第114話 傘と隠し事

 

「じゃぁ、今日はありがとう」


 あかりから傘を手渡された飛鳥は、玄関前で、にこやかに挨拶を返した。


 あれから、二人でしばらくゲームをして、時刻は午後7時半を過ぎた。


 そして、先程、蓮からのLIMEに気づき「今から帰る」と返事をした飛鳥は、予定よりかなり遅くなってしまったことを反省する。


 あの双子の事だ。

 きっと心配しているかもしれない。


「折り畳み傘でいいんですか?」


 すると、あかりが話しかけてきて、飛鳥は目を合わせた。


「うん。折りたたみの方が、返す時かさばらないし」


「そうですね。……あの、それより、本当に大丈夫ですか?」


「え?」


「いえ、あんなことがあった後なので」


 あんなこと──そう言われて、飛鳥は再び紺野ミサ自分の母親のことを思い出した。


 確か、エレナは、この近所に住む子だと、あかりは言っていた。となれば、またどこかで遭遇する可能性は十分にある。だが……


「大丈夫だよ」


 その後、ニコリと微笑むと、飛鳥は、心配そうに見つめるあかりにやさしく言葉を落とした。


 大丈夫だなんて確信は、全くない。誰かのために笑ってるのも、きっと、今も変わらない。


 それでも、不思議と今は──しんどくなかった。


「あの、神木さん……」


「ん?」


「夕方言ったことはホントなので、もし悩みがあるなら、いつでも話に来てくださいね?」


 すると、あかりが、また、ふわりと笑って、飛鳥は、また目を細めた。


 ただ話を聞いてもらっただけ。問題なんて何一つ解決してないのに、それでも不思議と、心は軽くなっているのは、きっとあかりのおかげだ。


(だから、エレナも……あかりに、あんなに懐いてたのかな)


 その瞬間、漠然とそう思った。


 もしかしたら、あの子も、あかりに救われたのかもしれない。そう思うと自分たちは「兄妹」なのだと、否応にも実感してしまった。


「そっか……」


「?」


「いや……じゃぁ、どうにもならなくなったら、またあかりに、愚痴を聞いてもらおうかな?」


 また笑いかければ、飛鳥は玄関の扉を開けた。


「じゃぁ、またね」


「はい。お気をつけて」


 改めてあかりに別れを告げると、飛鳥は、あかり見送られながら、やっとのこと自宅への帰路へついたのだった。













 第114話 傘と隠し事








 ◇◇◇


「飛鳥兄ぃ!! お帰り!!」


 自宅に戻った飛鳥が、家に入ると、待っていましたと言わんばかりに、双子たちが玄関に顔を見せた。


 少し慌てた様子で、兄の元に駆け寄ってくる双子。それを見て、飛鳥は半ば驚きつつも、いつもと変わらぬ返事をかえす。


「ただいまー。遅くなってゴメンね」


「ゴメンねじゃないよ! なんで、こんなに遅かったの!? もう8時だよ!?」


「あー、ちょっと後輩の家に寄ってて」


「「…………」」


 瞬間、双子は表情を曇らせた。


 兄の様子は普段と特に変わりない。だが、本を貸すだけではなく、後輩の家にわざわざ寄っていたのかと思うと……


「兄貴、傘はどうしたの? 持ってなかったんでしょ?」


「あー、それも後輩から借りてきた」


「へー」


 蓮が再度問いかければ、飛鳥は、あかりから借りてきた傘を傘立てにさし、双子に背を向け、靴を脱ぎ始めた。


 そんな兄をみて、華は蓮に顔を寄せつつ、兄に聞こえないように小声で話しかける。


「ねぇ……あの傘どう思う?」


「うーん……一見して黒い傘だから男性用に見えなくもないけど、よく見れば、ところどころ花の模様が入ってる。それに、あの形状からして、晴れ雨兼用の折り畳み傘……」


「晴れ雨兼用……日傘として使うってことは……」


 持ち主は、女性!!


 まさか、後輩などと言いながら、マジで彼女の家に行っていたのなら由々しき事態だ!


 しかも、なぜ隠す!

 隠さなきゃいけないような相手なのか!?


 不倫? 熟女? それとも先生?

 世の中には、隠さなきゃならない禁断の恋は山ほどあるだろうが、まさか、うちの兄が!?


 双子は、その会話で傘の持ち主が「女性」であることを察すると、疑惑に満ちた視線を兄に向けた。


「ねぇ、飛鳥兄ぃ」


「ん? なに?」


「その後輩って、名前なんていうの?」


「え?」


 背後から華が兄に問いかければ、飛鳥は、首を傾げつつ振り向いた。そして


「あ、そういえばアイツ苗字なんていうんだろう。聞くの忘れてた」


((ええぇぇ!! 名前も知らない相手!?))


 双子は、雷に打たれたような衝撃をうけた。よもや、名前も知らない相手の家に上がり込んでいたなんて!?


 だが、そうなると後輩なのかも、怪しくなってきた。もうこれは、彼女とか言うレベルじゃない。


 もしかしなくても、これは──行きずりの女か!?


「「…………」」


 すると華と蓮は、言葉をなくし、呆然と兄を見つめた。


 兄がモテるのは知ってる。もう、嫌という程知ってる! だが、マジで一夜限りの関係があったりするのだろうか、この兄は!?


「お腹すいただろ。今からご飯つくるから」


 すると、飛鳥が華と蓮の前に立ち、再び声をかけてきた。だが、蓮は


「あ、兄貴。俺たちに何か、隠してることとかない?」


「え?」


 蓮が、恐る恐る問いかければ、その横にいた華が「何聞いてんの!?」と言いたげに眉をしかめた。


 そこを問うなんて、どんだけ勇者なんだ!!だが、日ごろ冷静な兄が、なぜか蓮のその言葉には…


「え!? あ……っ」


 と、珍しく動揺しはじめた!


(か、隠してる……こと?)


 そして、双子を見つめ、飛鳥もまた顔をひきつらせた。


 なんで、いきなり、こんなタイムリーな話をふってくるんだろう? まさか、コイツら、俺が今日「あの人」と出くわしたの知ってる?


 いや、落ち着け。そんなわけない。「俺の母親」の事は一切話してこなかったし、顔も名前も知らないはずだし……


 だが、飛鳥はその後、双子から視線をそらすと、申し訳そうに眉を下げた。


 折角、あかりから背中を押してもらったのに、また、隠そうとしてる。


 いくら話したくなくても

 いくら知られたくなくても


 これでは、きっと何も変われない。


 それに、自分にもう1人、妹がいると分かった以上、いつまでも黙っている訳にもいかない。


 なら、例え怖くても、少しずつでも話していった方がいいのかもしれない。それに……


「……そうだね。お前たちも、もう……しね?」


 すると、飛鳥が小さく苦笑すると、


「「…………」」


 その瞬間、華と蓮は表情を硬くする。

 だが、飛鳥は、困惑する二人の肩にポンと手を置くと


「今はまだ、話せないけど……いつか話せる時が来たら、ちゃんと話すから。だから、それまで……まってて」


 そういうと、飛鳥は少し切なげな顔をして、華と蓮の間をすり抜け、玄関から立ち去っていった。


 そして、兄の発言を聞き、玄関で呆然と立ち尽くす双子は……


「ねぇ、蓮。今のどういう意味だと思う?」


「こ、子供には話せない、隠し事ってことだろ?」


「子供には話せないって……っ」


 不倫か!?

 行きずりか!?

 それとも、もっとすごいこと!?


 双子は、兄に子供には話せないアダルトな隠しごとがあるのだと理解すると、酷く動揺し顔を蒼白させたとか?


 そして、飛鳥は……


(……ていうか、華のやつ。なんで今日に限って飯作ってないの? もしかしてアイツ、期末テストやばいんじゃ……)


 まさか双子が、今の自分の発言を聞き、とんでもない勘違いをしてしまったなんて、全く考えもしないのであった。

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