第465話 スカウトとお化粧


 お昼前になり、あかりは駅にいた。


 長い髪を、ふわりとなびかせ、爽やかなワンピースを着たあかりは、電車からでてきた母と弟を、笑顔で出迎えていた。


「お母さん、理久! こっちだよー」


「よかった、無事について。この街にきたのは、あかりが引っ越た時以来ね」


「そうだね。一年半ぶりくらいかな?」


「そうよ。あ、お昼は、どこで食べましょうか? 理久が、あかりが働いてる喫茶店に行ってみたいって言ってるけど」


「え?」


 すると、あかりが、キョトンと首を傾げた。

 そして、今度は理久が


「姉ちゃんが、どんなところで働いてるか、俺、見てみたい」


「そっか。じゃぁ、いってみる? すごく素敵な喫茶店でね、料理も美味しいのよ」


 家族と話していると、不思議と気持ちが紛れた。


 今日は、楽しい一日にしよう。

 久しぶりに、家族との時間を楽しもう。


 そうすれば、いつか忘れるはずだ。


 初めての恋のことは──


(早く忘れよう。神木さんとのことは……)


 全部忘れよう。


 そして、前に進まなくちゃ──…









     第465話「スカウトとお化粧」









◇◇◇


「あっち~。こんな日にまで、スカウトかよー!」


 お昼前、モデル事務所に務める狭山さやま まことは、公園にベンチに腰掛けていた。


 炎天下でのスカウトの仕事。


 流石に疲れたのか、自販機で炭酸飲料を買った狭山は、ぐびぐびと喉を潤していた。


「はぁ……しかし、みつからないなぁ。綺麗な子」


 ちなみに、エレナが、モデル事務所を辞めたあと、狭山は、別のモデルの担当をしながら、時折こうして、スカウトにも繰り出している。


 だが、飛鳥やエレナといった神レベルの美人を目にいしてたから、最近は、普通の可愛い子たちが、雑魚に見えてしまうのだ!


 なにより、もう、あのレベルの美男美女には、お目にかかれない気がする。だが、それは、分かってるはずなのに、つい探してしまうのだ! 絶世の美女を!!


「ああああああ、マジで、神木くんたちのせいだ! あの子たちのせいで、俺の目、肥えまくってるよ! マジでやめろよ、俺! 今後、あのレベルが見つかるわけないだろうぉぉ! あんな異次元に綺麗な子たちを探してたら、スカウトなんて、絶対うまくいくはずがないからぁぁぁあ!!」


 狭山は、頭を抱えた。


 だが、一度、頂点の美貌を目にしてそまうと、他が霞まくってしまうのだ!


 しかし、これでは、仕事にならない!


「一流じゃなくていい。二流だ。二流の美女を探すんだ……っ」

 

「ねぇ、今日のお祭り、行く?」


「私は、行くよ。お母さんが、連れて行ってくれるって!」


「……!」


 すると、今度は、狭山の横から、子供たちの声が聞こえてきた。


 ベンチの横にたつ掲示板には、夏祭りのポスターが貼ってあった。


(あ……そういえば、今日だったな。夏祭り)


 榊神社の夏祭りは、4時からはじまるらしい。


 神社の境内と、隣に立つ小学校をつかって行われ、少し離れた中学校のグランドからは、花火も打ち上がるそうだ。


 小さい町の夏祭りながらも、そこそこ見応えにある祭りらしく、モデル事務所の社員たちも、何人か見に行くといっていた。


(祭りかぁ……そういえば、俺、行ったことなかったなぁ。今晩、行ってみるか)


 冷えた炭酸飲料を飲み干し、狭山は、水分補給を終わらせる。


「よし、もう一仕事するか!」


 そして、夜の夏祭りを楽しみにしつつ、狭山は、公園から出ていった。



 ◇


 ◇


 ◇


 

 そして、それから、数時間後。


 エレナの家にやってきた華は、着付けの準備をしていた。


 持参した華の浴衣は、ピンクグレーの生地に、百合の花が描かれたモダンな浴衣だった。

 

 そして、この後は、少し前までは想像もしていなかったことが始まるのだ。


 そう、なんと華はこれから、父の前妻であるミサに、浴衣を着付けてもらうのだから!


「華さん! こっちだよ、お母さんの部屋!」


 エレナに連れられ廊下を進むと、華は、ミサの部屋に入った。


 ミサの部屋は、あまり物がなく、落ち着いた女性の部屋と言った感じだった。


 ベッドに、アンティークのドレッサー。


 あとは、チェストや姿見など、必要最低限の家具があるだけ。


 だが、上品な香水の香りがする室内は、ミサらしさが染み付いた部屋だった。


「華ちゃん、メイクはしてきた?」

「え?」


 すると、背後から、ミサが声をかけけてきた。

 華は、その言葉に


「メ、メイクですか!?」


「えぇ、浴衣を着る前に、メイクとヘアセットを済ませるの。着付けた後だと、化粧品やヘアスプレーが、浴衣についてしまうかもしれないから」


「あ、なるほど!」


 さすが、ミサさん。


 モデルをめざしていただけあって、思考回路がプロだ!しかし、メイクと言われ、華は恥じらいながら


「あの、ミサさん。私、あまりメイクをしたことがなくて」


「あら、そうなの? じゃぁ、やってみる?」


「え、でも」


「大丈夫よ。華ちゃんが良ければ。そこに座って」


 すると、ドレッサーの前に座るよう促され、華はイスに腰かけた。


 そして、ミサがドレッサーの引き出しを開ければ、その中には、たくさんの化粧品が並んでいた。


(わぁ……女の人の部屋って感じだなぁ)


 それは、男世帯で育った華には、見慣れない光景だった。


 なにより、あの綺麗な兄ですら、化粧はしないのだ。


 まぁ、化粧なしで、あの美貌を維持しているのかと思うと、なんとも恐ろしい話だが、兄から教わることがなかったからか、華は、その辺に関しては、とても無頓着だった。


「すごい、いっぱいありますね。何が何だか、よく分からないです」


「分からないなら、教えてあげるわ。それより、今日は、どうしましょうか? 華ちゃんは、若いし。浴衣に合わせて、ナチュラルな感じかしら?」


「あ、えっと、なんでもいいです! お任せします!」


「ふふ」


「ねぇ、華さん、もしかして、緊張してる?」


 すると、ぎこちなく肩を張る華をみて、エレナが笑顔で問いかけた。


「き、緊張するよー!」


「大丈夫だよ。私もよくしてもらってるけど、お母さん、メイク上手なんだよ!」


「え!? エレナちゃん、小学生で、もうメイクしてるの!?」


「うん。お仕事の時とか、必要だったから」


 ──あ、そうか、モデルの!


 華は、口にせずとも、納得してしまった。

 

 確かに、エレナちゃんは、モデルをしていたのだから、メイクには慣れてそう!


 だが、まさか、小学生で、メイクデビューを果たしているとは!?

 

「あの、ミサさん。やっぱり、お化粧って大事ですか?」


「うーん、人によるとは思うけど……会社や改まった場に出る時は必要ね。女にとっては、身だしなみの一つだから」


「……そっか。じゃぁ、私もそろそろ始めた方がいいのかな?」


 しみじみと、そう口にする。


 化粧に興味がなかった訳ではないが、おこづかいで、わざわざ高い化粧品を買おうとは思わなかった。


 それに、これは、ある意味、兄のせいでもある。


 華が『私も、お化粧とか覚えた方がいいのかな?』といった時『華は、素のままのままでも可愛いから、しなくてもいいよ』なんていって甘やかしてきたからだ。


 まぁ、それを鵜呑みにしてきた、自分も悪いのだが……


「ミサさんのお肌、すごくキレイですよね」


「そうかしら?」


「そうですよ~。飛鳥兄ぃも、憎たらしいくらい綺麗なんですよ、同じもの食べてるのに!」


「ふふ。確かに、飛鳥は、驚くくらい綺麗に成長していたわ」


「やっぱり、遺伝ですかね? 美形遺伝子?」


「それは、どうかしら? でも、私の父も、確かに綺麗な人だったわ」


「え? それって、飛鳥兄ぃのってことですか?」


「そうよ」


 そして、その話には、思いのほか、動揺してしまった。


 あの兄のおじいちゃん!?

 しかも、美形!?


(うわっ、どんな人なのか、めちゃくちゃ気になる!?)


「ねぇ、お母さん。おじいちゃんの写真とかないの?」


 すると、エレナも興味を抱いたらしい。

 横から、写真はないかと訊ねてきた。

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