが無邪気な声をあげた。


 神木家御一行中、一番乗りでお化け屋敷に入ったエレナと狭山は、あの後、一年生の教室を通り、二階へ上り、そのまま渡り廊下を通って、特別棟までやってきた。


 特別棟には、美術室や音楽室がある。

 

 不気味なガイコツや一人でになるピアノなど、どこか懐かしい仕掛けもあったが、エレナにとっては、かなり新鮮だったらしい、全てのお化けたちに可愛らしく驚いていた。


 そして、そんな無邪気な姿を見つめながら、狭山はしみじみ思う。


(エレナちゃん、本当に可愛いなぁ~)

 

 見た目の可愛さは勿論だが、モデルやってた時よりも、ずっといい笑顔をしていた。


 作り物の大人びた笑みではなく、本当に楽しんでる時の子供らしい笑顔だ。


 そして、その笑顔が、驚かされた瞬間、愛らしく歪むのが、またいい。


 笑ったり、驚いたり、涙目になったり。


 こんな姿を見せられたら、勝手に、庇護欲をそそられてしまう。


「ねぇ、狭山さん。これで、スタンプ全部集まったよ!」


 すると、エレナが、手にしたカードを、狭山の前に差し出してきた。狭山は、目線をエレナにあわせると


「ホントだ。全部、エレナちゃんが見つけちゃったな」


「えへへ! これで、お菓子、貰えるよね?」


「貰えるよ。どんな、お菓子だろうな?」


 モデル時代には、お菓子だって制限されていたらしい。


 エレナの行動・食事・交友関係、その全てを、当時は、ミサさんが牛耳り支配していた。


 だが、今は、その支配から解放され、ミサさんと喫茶店に、ケーキを食べに行くほどらしい。


 だからか、お菓子を喜ぶエレナを見ると、自然と涙が滲んでしまう。


(うぅ……良かった。本当に、よかったよ、エレナちゃん!)


 もう歳なのだろうか?(まだ27歳)

 最近、涙腺が、ゆるんで仕方ない。


 だが、当時、致命的なミス(オーディションの件)を犯した狭山にとっては、エレナが元気でいてくれるだけでも、嬉しいし、感動的なことだった。


 だが、急に涙目になった狭山を見て、エレナが首を傾げながら


「狭山さん、どうしたの? もしかして、おばけ怖かった? 私と手をつなぐ?」


 そう言って、キュッと手を握りしめてきた。


 兄も、かなりの人タラシだが、その妹も、なかなかなものだった。

 

 だって、つぶらな瞳が、本気で心配して見つめてくるのだ!


(うわぁ~~~~~、小学生でこれかぁ。神木くんも、めちゃくちゃモテててたけど、エレナちゃんも、高校生くらいになったら、モッテモテなんだろうな~)


 いや、きっと、もう既にモテているかもしれない!


 そして、年頃になれば、飛ぶ鳥を落とすごとく、モテまくる未来が、軽々と想像できる!


 だって、このずば抜けて美人な兄妹は、易々と人をたらしみ、骨抜きにしてしまうからだ!

 

(……なんて、恐ろしい兄妹だ)

 

 そして、忘れてはいけないのが、エレナは今、だということ。

 

 この可愛さに、心を奪われてはいけない!

 というか、奪われたら社会的に終わる!!


 狭山は、そっとエレナから、手を離すと


「大丈夫だよ。ちょっと目にゴミが入っただけだから」


 と、なにごともなかったように笑いかけ、先へと進んだのだった。

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